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43.朝野旧聞裒藁ちょうやきゅうぶんほうこう

ここでは『朝野旧聞裒藁』を見てみましょう。大きな太字で記されているのが本文。本文では、小早川秀秋の軍監(目付)の奥平貞治らが催促したことで、秀秋軍は松尾山を下って大谷吉継の陣に突入したとあり、家康の癖も鉄砲のことも書かれていません。一方、小さな字で書かれている諸書からの引用部分では、宮川忍斎(みやがわにんさい)の『関ヶ原軍記大成』(正徳3年(1713)序)を引いていますが、内容としては実紀付録と同様に、秀秋軍が動かないことで家康がしきりに指を噛んだこと、秀秋の陣に「さそい鉄砲」を打たせたことが書かれています。

さて、このように諸書を並べてみると、幕府が編纂した正史(本文)部分では、「家康の指を噛む癖」や「秀秋の陣に鉄砲を撃った」ことなどは、一貫して採用されていないことがわかります。一方で、正史以外の部分や幕府以外の編著書になると、既知の書を引用し改編しつつ、さまざまな逸話が創られ加えられていった様子がうかがえます。

展示資料は、幕命により、林述斎(はやしじゅっさい)以下の幕臣が編集に従事して天保13年(1842)に完成させたもので、合計1,083冊。展示資料は、東照宮御事跡第396(434冊目)。紅葉山文庫旧蔵。

(請求番号:258-10)

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人物背景を知る:徳川家康(1542―1616)

江戸幕府初代将軍。織田信長とむすび、西三河から東海地方に勢力を拡大し、豊臣秀吉と和睦後は、豊臣政権を担う有力大名として、秀吉没後は五大老の筆頭となります。

慶長5年(1600)、家康が上杉攻めに出ている間に、石田三成ら反徳川勢力が挙兵。美濃国関ヶ原で東西両勢力が激突します。この戦いでは、数多くのエピソードが生まれています。ここでは勝敗を決した要因の一つとされる、小早川秀秋が西軍を裏切り東軍に与する場面を取り上げます。

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