53 女性初の政務次官
榊原千代任官の件(司法政務次官)
任B04599100
女性初の政務次官は、昭和23年に司法政務次官に任命された榊原千代(1898~1987)です。福島高等女学校の教師だった榊原は、第22、23回衆議院議員総選挙で当選し、第一次片山内閣において司法政務次官に就任しました。掲載資料は、榊原が政務次官に任命された際の文書です。
中山マサ(1891~1976)は、明治24年(1891)、長崎県に生まれ、活水高等女学校を経て、明治44年には米国に渡り、オハイオ州オハイオ・ウェスリアン大学を卒業。帰国後は教員を務めたのち、戦後2回目の選挙となる昭和22年(1947)の第23回衆議院議員総選挙で当選します。昭和35年7月、第一次池田内閣に厚生大臣として入閣、女性初の国務大臣になりました。
榊原千代任官の件(司法政務次官)
任B04599100
女性初の政務次官は、昭和23年に司法政務次官に任命された榊原千代(1898~1987)です。福島高等女学校の教師だった榊原は、第22、23回衆議院議員総選挙で当選し、第一次片山内閣において司法政務次官に就任しました。掲載資料は、榊原が政務次官に任命された際の文書です。
昭和35年・内閣人事公文・任免・親任官及び認証官・第1巻
平3総00780100
掲載資料は、昭和35年に中山が厚生大臣に任命された際の文書です。中山は、10月に厚生大臣を退任し、女性初の国務大臣としての中山の任期は数か月という短い期間でしたが、ポリオ対策や母子家庭に対する児童扶助手当の支給など、様々な政策が実施されました。
急性灰白髄炎(ポリオ)緊急対策要綱について
平11総02096100
掲載資料は、昭和35年、中山厚生大臣から池田内閣総理大臣に提出された急性灰白髄炎(ポリオ、小児麻痺とも呼ばれる)対策要綱の閣議了解に関する文書です。当時、流行していたポリオに対して、厚生省は、ポリオに関する予防、治療、保護といった、一貫性のある対策をとることが必要と考え、対策要綱を作成しました。ワクチンの接種を緊急の課題とした対策要綱を受けて、ソ連とカナダからワクチンの緊急輸入が行われ、翌年から接種が開始されました。これにより、翌36年以降のポリオ罹患者数は激減しました。その後、昭和56年以降、患者の発生は確認されなくなり、平成12年(2000)、WHO(世界保健機関)は日本を含む西太平洋地域において、ポリオの根絶を宣言しました。