Ⅱ.妖しきものたちの平家物語

 武士たちのドラマの背後に、暗躍する怨霊・天狗・魑魅魍魎——
 平家物語には教科書にも掲載される有名なエピソードのほか、奇妙で不思議な逸話も多く収められています。この章では平家物語の陰に蠢く妖しき”モノ”たちの姿に迫ります。

清盛の死

明暦2年版『平家物語』

203-0153

【刊年】明暦2年(1656)
【刊行者】未詳
 展示資料は『平家物語』の絵入り本の中では最初期のもの。元々挿絵はなかったが、読者層の広がりに伴って挿絵を補って再び出版されたと考えられる。全7冊。教部省旧蔵。

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  1.  各地の源氏が一斉に挙兵したという報せを受けたその矢先、清盛は病に倒れます。このとき妻の二位殿にいどの(時子)は、地獄から清盛を迎えに来る車の夢を見たといいます。高熱に苦しんだ清盛はまもなく死去。
     物語はこれを南都焼討なんとやきうち(清盛の命令によって東大寺とうだいじ興福寺こうふくじが焼討ちされ、廬舎那仏像るしゃなぶつぞう(奈良の大仏)が焼け落ちた事件)の報いだと伝えています。
  2.  【現代語訳】車の前後には牛の顔のような者や、馬の顔のような者もいる。車の前には「無」という字だけが書かれた鉄の札が打ち付けてある。二位殿が夢の中で「この車はどこからどこへ行くのですか」とお尋ねになると、「平家太政入道殿(清盛のこと)の悪行が度を越していらっしゃるので、閻魔王宮から御迎えにあがる御車です」と言う。「では、あの札は何ですか」とお尋ねになると、「人間世界の金銅十六丈の廬舎那仏(奈良の大仏のこと)を焼き滅ぼした罪によって、(清盛を)無間地獄の底にお沈めするように、閻魔庁からご沙汰が下りましたが、無間の無の字が書かれただけで、まだ間の字は書かれていないのです」と言った。

刊年不明版『源平盛衰記』

167-0046

【刊年】未詳
【刊行者】未詳
 展示資料は『平家物語』の異本のひとつ『源平盛衰記』の版本で、漢字片仮名交じりの本文を持つ。全48巻24冊。内務省地理局(地理局地誌課)旧蔵。

 源義仲みなもとのよしなか(1154~1184)
 幼少時に父の義賢よしかた(?~1155、頼朝の叔父)を殺され、木曾きその豪族中原なかはら氏のもとで養育されたことから「木曾義仲きそよしなか」と称されます。
 以仁王もちひとおう令旨りょうじに呼応して挙兵、上洛。朝日将軍あさひしょうぐんと称されて実権を握りますが、範頼のりより義経よしつねの軍勢に追討され、近江おうみ粟津あわづ(現在の滋賀県大津市)で敗死しました。『平家物語』中盤の主要人物で、情の深い人物として描かれる一方、粗野・粗暴な姿を強調して描かれます。

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  1.  信濃では木曾義仲きそよしなか源義仲みなもとのよしなか:1154~1184、頼朝の従兄弟いとこ)が挙兵。次々と平家方の軍勢を破る快進撃を開始します。
     砺波山となみやま倶利伽羅くりから峠(現在の富山県小矢部おやべ市~石川県河北郡津幡つばた町)の戦いに臨み、義仲は八幡はちまん大菩薩だいぼさつ(武運の神で源氏の氏神うじがみ)をまつる社で戦勝祈願をします。すると、2羽の白い鳩(八幡大菩薩の使者といわれる)が飛んできて、源氏の白い旗の上を飛び回りました。八幡大菩薩の加護を得た義仲の軍勢は倶利伽羅峠の戦いで圧勝しました。

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  1.  【挿絵】源氏の白旗の上を飛び回る2羽の白い鳩
    (延宝8年版『源平盛衰記』:167-0043)