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37. 国産バイオリンの製造(鈴木政吉)

明治20年、鈴木政吉(1859―1944)は、バイオリンの製造を始めました。当時バイオリンもオルガンと同様高価な輸入品しかなく、安価で良質な国産の洋楽器の製造が望まれていました。鈴木は、原材料に国産の木材を使用したほか、バイオリンの頭部の渦巻き部分の自動削機や表裏に丸みを持たせる加工をするための甲削機など、各種の製造機を発明しました。こうした機械によるバイオリン製造は、作業時間の短縮、製造過程の分業化等の作業の効率化をもたらしました。これにより、それまで職人の手作業に頼っていたバイオリン製造は経験の浅い職人でも出来るようになり、大量生産が可能になりました。

また鈴木は、教科書・楽譜販売を行っていた大阪開成館三木書籍店(現・三木楽器店)等と契約し、教育市場を通じて安定的な販路を確保しました。そして、洋楽の普及・大衆化に伴い販売数を順調に伸ばしていきました。。

展示資料は、大正6年に鈴木政吉が緑綬褒章を受章した際の文書ですが、功績調書には明治34年から大正6年までの生産状況が記されています。大正3年に生産量を倍以上に伸ばしていますが、これは、第一次世界大戦によりバイオリン主要生産国のドイツの生産が途絶えたことにより注文が殺到したためで、年間10万本のバイオリンを輸出しました。

鈴木政吉金杯下賜ノ件
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