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[請求番号 雑01643]

間宮林蔵贈位に付稟請(諸雑公文書)(まみやりんぞうそういにつきひんせい<しょざつこうぶんしょ>)

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明治26年(1893)12月9日、陸軍中将で東京地学協会会長の北白川宮能久親王(きたしらかわのみや・よしひさしんのう)から、宮内大臣土方久元に対して、間宮林蔵への贈位(ぞうい)が申請されました。幕府の「胥吏」(小吏)でありながらその業績によって外国の書物にも名が載っている林蔵を「近世ノ偉人又愛国ノ志士」と讃え、没後50年に当たって、ぜひ林蔵の功績を世の人々に伝え、地学(地質鉱物学、地理学等)奨励の一助としたいというのです。

東京地学協会は、西欧諸国の地理学協会等を視察した渡辺洪基・鍋島直大らが創立委員となって、明治12年(1879)に創設。能久親王(1847-95)は、伏見宮邦家親王の9男で、輪王寺門跡(りんのうじもんぜき)を経て維新後還俗し、北白川宮を相続。明治28年(1895)に台湾接収のため近衛師団を率いて上陸したのち、同地で病に罹(かか)り亡くなりました。享年49歳。東京地学協会長には明治12年2月22日に就任しています。

間宮林蔵への贈位は、東京地学協会開設25年周年に当たる明治37年(1904)に実現。正五位が贈られました。


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