34. 万国普通暦御入用之儀ニ付申上候書付(多聞櫓文書)
(ばんこくふつうれきごいりようのぎにつきもうしあげそうろうかきつけ・たもんやぐらもんじょ)

[請求番号 多031457]

慶応3年(1867)正月、天文方の渋川孫太郎が『万国普通暦』に関わる支給額の増額を求めた伺書。

文久3年(1863)に、幕府が支給するのは「金三分永五拾文」(金1両は金4分。永1000文で金1両)と「下美濃紙」の現物支給と定められたが、伺書は、近年職人の賃金や諸物価が高騰し、これでは版木を作成し印刷製本して幕府に必要部数を差し出すことはできないと、具体的な数値を挙げて訴えています。

増額の要求は承諾されたのでしょうか。幕府(勘定所)は、同年7月、以後は配布先を限定し、余った『万国普通暦』は相応の値段で売却し、その代金で不足額を補うよう指示しました。

渋川孫太郎(名は敬典。1838―1904)は渋川景佑の孫で、江戸幕府の最後の天文方。

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