第二部 女性の社会進出

電話交換手の活躍 -二・二六事件と牟田口芳子-

明治23年(1890)、日本で電話サービスが始まりました。当時の電話は、電話をかけた回線と宛先の回線を手動でつなぐ交換台があり、回線をつなぐ交換手は、通話に欠くことのできない存在でした。電話の普及と共に交換手を務める女性も増えました。ここでは、仕事を通じて二・二六事件に立ち会うことになった電話交換手、ぐちよし(1908~没年不明)をご紹介します。

25 警視庁の電話交換室にて

叛乱事件通牒

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昭和11年(1936)2月26日早朝、東京で陸軍の反乱事件(二・二六事件)が起きました。前日に夜勤だった警視庁電話交換手の牟田口は、朝の各大臣官舎の警備係から行われる報告の様子がおかしいと思っていました。午前5時、警視庁は陸軍の反乱部隊によって占拠されます。交換室も反乱部隊に占拠され、部隊の将校の命令で作業を止めたところ、交換台の着信を示すランプが一斉に点灯。ランプのことを聞かれた牟田口は「応答しないとランプがつきぱなしになり火事になる」と答え、将校から許可を取って業務を続け、数日間占拠された警視庁で交換室を守り続けました。

掲載資料は、二・二六事件について、2月26日から3月にかけて、内務省から各府県に宛てて発信された電話、電報の内容に関する写しです。

その後も内務省や総理府などで交換手を続けた牟田口は、昭和49年に、勲五等ずいほうしょうを受章しました。受章に際しては二・二六事件での対応などが評価されました。

26 二.二六事件の混乱

各省状況調(昭和一一.二.二八午后三.三〇)

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掲載資料は昭和11年2月28日の各省の状況を示す一覧表です。反乱部隊が周辺を占拠したため、多くの省庁が別の施設に移動しています。警視庁はかんにしきちょう署に移っていたことが分かります。