被災公文書等救援チームの設置及び常総市における活動について

国立公文書館総務課企画法規係長
(前業務課受入管理係長)
筧 雅貴
国立公文書館業務課修復係長
阿久津 智広

1. はじめに

   国立公文書館(以下「館」という。)は、平成27年11月、被災公文書等救援チーム(以下「救援チーム」という。)[1]を設置し、甚大な自然災害等の発生により、水損等の被害が生じ、又は生じていると見込まれる地方自治体が保有する公文書等(以下「被災公文書等」という。)について、保全のために必要な支援を迅速に行うための体制を整備することとした。
   本稿では、救援チームの設置までの経緯及びその想定される活動について述べるほか、実際に支援活動を展開している茨城県常総市における活動について報告する。

2. 概要

2.1 救援チームの設置までの経緯

   平成27年9月9日から11日にかけて、関東地方及び東北地方は、記録的な豪雨に見舞われた。この「平成27年9月関東・東北豪雨」で被災した地方自治体の一つが、常総市である。
   9月10日午後12時50分に、常総市内を流れる鬼怒川が堤防決壊等により氾濫し、下流域が約40km2にわたり浸水し、地域に住む人々の生活だけでなく、永年文書庫に保存されていた同市の活動や歴史的事実を記録した行政文書に大きな被害がもたらされた[2]。
   常総市では、9月30日から、ボランティアが中心となって、同書庫から水損した行政文書(以下「水損行政文書」という。)の搬出を行い、全文書の搬出後、水損行政文書の復元作業を開始した。
   この間、館は、関係機関への連絡・調整及び館職員による実地調査を通じて、常総市による水損行政文書の復元作業に対する館としての支援について検討を行った。また、同時に、今後、同様の事態が発生した際に、館がより積極的かつ迅速に活動できる体制等について検討した。これらの一連の検討から誕生したのが救援チームであり、同チームによる常総市での活動である。

2.2 想定される活動

   救援チームの活動として主に想定されているのは、次の三つである[3]。
   一つには、被災公文書等の状態及び被災した地方自治体のニーズといった情報の収集である。二つ目として、救援活動に関わる関係機関との連絡・調整である。これらの活動は、館が、その限られた物的、人的リソースを被災公文書等の救援に適切に投入する上で、欠くことのできないものといえる。
   最後に、被災公文書等の保全のために必要な支援の提供がある。例えば、館職員の派遣、必要な物資の貸与・提供、技術的なノウハウの支援・提供である。館が、このような支援を掲げることができるのは、東日本大震災に際して、平成23年度から24年度に実施した「被災公文書等修復支援事業[4]」での実績があるからである。同事業における館の活動は、以下の三点に特徴付けることができるといえる。
(i) 被災公文書等を修復し、復興への利活用等のために適切に保存することに対して、第一義的な責任を負うのは、被災した地方自治体である。
(ii) 館は、被災した地方自治体が(i)の責任を果たすことができるよう、「わが国における歴史公文書等の保存及び利用に関する中核的機関[5]」として、その環境の整備を図る。具体的には、館は、被災地の住民から人材を募り、研修を通じて、被災公文書等を修復することのできる人材を育成する。
(iii) 館は、研修を通じて指導する内容について、被災した地方自治体との意見交換や被災公文書等の状態確認等を通じて決定する。
   館は、同事業を行ったいずれの地方自治体においても、研修を通じて指導した修復方法によって、独自に修復作業を行うことのできる人材を育成することができたことから[6]、救援チームによる活動も、原則として、同事業での考え方や手法を活用していくことになるものと考えている。

3. 常総市での活動

3.1 準備

   平成27年11月、館は、茨城県教育委員会教育長及び常総市長からの要請を受け、常総市における水損行政文書等の復元作業にあたる人材の育成を図り、同市が早急に復元作業を進めることのできる環境を整備することを目的として、救援チームによる活動を開始した。
   これに先立ち、館は、同市が行っている水損行政文書の復元作業に、その限られたリソースを適切に投入するため、関係機関との連絡・調整及び館職員による現地調査を実施した。その結果、水没により特に汚損したものについて、今後のカビの繁殖を抑制するために、自然乾燥や送風乾燥(扇風機による乾燥方法)だけでなく、汚損そのものの除去が不可欠であること、その処置方法として、館が被災公文書等修復支援事業で用いた「東文救システム[7]」が利用可能であることを確認した。

