22 世の模範
瓜生祐次郎養母イワヘ藍綬褒章下賜ノ件
纂00366100
瓜生は、明治20年代には、福島の各郡に育児会を設置し、子女の救済に力を尽くしています。この頃、福島県では磐梯山の噴火(明治21年)、県内各地での水害など、天災が続き、多くの被害が出ました。この時も、イワは被災者の救護や人々の生活の世話に奔走しました。
明治27年以降は東京の下谷に住み、貧しい人々のために水飴の製造を教えました。また、自身が考案した水飴の糟に米麦粉を混ぜて作る飴糟餅(飴糟煎餅麺包とも)と呼ばれる救荒食や古着を上野公園や谷中墓地で配り、「施しの婆さん」と親しまれました。
生涯を通じて社会福祉活動に励んだ瓜生は、明治29年(1896)に女性初の藍綬褒章を受章します。掲載資料は受章の際の上申書です。瓜生が生涯にわたって続けてきた様々な社会福祉活動が詳細に書かれており、瓜生の功績を「実に操行の至篤なる世の亀鑑」と評しています。


