Ⅱ.妖しきものたちの平家物語

 武士たちのドラマの背後に、暗躍する怨霊・天狗・魑魅魍魎——
 平家物語には教科書にも掲載される有名なエピソードのほか、奇妙で不思議な逸話も多く収められています。この章では平家物語の陰に蠢く妖しき”モノ”たちの姿に迫ります。

都落ちをめぐるドラマ

寛永3年版『平家物語』

203-0150

【刊年】寛永3年(1626)
【刊行者】菊池五兵衛
 展示資料は京都で出版された『平家物語』で、文化5年(1808)に昌平坂学問所に収められたもの。巻3を欠き、全11冊。

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  1.  木曾義仲きそよしなかの進軍を受け、平家一門は都を落ち延びる決意をします。平経正たいらのつねまさ(?~1184、清盛の甥)は、かつて仕えた仁和寺にんなじに向かい、亡き主君の覚性かくしょう入道にゅうどう親王しんのう(1129~1169、鳥羽院とばいんの皇子で仁和寺門跡もんぜき)に授かった青山せいざんの琵琶を返上して寺の人々に別れを告げます。
     青山の琵琶は、玄象げんじょうの琵琶と共に遣唐使けんとうしによってもたらされた希代の名器。かつて村上むらかみ天皇(在位:946~967)が玄象の琵琶を奏でていると、唐の琵琶博士の亡霊が現れ、青山の琵琶を奏でたという伝説が物語の中で語られます。

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  1.  【挿絵】青山の琵琶を返上して寺の人々に別れを告げる経正
    (刊年不明版『平家物語』:167-0040)

万治2年版『平家物語』

203-0152

【刊年】万治2年(1659)
【刊行者】未詳
   本資料は寛永3年版を再版したもの。全12巻12冊。紅葉山文庫旧蔵。

源頼朝みなもとのよりとも(1147~1199)
 平治へいじの乱(1159)で父の義朝よしともが敗死してからは伊豆で流人として暮らしていました。関東の豪族北条ほうじょう氏らを従えると、以仁王もちひとおう令旨りょうじに呼応して挙兵。石橋山いしばしやまの戦いでは敗れましたが、間もなく勢力を回復、鎌倉で武家政権を立てました。弟の範頼のりより義経よしつねに命じて木曾義仲きそよしなか・平家を追討。物語の中では義経との対面時に涙を流すなど、人間的な姿が描かれます。

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  1.  上洛した木曾義仲きそよしなか後白河院ごしらかわいん(在位:1155~58、退位後は院政いんせいを敷く)の関係が悪化。院は頼朝に対して義仲追討の院宣いんぜん(上皇の命令)を出しました。これを受けて、頼朝の弟たち範頼のりより義経よしつねの軍勢が京に進攻。配下の佐々木高綱ささきたかつな梶原景季かじわらかげすえ宇治川うじがわを渡って先陣を果たします。
     高綱の乗っていた馬は、人や馬を見境なく生きたまま食べてしまうという荒馬。これにちなんで「生食いけずき」と名付けられたといいます。

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  1. 【挿絵】先陣を争って宇治川を渡る佐々木高綱(左)と梶原景季(右)。
    (延宝8年版『源平盛衰記』:167-0043)
     それぞれ乗る馬は「生食」と「磨墨」という名馬で、共に頼朝から拝領したもの。