Ⅱ.妖しきものたちの平家物語

 武士たちのドラマの背後に、暗躍する怨霊・天狗・魑魅魍魎——
 平家物語には教科書にも掲載される有名なエピソードのほか、奇妙で不思議な逸話も多く収められています。この章では平家物語の陰に蠢く妖しき”モノ”たちの姿に迫ります。

源氏挙兵の背後に…

頼政記

204-0056

【成立】室町時代か
【作者】未詳
 平家に対して最初に挙兵した源頼政みなもとのよりまさ(1104~1180)に関連する記事を中心とした『平家物語』の零本れいほん(大部分の書物が失われたうち残った部分)と考えられるもの。
 展示資料は江戸時代後期に書写されたものだが、底本は室町時代中期以前の写本と推定され、古い時代の『平家物語』の姿の一部を現在に伝えている。
 当館のみに所蔵が知られる貴重な写本である。全1冊。和学講談所旧蔵。

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  1.  近衛このえ天皇(在位:1141~1155)の御代みよ紫宸殿ししんでん(公式の儀式を行う正殿)に黒雲をまとった謎の怪鳥が現れて帝を病に悩ませます。弓の名手だった源頼政みなもとのよりまさがこれを射落とすと、その怪鳥は「姿は猿、顔は狸、尾は狐、腹は蛇、足は猫、鳴く声はぬえ(トラツグミ)」という化け物でした。このとき頼政は褒美に「獅子王ししおう」という太刀を下賜されたといいます。

源頼政みなもとのよりまさ(1104~1180)
 源氏としては異例の従三位じゅさんみの地位まで昇ったことから通称「源三位げんざんみ」と呼ばれます。武芸だけでなく和歌の道にも秀でており、物語の中では優れた源氏の長老として描かれています。
 治承4年(1180)に以仁王もちひとおう(1151~1180、後白河院ごしらかわいんの皇子)によって平家打倒の令旨りょうじが発せられると、これに呼応して挙兵。しかしまもなく平家の軍勢に敗れ、宇治平等院で自害しました。

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  1.  【挿絵】鵺を射落とす源頼政
    (刊年不明版『平家物語』:167-0040)

     ここでは鵺は「頭は猿、胴体は狸、尾は蛇、手足は虎」として描かれています。『頼政記』と版本として流布した『平家物語』は内容が異なっていることがわかります。

天和2年版『平家物語』

167-0037

【刊年】天和2年(1682)
【刊行者】未詳
 展示資料は挿絵入りの『平家物語』で、寛文12年(1672)に刊行された『平家物語』を再版したもの。全12冊。内務省旧蔵。

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  1.  清盛は自分の実権をより強固なものにすべく、福原ふくはら(現在の兵庫県神戸市)への遷都せんとを強行します。しかし福原では不吉な出来事が相次ぎます。あるときには屋敷の中庭に多くの髑髏どくろが出現。また清盛の愛馬の尾に鼠が巣食い、陰陽師おんみょうじはこれを凶兆と占います。
     するとまもなく源頼朝(1147~1199)が挙兵。清盛はやむなく京に都を戻すことになります。
  2.  【現代語訳】(入道相国(清盛)が)坪(屋敷の中庭)をご覧になると、死人のしゃれこうべが、数えきれないほど坪の端へ転がり出て、またあるいは坪の中へと転がり入っている。転がり合い、転がり出しては絡み合う。入道相国が「誰かいないか、誰かいないか」とお呼びになるけれど、誰もやってこない。すると、多くの髑髏が一つに固まり合って、坪に入りきらないほどの大きさになり、十四五丈(約45メートル)ほどあるのではないか思うほど、山のような高さになった。その大きな髑髏の頭には、生きている人間のような、大きな眼が一千も一万も出て来て、それが入道相国をきっと睨んで、瞬きもしない。

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  1. 【挿絵】坪庭に現れた数多の髑髏と、それを見る清盛
    (刊年不明版『平家物語』:167-0040)