国立公文書館 統括公文書専門官室
公文書専門官 渡辺悦子
0.はじめに
本『アーキビストのためのアドボカシー・普及(Advocacy and Awareness for Archivists)』は、アメリカ・アーキビスト協会(Society of American Archivist、以下SAA)が2019年から順次刊行しているアーカイブズ基礎シリーズⅢ(Archival Fundamentals series Ⅲ、全6巻)[1]の、第3巻である。
「advocacy(アドボカシー)」はやや耳慣れない言葉であるが、日本語ではしばしば「提言」と訳される、「アイデア、計画、または何らかの行動様式について公けに表明した支援[2]」を意味する語である。SAAによる用語集では、アーカイブズでの文脈においては
・Advocacy:アーカイブズ記録、それらの記録を管理する機関、アーキビスト、アーカイブズ専門職への支援を得るために、アーキビストとその支援者が行う活動
と定義されている。また「awareness」は「気づき」や「認識」を意味する語となる。それらに関わる取組を扱うことから、本書はアーカイブズの認知向上に関わるものである。本稿では、アーカイブズの活動の文脈で使用される語として、advocacyに「アドボカシー」を、awarenessにはやや意訳となるが「普及」[3]の語を当てておく。
公文書館やアーカイブズ、それに関わる業務に従事している機関では、わが国においても普及活動は何らかの形で広く行われている事業・活動である。所蔵資料の利活用促進のため資料について知ってもらったり、適切な公文書・アーカイブズ管理を知ってもらうことによって、社会における「アーカイブズ」という体系的制度があることの重要性の周知をはかるこれらの活動は、わが国の『アーキビストの職務基準書』[4]でも、「普及」という大分類を設け、その主な職務に「利用の促進」と「連携」をあてている[5]。しかしながら、こうした普及活動についての取組の報告はしばしばみられても、本書のように活動にかかる「基本的な原則と実践方法」[6]をまとめたものは、管見の限り存在しなかったように思われる。そこで本稿は、このような取組を実施する各機関の一助となるよう、本書の概要を紹介してみたい。
1. アーカイブズ基礎シリーズⅢ: アーキビストのためのアドボカシー・普及
1-1. 本書の基本情報
本書は、シリーズ刊行開始の同年にあたる2019年に刊行されている。1990年から第1シリーズが、2000年から第2シリーズが刊行されてきた本シリーズだが、「アドボカシー・普及」活動を扱うのは、この第3シリーズがはじめてとなる。著者のKathleen D. Roe氏は現在SAAのフェローで、近年退官したニューヨーク州アーカイブズで3,000を超える施設運営やアーカイブズ管理プログラムを実施し、また同州全体の研修や助言の提供を行ったほか、SAA会長を務めたこともある(2014-15年)。過去にアドボカシー活動や連邦政府の立法問題に関与してきた州アーキビスト協会(Council of State Archivists)の会長を務め、近年はSAAの公共政策及びアドボカシーの委員会にフェローとして参加するなど、本書の分野に豊富な経験を持つ。なお、アーカイブズの編成及び記述分野も専門としており、第2シリーズ(2000~2005年刊行)では、『アーカイブズと手稿を編成・記述する』を執筆している[7]。
1-2. 本書の構成[8]
第1章ではまず、本書の内容の概要と、「アドボカシー」及び「普及」活動の定義やその範囲、アーキビストの業務における活動の位置付けが説明され、本書が「アドボカシー」や「普及」活動を行うにあたっての「基本的な原則と実践方法」を提供するものであることが紹介される。続いて第2章では、アメリカにおける過去の「アドボカシー」「普及」活動の実例を紹介した上で、取組に必要な要素がまとめられている。第3章から第7章にわたっては、実際に活動を行うにあたって重要となる要素が解説される部分となる。第3章では目標の立て方、第4章では働きかけの対象である顧客やステークホルダーをどう特定し、理解するか、続く第5章では取組の核となるメッセージとその伝え方が説明され、第6章では実践にあたっての活動の組み立てや利用できるツール及びテクニック等が幅広く解説、紹介される。第7章では、「ロビー活動」の実践にかかる情報がまとめられ、第8章では、アドボカシー・普及活動をより効果的に実施し、向上させていくための考え方や提案がなされている。
本書では、3つの核となる用語として「普及」、「アドボカシー」、「ロビー活動」を挙げているが、立法機関の議員に直接的な働きかけを行う「ロビー活動」は、我が国のアーカイブズ分野ではあまりなじみがないと考えられることから、本稿ではこれを除いた「アドボカシー」と「普及」の取組にかかわる部分に焦点を当てる。
2.普及、アドボカシーの定義
本書において「普及」とは、「アーカイブズに関する情報を共有し、アーカイブズ・コレクションの存在、それらを所蔵する機関、それらを管理する専門家について、一般的な知識を向上するための努力や取組」とする。「普及」の目的は、「アーカイブズやその潜在的な利用方法、社会にとっての価値など、より多くの情報に基づいた理解を得ることであって、本書が解説する諸活動のうちの最も一般的なものであるとしている。
