Ⅳ.おわりに――平家物語とその時代

 平家物語に収められている逸話は、治承・寿永の内乱(源平合戦)当時の史書・日記などの記録類と異なっている箇所が多くあります。また写本によっても内容・表現が大きく違っており、物語は様々な様相を見せます。この章では最後に、当時の記録類や諸本についてご紹介します。

平家物語諸本

葉子ようし七行本『平家物語』

特025-0009

【成立】未詳
 展示資料は1ページ7行で書写されていることから「葉子七行本」と通称される写本で、江戸時代初期の書写と推定される。「剣」「鏡」「宗論」という巻を合わせ持っている点が特徴で、本文は出版によって広がった流布本に近似している。当館のみが所蔵する貴重な写本。全12巻12冊。紅葉山文庫旧蔵。

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  1. 与一鏑を取テ、つがひ、よひいてひやうとハナツ。小兵といふちやう、十二束三ふせ、弓はつよし。鏑は浦響程に長鳴して、アヤマタ、扇の金目際、一寸斗をひて、ひふつとぞ射切たり。鏑は海へ入ければ、扇は空へぞあがりける。春風に一按二按もまれて、海へさとぞ散たりける。皆紅の扇の日出したるが、夕日の耀カゞヤイタルに白浪ノ上に漂イ、浮ぬ沈ぬ被蕩ければ、沖には平家フナバタを扣て感たり。陸には源氏エビラを扣て、どよめきけり。

中院本なかのいんぼん『平家物語』

特124-0004

【成立】慶長年間(1596~1615)刊
 慶長年間に木活字を用いて出版されたもの(古活字版こかつじばん)で、古典学者で歌人としても知られる公卿くぎょう中院通勝なかのいんみちかつ(1556〜1610)が校合を加えたとの記載があることから通称を「中院本なかのいんぼん」と呼ぶ。灌頂巻かんちょうのまきを置かず、平家の遺児である六代ろくだいの死で物語が終わる。
 展示資料には雲母刷きらずりで模様を出した表紙が付いている。全12巻12冊。昌平坂学問所旧蔵。

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  1. 与一はこひやうといふちやう、十二そく二ふせありける。かぶらをとてつがひ、よひき、しばしたもちて、ひやうといる。弓はつよかりければ、うらひゞく程になりわたりて、あふぎのかなめより、上一寸ばかりをいて、ひふつといきりたれば、あふぎこらへず、三にさけてそらへあがり、風に一もみ二もみもまれて、うみへさとぞちりたりける。皆くれないのあふぎの、ゆふ日にかゞやきて、なみにうきて、ゆられけるを見て、をきには平家、ふなばたをたゝいてをめきたり。渚には源氏のせい、ゑびらをたゝきてほめあひたり。