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33.銅版と出版物 ―岩倉使節団の記録

明治政府が派遣した岩倉使節団は、明治4年(1871)11月から6年9月にかけて、アメリカやヨーロッパ諸国を訪れました。その目的は、幕末に結んだ不平等条約改正のための予備交渉と、各国の視察および交流でした。岩倉具視を特命全権大使とし、副使には木戸孝允、大久保利通、伊藤博文、山口尚芳が任命されました。のちに女子英学塾(現在の津田塾大学)を創設した津田梅子も本使節団に同行し、アメリカ留学を経験しています。

使節団は、横浜を出港したのち12月6日にサンフランシスコに到着し、アメリカ大陸を東へ横断しながら半年以上アメリカに滞在しました。その後ヨーロッパ大陸に渡り、イギリス、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツ、ロシア、デンマーク、スウェーデン、イタリアと各国をまわり、オーストリアではウィーン万国博覧会を見学します。さらにスイスへ足を運び、スエズ運河を経由して横浜に寄港しました。当初は10ヵ月半の行程が予定されていましたが、結果的には1年10ヵ月にわたる長期の視察となりました。

岩倉使節団の公式記録として、明治11年に太政官記録課から『米欧回覧実記』計5冊が出版されました。本書は、使節団に同行した久米邦武によって編集されたもので、欧米各地で見聞きした制度や文化などが記述されています。また、有名な建築物や観光地は挿絵入りで紹介されています。展示資料は、この挿絵の元になった銅版です。

銅版
出版物 『米欧回覧実記』

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