一方の「アドボカシー」は、「肯定的な変化をもたらすために、対象となる顧客(audience)に焦点を絞った目的のあるメッセージを伝えること」と定義され、機関の目標を達成するために、対象となる「集団や個人を行動させようとする意識的かつ集中的な取組が特徴」であるとする。
「普及」と「アドボカシー」の違いを示す具体的な例として、以下のような説明がある(第1章 表1「普及vsアドボカシー」より)。
普及 | アドボカシー |
大学アーカイブズで、卒業生週間(Alumni Weekend)にあわせて1960年代の年鑑や当時の学生生活を紹介する展示会を開催した。 | 大学アーカイブズで、卒業生週間にあわせ1960年代の年鑑や当時の学生生活を紹介する展示会を開催。コレクションの充実を目的に、会場において、当時の卒業生に対し資料の寄贈やオーラルヒストリーへの参加呼びかけのため、スタッフが卒業生と交流した。 |
女性史月間(Women’s History Month)中に、地域の歴史協会が近隣の大学の女性史研究者による講演会を開催し、地域の女性入植者の手紙に焦点を当てたオンライン展示を開催した。 | ある地域の歴史協会は、地元の女性政治家、教育者、市民団体、社会団体、慈善団体のリーダーと個別ミーティングやグループミーティングを行い、女性に関する所蔵資料を増やすための計画を作った。 |
この定義と我が国の『アーキビストの職務基準書』の「普及」とされる活動と照らし合わせると、小分類に見える「17. 展示の企画・運営」や広く所蔵資料の情報を提供するための「18.デジタルアーカイブ構築」は典型的な「普及」活動であると同時に、そこから何らかの形で「アドボカシー」活動に発展させることのできるものとも考えられる。また、「22.アーカイブズ機関等職員に対する研修の企画・運営」は、例えば文書の移管元である親組織という特定の「顧客」に対し現用文書管理の大切さとスムーズな移管の促進を働きかける「アドボカシー」活動とも位置付けられるかもしれない。
3. 活動のステップ
アドボカシー・普及の活動は、前述のとおり、アーカイブズ基礎シリーズⅢで、はじめて本シリーズに取り入れられたテーマである。著者によれば、それは「アーキビストの業務」が、これまではその専門性を代表するような編成・記述やレファレンス、保存などの活動にかぎって考えられていたことによるという。こうしたこれまでの考え方に対し、本書はこれらの活動を「基本業務・活動の中に、専門職の仕事を支える不可欠な活動」として組み込んでいくべきとする。
本書の構成を概観すると、活動の実施(第6章)よりも、準備部分(第3章~第5章)に、より多くのページが割かれており、アドボカシー・普及の成功は「準備が鍵となる」[9]と言及される。よって、ここからは本書で紹介される、活動における準備部分を中心にみていきたい。
3-1. 第3章:目標を定める
活動にあたっての目標は、「具体的な結果やメリットを生み出す具体的な成果とともに、特定の対象者をターゲットとした具体的なニーズや行動に取り組む」ものでなければならないとする。それは、「ほとんどの年齢層や(中略)ほとんどの専門的、社会的関心にかかわる人を巻き込むようなメッセージを伝えようとしても、アーカイブズやアーキビストの仕事に対する認知度と理解を高めることはできない」からである。効果的な結果を出すためには、たとえそれが幅広い顧客を対象としても、「明確な焦点を持った、明確な目標」があるべき、とする。
その上で、目標は組織のミッション・ステートメントや戦略計画と明確に結びつけることが必要としている。例えば「国内外の研究者が資料を利用できるようにする」ことは、「崇高な目標」であっても、目標が大きすぎるため達成するための予算・人材の確保も成功の指標の設定も難しい[10]。こうした目標の作成は、「ニーズ/行動」、「対象者」、「成果」、「利点」をポイントに組み立てるとよいことが提案される。
3-2. 第4章:対象を理解する
アドボカシー・普及を検討・実施するにあたっては、アーカイブズの組織内外にいる様々な人々が、活動の実施に当たって、「顧客」、「ステークホルダー」、「支援者」のどれに該当するかを見極め、その「関心やニーズを理解する」ことが必要であるとする。本書ではそれぞれが以下のように定義づけられる。
他部署の同僚や予算の配分者等であり、支持・理解を得ておくと活動が成功しやすいと言う、組織内等
からのバックアップである[11]。
ここでは特に、顧客について詳しく見てみたい。
アーカイブズは伝統的に歴史研究のための場所であり、アメリカにおいても歴史研究者を主な顧客としてその拡大を図る「普及」「アドボカシー」活動が一般的に行われてきた。だが、「過去の情報」を扱うためにアーカイブズを利用する科学や環境学、法学などの研究者、また高校、大学といった教育機関もアーカイブズにおける潜在的利用者として近年ますます重要になっているとされる。こうした新しい顧客層である利用者グループがどのようにアーカイブズ資料を発見し、どのようなサービスを求めているかを知るため、「調査研究の内容、使用されている情報探索のアプローチ、そのような研究者が集まっている可能性のある組織や連絡を取ることができる通信手段などに精通する」ことも重要とする。
