31 帝国芸術院会員となる
井上通泰外二十三名帝国芸術院会員被仰付ノ件
任B02214100
東京音楽学校教授となった幸田延は、明治42年に休職するまで、滝廉太郎や山田耕筰、三浦環など、日本を代表する音楽家を育てました。昭和12年、延は、兄の露伴とともに、最初の帝国芸術院会員となりました。同時に会員となった人々には、文筆家の徳富猪一郎(蘇峰)、音楽家の橘糸重などがいました。延は作曲にも力を入れ、日本人初のバイオリン・ソナタとなる「バイオリン・ソナタニ短調」(明治30年)や、合唱付きの交響曲「大礼奉祝曲」(大正4年)等を作曲しました。



