令和4年度「国際アーカイブズ週間」記念講演会を開催して

国立公文書館 統括公文書専門官室(連携担当)
幕田 兼治、島林 孝樹、功刀 恵那

1.はじめに
  国立公文書館は、令和4年6月9日(木)、東京都内において、「国際アーカイブズ週間」を記念した講演会[1]を開催しました。今年度で14回目となる講演会は、国立公文書館50周年記念キャッチコピー「記録を守る、未来に活かす。」をテーマに、記録としての公文書・伝統をいかに守り、未来に継承・活用していくかについて、お二方の講演者をお招きし、ご講演いただきました。
  はじめに、狂言師(人間国宝・文化功労者・日本芸術院会員)の野村万作氏から、狂言という伝統芸能の継承を通じて記録を残すことの意味・重要性について、狂言の映像を交えながらご講演いただきました。
  続いて、弁護士(元最高裁判所判事・内閣法制局長官)の山本庸幸氏から、行政、立法、司法という分野でのご経験を踏まえ、山本氏のパーソナル・ヒストリーも交えつつ、記録を残すことの意味・重要性についてご講演いただきました。
  今回の講演会では、会場の様子をオンライン中継することにより、国・独立行政法人等及び地方公共団体が設置する公文書館の長等、アーカイブズ関係機関関係者、一般聴講者を含め、174名(会場:59名、オンライン:115名)の参加がありました。

2.テーマ設定・講演者選定
  今回のテーマ設定については、令和3年7月に国立公文書館創立50周年で作成したキャッチコピー「記録を守る、未来に活かす。」を活かすこととしました。この言葉には、国立公文書館が社会の中で果たすべき役割・館職員の使命を国民の皆様に端的に訴えかけるとともに、過去の教訓の蓄積である当館所蔵資料を、国民の皆様にも積極的に活用して欲しいという「思い」も込められています[2]。
  講演者の選定については、聴講者の大半が、翌日に開催する全国公文書館長会議の構成員である各館館長が中心になることを踏まえ、職務全体に係るマネジメント能力の視点[3]を念頭に置きました。また、記念講演会には、一般の方々も参加することから、アーカイブズに馴染みのない方々にも、アーカイブズの世界を知っていただく架け橋となることも念頭に置きました。
  一方で、全国公文書館長会議構成館からは、アーカイブズに直接的に関係する内容の講演を聞きたいとのお声もありましたが、アーカイブズ関係団体・学会等でもアーカイブズに関する講演会等が多く催されていることに鑑み、国立公文書館では、一般の方々にも、関心をもってもらえるよう講演者の選定にも考慮しました。
  記念講演会の担当としては、鎌田薫館長にも候補者選定から参画してもらい、人選を進め、お二方の講演者にご依頼したところ、ご快諾いただきました。
  依頼にあたっては、記録としての公文書・伝統をいかに守り、未来に継承・活用していくかがテーマであることをお伝えしました。なお、人選理由は以下のとおりです。
・野村氏:狂言という芸の道を自ら体現されてこられた方で、人間国宝に認定され、文化功労者の顕彰を受けられた。また、本年には日本芸術院会員にもなられており、現在も、狂言師として活躍される傍ら、「万作の会」[4]を主宰し、後進の指導にも尽力されている。狂言という伝統芸能を継承していく精神は、重要な文書を将来に残していくことにもつながる。
山本氏:行政官として通商産業行政に携わられ、平成7年1月の阪神淡路大震災の際には、繊維製品全般を担当する課長として、冬の寒空の下にいる被災者の方々のために、毛布、ブルーシート、冬物衣類の調達などに奔走された逸話の持ち主である[5]。また、内閣法制局において、すべての法分野を担当する4つの部長、法制次長を経て、内閣法制局長官を務められ、その後、最高裁判所の判事を務められた。その功績として旭日大綬章を受章している。行政、立法、司法という分野、まさしく常に公文書に囲まれ活躍されている経験自体がテーマの趣旨につながる。
  野村氏からは、狂言への関心度が異なることから狂言の映像を交えながら講演する、山本氏からは、パーソナル・ヒストリーも交えながら講演するとのお返事をいただきました。(講演内容については、『国立公文書館ニュース』第31号を参照[6]。)