また、顧客の特定にあたって我々がしばしば行いがちなのが、広く「一般の人々」と対象を大きく設定することであるが、本書では「一般市民は本質的に定義が不明確で、あまりに広範で定まった形がないため、焦点が定まらず真に効果的な方法でアプローチすることは難しい」ため、取組ごとに顧客の定義をできるだけ具体的にする必要があるとしている。
見落としがちな視点として、「取組を妨げ反対する可能性のあるグループ」が取り上げられている。誰が問題を抱え、どのような懸念を抱いているかを知ることで、その視点を考慮し、逆に賛同者となることにもつながると言う。
機関の外にいる顧客を理解しようとする試みと同様に、機関の使命や機関内外の支援者への理解も重要であることを本章は述べている。
3-3. 第5章:メッセージをつくる
アドボカシー・普及を行うにあたっては、「顧客の関心に最も応えられるアプローチを理解」した、明確かつ簡潔なメッセージと、効果的なメッセージの伝え方を考える必要があるが、その選択肢や方法は様々であることが述べられる。
アーカイブズの価値の示し方には、「アーカイブズに関する情報」や「アーカイブズの利用によってもたらされる成果」を提供する情報をストーリーとして紹介する方法(主に顧客に対するもの)や、これらストーリーを裏付けるためのデータによって示す方法(主にステークホルダーに対するもの)があるとする。
「アーカイブズに関する情報」を紹介する方法として、著名な人物や出来事に関わる資料を選んで展示する等がしばしば行われがちだが、本書では「認知度の高い名前や出来事のインパクトに頼ること」は、人々のアーカイブズに対する理解を、「高名な研究者や学術出版物、展示物にとってのみ有用な『宝物』の場所」にしてしまい、娯楽的にはなっても、「目的を持って使用すること」にはつながらないとの指摘がある。アーカイブズ資料の価値を普及させることは、それを保存する機関の重要性を伝えられても、アーカイブズが資料を「利用」してもらう機関としての価値を示すためには、顧客がより身近に、自身の問題として学べるものを核とすべきという視点は重要である。また、アーカイブズの利用者の成果の共有を普及に取り込むという考え方は、わが国ではアーカイブズにおける普及活動という文脈ではあまり積極的に行われてこなかったのではないか。利用者とのコミュニケーションの確立と維持が必要になる取組であるが、利用の促進につなげる方法として参考となるかもしれない。
3-4. 取組のポイント
最後に、実施にあたっての要点やさらなる助言がまとめられる第6章と第8章を簡単に紹介したい。
活動の実施にあたっては、機関を取り巻く状況(顧客やステークホルダーのスケジュール、予算サイクル)を把握したうえで計画を立てるのはもちろんのこと、活動・取組の正確な評価に努める必要性を指摘する。評価方法には、アンケートやウェブ分析などの「結果」を集めるものが一般的だが、活動のプロセス(取組にかかった時間やコスト、人的配置など)についても、生産性や効果を分析しておくことが重要としている。このような活動の手順とそれぞれにおけるポイントは、筆者による「附録D: アドボカシー・普及活動を計画するにあたっての段階別チェックリスト」として提供されているので、ぜひ参考にされたい。
最後に、アドボカシー・普及はアーキビストという専門職の「健全性と将来」にとって不可欠であるとし、私たち一人ひとりが「自分の声を見つける」必要があるとする[12]。そのために、
・自分のスキル(口頭/文書でのコミュニケーション、柔軟性、秩序立てた考え方)を把握する。
・他者と協力して作業する(自分一人で多くを背負い込まねばならい、と思い込まないこと)。
・(メッセージ、伝える相手、伝える内容と伝え方について)準備万端にする。
ことが重要であるとする。
4.おわりにかえて―アーキビストのメッセージ―
以上、本書の紹介を駆け足で試みた。本書は「普及」と「アドボカシー」を厳密に区別しているものの、重要として説明される要素が、普及、アドボカシーのいずれについての説明か、あるいはそれぞれに異なるアプローチがあるのかなどが、通読するとややわかりにくい印象があるのは否めない。おそらくこれは、著者がいうように、アドボカシー・普及活動が「単純でも定型的でもない」[13]ことによるものであり、それぞれの取組において、それぞれが「なにを」「どのように」を学び取る必要があるものと思われる。
本シリーズが未刊行[14]の巻を含め全て「アーカイブズと手稿」(Archives and Manuscripts)を書名に冠するなか、本書は唯一、「アーキビスト」のため(for Archivists)、とする。これは、著者が言うように、自らの機関や業務について普及を試み、アドボカシーを行うためには、「アーカイブズの価値や影響をどのように考えているかを明確にできることが不可欠」であり、「なぜアーカイブズなのか」について、一人ひとりが何かしらのメッセージを持つこと――すなわち、アーキビスト自身が自らに問い続けることを原点とするからではないだろか。
