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31.叙勲の記録 ―文化勲章の授与
昭和12年(1937)2月11日に「文化勲章令」(勅令第9号)が制定されました。「文化勲章ハ文化ノ発達ニ関シ勲績卓絶ナル者ニ之ヲ賜フ」とされています。当初考えられていた勲章のデザインは、桜をモチーフにした案でしたが、常緑樹である橘が文化の永久性に通じるとして採用に至ったといわれています。橘の花弁の中央には、三つ巴の勾玉がデザインされています。
第1回目の発令は同年4月28日になされ、長岡半太郎(物理学)、本多光太郎(金属物理学)、木村榮(地球物理学)、岡田三郎助(洋画)、藤島武二(洋画)、竹内恒吉(栖鳳/日本画)、佐々木信綱(和歌)、幸田成行(露伴/文学)、横山秀麿(大観/日本画)の9名が受章しました。昭和24年以降は、11月3日の文化の日に授与されています。
展示資料は、アポロ計画で初の有人宇宙飛行に成功したアームストロング、オルドリン、コリンズの3名に対し、文化勲章贈与を決定した際の文書です。昭和44年11月4日、彼らの日本訪問に合わせて贈与され、外国人初の受章となりました。
平成2年(1990)には「文化勲章受章候補者推薦要綱」(内閣総理大臣決定、平成12年改正)が定められたことにより、文部科学大臣が文化功労者のうちから推薦した「文化の発達に関し勲績卓絶な者」を、内閣府賞勲局の審査を経て文化勲章受章者に決定することになりました。
- 関連リンク
- 昭和12年2月 文化勲章が制定される(「公文書にみる日本のあゆみ」より)(別ウィンドウで開く)
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