Ⅳ.おわりに――平家物語とその時代
平家物語に収められている逸話は、治承・寿永の内乱(源平合戦)当時の史書・日記などの記録類と異なっている箇所が多くあります。また写本によっても内容・表現が大きく違っており、物語は様々な様相を見せます。この章では最後に、当時の記録類や諸本についてご紹介します。
平家物語諸本
読み比べてみよう!――「那須与一」
舞台は屋島の戦い。
陸には源氏、海上には平氏の陣が敷かれています。
両陣が対峙する中、串に扇を立てた一艘の舟が平氏の陣から現れます。
これを見た義経は、弓の名手である那須与一を指名し、扇を射落とすよう命じました。
与一は馬を海へと乗り入れると、神仏に祈りながら鏑矢(中をくり抜いた鏃を付け、音が鳴るようにした矢)を放ちます。
矢は扇の要のそばを射抜き、扇は空へと舞い上がりました。これを見た源平両陣の武士たちは、共にどよめき、歓声を上げました。
平家物語は諸本によって内容や文言が異なっています。ここでは貴重な資料を用いて、「那須与一」の読み比べをしてみましょう。
覚一本『平家物語』
特091-0006
【成立】応安4年(1371)頃
平家琵琶の名人と称された明石覚一(?~1371)が、弟子たちに物語を伝授するために整理して書写させたテキスト。建礼門院の後日譚を灌頂巻として独立させているのが特徴で、一方流(『平家物語』を琵琶で語る芸能の流派のひとつ)の琵琶法師たちに重要視された。現在、教科書などに掲載される本文はこの覚一本が多い。
展示資料は、神道家として徳川家康らに仕えた梵舜(1553~1632)の自筆本で、通称を「梵舜本」という。天正18年(1590)書写。全12巻12冊。紅葉山文庫旧蔵。
▼写真をクリックすると、拡大画像が表示されます。
下村本『平家物語』
【成立】慶長年間(1596~1615)刊
慶長年間に木活字を用いて出版されたもの(古活字版)で、刊行者名に「下村時房」(伝未詳)の記載があることから通称を「下村本」と呼ぶ。灌頂巻を持ち、本文は覚一本に近似している。全12巻12冊。昌平坂学問所旧蔵。
▼写真をクリックすると、拡大画像が表示されます。