23 実業に励む
鈴木よね緑綬褒章下賜ノ件
纂01324100
大正4年(1915)、長年の事業への貢献が評価され、よねは緑綬褒章を受章しました。掲載資料は受章の際に提出された上申書です。初代岩治郎の死後、鈴木商店が急成長を遂げていったことが書かれています。
岩治郎(初代)の死亡時、鈴木商店の1年の商取引高は約500万円でしたが、大正3年には1億1,000万円、大正6年には10億円を超え、三井、三菱をしのぐと言われるほどの日本最大の総合商社となりました。しかし、大戦後の不景気で経営が悪化。昭和2年(1927)、融資を受けていた台湾銀行が営業を停止したことで、鈴木商店は破たんしました。鈴木商店の勃興から破たんに至る激動のさなかにあっても、よねは泰然として日々を過ごし、破たん後の関係企業の処理も冷静に行いました。その姿から、鈴木商店では敬意をこめて「お家さん」(店の女主人を指す言葉)と呼ばれました。