[注]
[1]本シリーズについての詳細は、拙稿「アーカイブズの「編成」と「記述」あれこれ~アメリカ・アーキビスト協会編アーカイブズ基礎シリーズⅢ『アーカイブズと手稿を編成・記述する』を読む~」(国立公文書館情報誌「アーカイブズ」第91号、https://www.archives.go.jp/publication/archives/no091/14804)を参照。
[2]advocacy: public support of an idea, plan, or way of doing something(https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/advocacy)
[3]英語圏のアーカイブズにおいて、日本での「普及活動」に該当する取組にはRaising awareness(直訳すると認知向上)がよく使われる。
[4]『アーキビストの職務基準書』:https://www.archives.go.jp/about/report/pdf/syokumukijunsyo.pdf、平成30年(2018)12月の公開。わが国では本書に先駆けて、普及活動をアーキビストの重要な職務と位置付けてきたと言える。
[5]「利用の促進」の小分類は「17. 展示の企画・運営」「18.デジタルアーカイブ等の構築・運用」「19.情報の発信(研究紀要・講座の企画等)」であり、「連携」の小分類は「20.歴史資料等の所在状況把握」「21.他のアーカイブズ機関、類縁機関(図書館、博物館等)及び地域等との連携・協力」である。
[6]「1.アドボカシーと普及についてのイントロダクション」(p.14)より。
[7]SAA webサイトの「Katheen Roe」(https://www2.archivists.org/prof-education/faculty/kathleen-roe)及び本書巻末 “About the Author”より。
[8]「1.アドボカシーと普及についてのイントロダクション(Introduction to Advocacy and Awareness)」、「2.アーカイブズの「実世界」におけるアドボカシーや普及(Advocacy and Awareness in the “Real World” of Archives)」、「3.アドボカシーや普及の取組の目標を立てる(Developing Goals for Advocacy and Awareness Initiatives)」、「4.顧客、主なステークホルダー、支援者を理解する(Understanding Audiences, Ley Stakeholders, and Supporters)」、「5.説得力のあるメッセージを作る(Developing a Compelling Message)」、「6.アドボカシーや普及を実践に移す(Putting Advocacy and Awareness into Practice)」、「7. 政府関係者へのアドボカシー(Advocacy with Government Officials)」、「8.アドボカシーと普及:次のステップへ進む(Advocacy and Awareness: Taking the Next Steps)」。
[9]第6章、「Preparation is key to successful advocacy and awareness」(p.72)。
[10]たとえば本書が紹介するアイオワ州立大学のスペシャル・コレクションでは、所蔵するフィルム・コレクションの認知度を上げたいと考えていたところ、「最もリクエストの多かったフィルム」をYouTubeにアップする、という「特定の所蔵資料に対する知名度をアップさせる」という活動に焦点を当てたことで、当該資料やその周辺資料への問合せ、ひいてはその他の資料の利用に引き寄せることにつながった、という(p.38)。
[11]例えば逆に、他部署の協力がいる中で、その価値を共有できていなかったり、「手柄を横取りされた」ように感じられたりすると、効果的な活動は難しいということである(p.49)。
[12]第8章、Finding Your Own Voice(p. 107)。
[13]第8章にみえる、「アドボカシー・普及のための“ToDo”リスト(A “To Do” List for Advocacy and Awareness)」(p. 102)より
[14]“Volume 6: SELECTING AND APPRAISING ARCHIVES AND MANUSCRIPTS(アーカイブズと手稿を選別・評価する)”が、2025年初旬に刊行を予定している。SAAのwebサイト:Archival Fundamentals Series III: https://www2.archivists.org/archival-fundamentals-series-III