Ⅱ.妖しきものたちの平家物語

 武士たちのドラマの背後に、暗躍する怨霊・天狗・魑魅魍魎——
 平家物語には教科書にも掲載される有名なエピソードのほか、奇妙で不思議な逸話も多く収められています。この章では平家物語の陰に蠢く妖しき”モノ”たちの姿に迫ります。

神と仏と清盛の栄華

刊年不明版『平家物語』

167-0040

【刊年】未詳
【刊行者】未詳
 展示資料は江戸時代に出版された挿絵入りの本。江戸時代前期に『平家物語』の絵入り本が出版されると、読者層が広がり、一般に流布していった。全12冊。元老院旧蔵。

▼写真をクリックすると、拡大画像が表示されます。

  1. 1
  1.  物語の冒頭部分は、清盛の栄達から始まります。
     ここには清盛が船で熊野くまの参詣さんけいに向かったところ、大きなすずきが船に飛び込んできたという逸話が載っています。清盛はこれを熊野くまの権現ごんげん御利益ごりやく(神仏からの恵み、霊験れいげん)と考え、精進潔斎しょうじんけっさい(身を清め、肉・魚を食べない戒め)を破って家臣たちに食べさせます。すると、これ以降、平家には吉事が相次ぎ、清盛は瞬く間に太政大臣だいじょうだいじんへと昇進したといいます。挿絵は、家臣が船中に飛び込んできた鱸を料理している場面。

源平盛衰記

167-0043

【成立】南北朝時代か
【作者】未詳
 『平家物語』の異本の中で最も大部の全48巻で、源氏にまつわる豊富な記事や中国の故事など多くの逸話を収めている点が特徴。江戸時代までは史書としての扱いを受けて重要視されていた。
 展示資料は寛文5年(1665)版の覆刻で、延宝8年(1680)に絵入りで出版されたもの。全48冊。昌平坂学問所旧蔵。

▼写真をクリックすると、拡大画像が表示されます。

  1. 1
  1.  高倉たかくら天皇(在位:1168~1180)の中宮ちゅうぐう(天皇のきさきのこと)である徳子(1155〜1213、清盛の娘でのち建礼門院けんれいもんいんと号す)が懐妊かいにん二位殿にいどの(1126~1185、清盛の妻時子)が一条いちじょうもどばし橋占はしうら(橋のほとりや橋上に立って往来の人の言葉を聞く占い)をさせると、12人の童子が現れ、皇子誕生を予言しました。物語はこの12人の童子の正体を、かつて陰陽師おんみょうじ安倍晴明あべのせいめい(921~1005)が使役していた十二神将だと述べています。
     こうして生まれた皇子のち安徳あんとく天皇(在位:1180~1185)はまもなく即位し、平家一門は天皇の外戚がいせき(母方の親類のこと)として権力を握ることになります。
     挿絵は、一条戻り橋に出現した12人の童子。