3.2 水損行政文書の洗浄に係る技術的指導

   救援チームは、上記の確認に基づき、水損行政文書の復元作業にあたるボランティア等が、東文救システムを用いて汚損やカビを洗浄し、取り除くことができるよう、ボランティア等を対象にした研修を開催し、以下の作業工程に係る技術的指導を行った(12月7、8、14、15日 延べ126名参加)[8]。

(1) 記録・撮影
・洗浄後の再製本のために、資料の情報を記録・撮影する。
(2) 解体・ナンバリング【写真1】
・簿冊、ファイル文書、和装本等の表紙のある資料は、表紙から本文紙を取り出す。
・本文紙1枚1枚に番号を付与する。
(3) ドライクリーニング【写真2】
・刷毛、超極細繊維のクリーニングクロス、スパチュラ等を使用して、資料表面に付着した泥・砂・埃・カビ等を除去する。
(4) エタノール殺菌【写真3】
・資料1枚1枚に消毒用エタノールをスプレーで噴霧して、カビを殺菌する。
(5) 洗浄【写真4】
・資料を洗うため、水を張って発泡プラスチックボート等を浮かせたバットを用意する。
・資料1枚1枚をネットに挟む。
・ネットに挟んだ資料を発泡プラスチックボート等に設置し、同ボード等を沈めながら資料を水に浸し、刷毛で注意深く泥汚れ等を落とす。
(6) 乾燥・フラットニング【写真5】
・資料1枚1枚をネットから取り出す。
・資料1枚1枚を不織布に挟み、水分を吸水クロスで取る。
・資料1枚1枚を不織布に挟んだまま、段ボール板・ろ紙に挟む。
・不織布を挟んだ段ボール板・ろ紙を積み重ね、横から扇風機で風を当てて乾燥させる。
(7) 整理・再製本・保管【写真6】
・乾燥を終え、フラットになった資料を取り出し、(2)で付与した番号の順番に並べる。
・簿冊やファイル文書等の簡単に綴じることができる資料は綴じ直しを行う。それ以外の形態のものについては、冊ごとにまとめて紐等で束ねる、又は封筒に入れて保管する。

   常総市は、館を含む様々な関係機関からの助言、指導等を踏まえ、平成27年12月末までに、エタノール消毒や送風乾燥によって、水損行政文書へのカビの繁殖をある程度を抑制することに成功したことから、平成28年1月から、水損行政文書を解体し、乾燥状態、汚損の程度等の確認作業に着手し、乾燥が不十分なものについては、送風乾燥を継続するとともに、特に汚損のひどいものを対象に、救援チームが研修で指導した洗浄作業を行っている[9]。

【写真1】 解体・ナンバリング

【写真1】 解体・ナンバリング

【写真2】 ドライクリーニング

【写真2】 ドライクリーニング


【写真3】 エタノール殺菌

【写真3】 エタノール殺菌

【写真4】 洗浄

【写真4】 洗浄


【写真5】 乾燥・フラットニング

【写真5】 乾燥・フラットニング

【写真6】 整理・再製本・保管

【写真6】 整理・再製本・保管


3.3 フォローアップ活動

   救援チームは、2月29日及び3月28日に常総市を訪問し、12月の技術的指導のフォローアップを行った。具体的には、救援チームは、水損行政文書の洗浄作業の進捗を確認するとともに、水損行政文書に含まれる劣化の著しい酸性紙への処置方法について、常総市とともに検討を行った。

