Ⅳ.おわりに――平家物語とその時代

 平家物語に収められている逸話は、治承・寿永の内乱(源平合戦)当時の史書・日記などの記録類と異なっている箇所が多くあります。また写本によっても内容・表現が大きく違っており、物語は様々な様相を見せます。この章では最後に、当時の記録類や諸本についてご紹介します。

平家物語諸本

城方本じょうかたぼん『平家物語』

特101-0007

【成立】未詳
 展示資料は慶長年間(1596~1615)の書写と考えられるもので、巻一の題簽だいせんに「城方じょうかた」と書き込まれていることから通称を「城方本じょうかたぼん」と呼ぶ。紅葉山文庫の蔵書についてまとめた『重訂じゅうてい御書籍ごしょじゃく来歴志らいれきし』(天保7年(1836)編)には、城方流じょうかたりゅう(『平家物語』を琵琶で語る芸能の流派のひとつ)の本として記載されているが、詳細は不明。物語は平家の遺児の六代の死で終わる。当館にのみ所蔵が知られる写本である。全12巻12冊。紅葉山文庫旧蔵。

▼写真をクリックすると、拡大画像が表示されます。

  1. 1
  2. 2
  1. 与一小兵といふちやう十二束二ふせありけるに、鏑をとつて、打つがひ、よつひひて、ひやうと射る。弓つよかりければ、浦ひゞく程に鳴渡り、扇のかなめ一寸ばかりをゐて、ひいふつとぞ射切たる。扇こらへず、三つにさけ、空へあがり、風に、一もみ、ふたもみ、もまれて、海へ さつとぞちつたりける。皆紅の扇の夕日にかゞやひて、波の上にうきぬしづみぬ、ゆられければ、沖には平家、舷を敲て感じけり。陸には味方の兵三百余騎、箙を敲て、ざゞめきけり。

延慶本えんぎょうぼん『平家物語』

203-0149

【成立】延慶2年~3年(1309~1310)頃
 「延慶本えんぎょうぼん」は延慶年間に根来寺ねごろじ(和歌山県岩出市)で書写された写本のことで、それを応永26年~27年(1419~1420)に写したものが伝存している(現在は大東急記念文庫所蔵、重要文化財)。鎌倉時代の古態を残しているとされ、収録される逸話も多く、研究上、重要視されてきた伝本のひとつである。
 展示資料はこの応永書写本からの転写本で、虫損の跡などもそのまま再現している。蔵書家として知られた幕臣の朽木綱泰くつきつなひろ(1769~1852)の旧蔵書で、このことから「朽木本くつきぼん」と称される。全6巻48冊。

▼写真をクリックすると、拡大画像が表示されます。

  1. 1
  1. 余一、鏑取テハケテ、十二束二伏ヲ、ヨ引テ、シバシ、カタメテ、兵ト射タリ。浦ヒゞケト、海の面ヲ遠鳴シテ、五六段ヲ射渡シ、扇ノ蚊目、ハタトイテ、二ニ、サトゾサケニケル。一ハ、海ニ入テ波ニユラル。一ハ、一丈計、空へ上ル。折節、嵐吹テ、地ニモヲトサズ、ソラニ吹上テ舞遊ブ。平家ノ方ニハ是ヲ見テ、舩バタヲ叩テ、舩屋形ヲ叩キ出ケリ。源氏ノ方ニハ前輪ヲ叩キ、ヱビラヲ叩テ、トゞメキケリ。夕日ニカゞヤキテ、波ノ上ニ落ケルハ、秋の嵐ニ龍田川ニ紅葉ノチリシクカトゾ覚ヘケル。