3.聴講者の感想
  講演終了後、聴講者の多くを占める全国公文書館長会議構成館の皆様に対し、感想をお聞きしたところ、参加者の多くは、満足度の高い講演であったとの意見でした。一方で、「『国際アーカイブズ週間』の記念講演としての趣旨とは違う」、「公文書館・公文書管理の業務とはかけ離れた内容であった」とのご意見もいただきました。寄せられた感想の中で記念講演会の担当として心に残ったものの中から、一部内容を略記するかたちでご紹介します。
野村氏のご講演への感想
・「形を学んで今に活かす」ということで、様々な挑戦をしてきた演者が、最後に頼りにしたものが秘伝書であったということで、記録を残すことについて重みのある言葉であった。
・台本を大切に受け継ぎながらも、自らの創意工夫によって、新たな狂言を創りあげられてきたお話をいただき、記録を守っていくことは、将来の人や社会のためになるのだと認識を新たにした。
・「今に活かされていなければ伝統文化は続いていかない」との演者の言葉は、今残していっている記録の保存活用の理念に繋がると感じた。
・現代まで継続されてきた狂言文化を次世代へつなげなければいけないという使命と普及活動への情熱が伝ってきた。伝えられてきた謡や舞を自分なりに工夫することは自身の力量であるが、弟子たちに伝えるものは自身が工夫したものではなく、伝承されてきたものでなくてはいけないという考え方に共感した。
山本氏のご講演への感想
・行政、立法、司法のそれぞれの分野の第一線で活躍された氏の現場での体験談は、公文書行政を預かる立場として、参考となることが多くあった。
・我が国の行政、立法、司法の中枢におられた演者の御経験の中でのエピソードは機微にあふれ、日頃の業務の示唆につながるおもしろい内容であった。
・貴重かつ興味深いお話しをうかがい、行政と司法に対する認識が深まった。次年度以降も行政や司法のさまざまな方面で活躍しでおられる方々のお話しをうかがいたい。
・・最高裁判所判事時代のお話の中で、一つの裁判に使われる書類の量には驚かされた。民事裁判においては、書類のデジタル化が始まっているというお話であったが、今後は自らの業務においてもデジタル化は必要不可欠であると感じた。
  全体としての感想:
・普段拝聴出来ない、各界のトップを極められた方々のお話を直接伺うことができたことは、貴重な経験となった。
・スペシャリストお二方のそれぞれ違った道のご経験を拝聴出来たことは大変貴重な勉強になった。公文書館業務とは角度が違う視点で新鮮さも感じられた。
・日本の至宝とも言える方々の肉声を伝える場となる講演会はとても良い企画なので、これからも継続していただくことを希望する。

4.終わりに
  お二方へは、鎌田館長が連絡し、担当が正式依頼・調整を行う役回りとなりました。そのため、両氏に初めてお目にかかるまでは、大変緊張しながら準備を進めてきましたが、山本氏も野村氏(野村氏には「万作の会」に連絡調整役を担っていただきました。)もとても気さくにご対応いただいたことに安堵しました。
  野村氏には、講演会当日に初めてお会いしましたが、伝統芸能である狂言界を牽引してきた同氏の一挙一動から人間国宝としての重責を感じ、担当一同直立不動になってしまう場面もありました。不慣れな案内にも拘わらず、温かくご対応いただきました。後日、講演中にご紹介のあった秘曲の演目である袴狂言『釣狐(つりぎつね)』の映像記録を、NHKの番組「古典芸能への招待」で鑑賞し、思わず見入ってしまいました。これを機会に野村氏の狂言を舞台で直に鑑賞し、狂言の面白さをより体感したいと思いました。
  また、山本氏には、阪神淡路大震災への対応に奔走した通産官僚時代、すべての法分野の審査業務や憲法解釈の番人としての内閣法制局時代、良心にしたがい判断した最高裁判所時代などの足跡をうかがうことができ、行政、立法、司法それぞれの業務の奥深さややりがいを改めて学ぶことができました。同時に、こうした山本先生の御講演は、オーラルヒストリーとしても非常に価値あるものであると感じました。
  お二方には、大変お忙しいところ、本公演を御快諾いただき、また綿密な資料準備を頂いたことに、改めて感謝申し上げます。
  最後に、「記録を守る、未来に活かす。」精神が全国に浸透し、我が国全体の公文書管理や歴史公文書等の保存及び利用の適正化につながることを念頭に、来年度以降も記念講演会の企画を検討してまいります。

〔注〕
[1] 国際公文書館会議(ICA。各国公文書館の相互連携と発展に貢献することを目的として、昭和23年(1948)に、ユネスコの支援を得て発足した国際非政府機関。)では、その設立した日(6月9日)を「国際アーカイブズの日」と定め、毎年、その日を含む週に、加盟各国が記念行事等を開催し、その一環として、当館が開催しているもの。
[2] 国立公文書館キャッチコピー決定」『国立公文書館ニュース』第25号(2021年3月~5月)、
https://www.archives.go.jp/naj_news/25/special.html
[3] 職務全体に係るマネジメント能力は、館長はもとより、専門職員にも、職務全体を俯瞰して、専門的見地から基準等を立案・調整する能力が求められ、職務遂行上必要となる(「アーキビストの職務基準書」4(3)を参照。)。
[4] 「万作の会」:http://mansaku.co.jp
[5] 本エピソードは、牧原出編『法の番人として生きる 大森政輔 元内閣法制局長官回顧録』岩波書店、2018年、217-218頁を参照。
[6] 「特集 令和4年度全国公文書館長会議&『国際アーカイブズ週間』記念講演会」『国立公文書館ニュース』第31号(2022年9月~11月)、https://www.archives.go.jp/naj_news/31/special.html