4. おわりに

   以上のように、館は、被災公文書等修復支援事業での経験を踏まえ、被災公文書等の救援に取組むための体制を整備するとともに、救援チームによる技術的支援を常総市で行っている。最後に、今後の取組の方向性について述べたい。
   まず、常総市への技術的支援の継続である。常総市によると、水損行政文書の復元には、水害発生から約2年を要し、さらに修復作業には、数年かかるとされている[10]。したがって、館は、同市が水損行政文書の復元を計画通り進めることができるよう、平成28年度についても、同市の要望等を踏まえ、技術的支援を継続することが必要と考えている。
   そして、二つ目として、関係機関との連携の強化である。確かに、館は、救援チームを設置し、組織として必要な支援を迅速に提供できる体制を整備した。だが、被災公文書等の救援は、常総市の事例からも明らかなように、様々な関係機関の協力によってなされるものでもある。したがって、救援チームが、いざというときに、適切な支援を迅速に行うことができるよう、平常時から、情報交換を含めた関係機関との連携を緊密なものにすることが必要であろう。
   館では、こうした点を踏まえながら、救援チームを通じ、「わが国における歴史公文書等の保存及び利用に関する中核的機関」としての役割を果たしていきたいと考えている。

[1] 救援チームは、館内の関係部門を横断的に組織したもので、業務課受入管理係が同チームの窓口を担当している。
[2] 国土交通省水管理・国土保全局『平成27年9月関東・東北豪雨に係る被害及び復旧状況等について』(平成27年10月)( http://www.mlit.go.jp/common/001105761.pdf 2016年3月5日アクセス)、独立行政法人国立公文書館『国立公文書館ニュース』第5号、2016年3月、6頁等を参照。
[3] 独立行政法人国立公文書館「被災公文書等の救援事業」( https://www.archives.go.jp/about/activity/pdf/kyuuen.pdf 2016年3月5日アクセス)。
[4] 詳細は、朝倉亮「 被災公文書等修復支援事業について」『アーカイブズ』第47号(2012年6月)、下重直樹「被災公文書等修復支援事業の現状と課題」『アーカイブズ』第48号(2012年11月)、下重直樹・矢澤大輔「被災公文書等修復支援事業の成果について」『アーカイブズ』第49号(2013年3月)。また、館ウェブサイト「東日本大震災復興支援」に、同事業の報告書等が掲載されている( https://www.archives.go.jp/top/111228_02.html 2016年3月5日アクセス)。
[5] 独立行政法人国立公文書館『歴史を跡づける「地域のたから」、記録の保存から生まれる明日への希望―平成24年度東日本大震災被災公文書等修復支援事業報告書―』(平成25年2月、1頁)(https://www.archives.go.jp/top/pdf/130218_00_01.pdf 2016年3月12日アクセス)。
[6] 独立行政法人国立公文書館「被災公文書等修復支援事業の実施状況について」(平成24年12月12日報道発表資料)(https://www.archives.go.jp/top/pdf/130218_00_01.pdf 2016年3月12日アクセス)。
[7] 「東文救」とは、東日本大震災時の津波により被災した資料を救援するために発足したボランティア団体「東京文書救援隊」のこと。東文救システムとは、被災した資料について、「解体から、ナンバリング、エタノール噴射、洗浄、吸水、乾燥、製本までの作業工程を流れ作業で行う」(朝倉、前掲論文、29頁。)ことができるよう、東文救によって開発されたシステムのこと。また、同システムは、修復の専門家でなくても安全に作業ができるよう工夫されている。詳細は、東文救ウェブサイトを参照(http://toubunq.blogspot.jp 2016年3月19日アクセス)。
[8] 独立行政法人国立公文書館「常総市への救援活動について」(https://www.archives.go.jp/news/20151210120928.html 2016年3月19日アクセス)。
[9] 独立行政法人国立公文書館「常総市への救援活動について(平成28年3月)」(https://www.archives.go.jp/news/20160315112508.html 2016年3月19日アクセス)、全国歴史資料保存利用機関連絡協議会「常総市文書復旧ニュース」第1号(平成28年2月23日)(http://www.jsai.jp/rescueA/Joso2015/Joso-RRNews001.pdf2016年3月19日アクセス)。
[10] 茨城新聞(2015年12月15日)「水没文書、復元に2年 常総市が計画策定」(http://ibarakinews.jp/news/newsdetail.php?f_jun=14501015801410 2016年3月28日アクセス)。