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9. 全国を3府73県に

ほぼ「朱引内」に限られていた東京府の管轄範囲は次第に広がっていきます。まず、明治元年(1868)11月に「朱引外」の約100か村が東京府に編入されました。

明治4年(1871)7月に廃藩置県が断行され、全国は3府302県の行政区画に分かれましたが、同年8月・9月・11月に数回統廃合を行い、3府72県となりました。資料は、同年9月に3府73県へ変更するための布告案です。

廃藩置県に伴い、同年11月13日、従来の東京府に代わり、改めて東京府が設置されました。この後も、同年12月に品川県から166か村が編入されるなど、東京府の管轄地区は拡大をつづけ、明治6年(1873)までには、「三多摩」を除けば、現在の「東京都」のイメージに近い範囲が、東京府の管轄となりました。

諸県廃置御布告伺

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請求番号:公00468100

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