アーカイブズの「編成」と「記述」あれこれ
~アメリカ・アーキビスト協会編アーカイブズ基礎シリーズⅢ『アーカイブズと手稿を編成・記述する』を読む~

国立公文書館 統括公文書専門官室
公文書専門官 渡辺 悦子

0. はじめるまえに
  アーカイブズにおける「編成」と「記述」についての理論体系は、アーカイブズに従事する人の間でも認知度の差が大きいものの一つだと筆者は感じている。すでにこの編成・記述という言葉だけで、一部の読者を置き去りにしてしまう可能性があり、少し遠回りになるが、まず本稿に登場する言葉の整理しておきたい。

  編成・記述は、アメリカ・アーキビスト協会(Society of American Archivists、SAA)によると、それぞれ以下のように定義されている。

  ●編成(arrangement):資料の出所ともともとの秩序を考慮して、資料群を体系づけること。またコレクション内の資料の構成と順序を決めること[1]。
  ●記述(description):資料を表現するために作成されたデータセット(検索支援(finding aids)や目録など)。また、こうしたデータセットを作成するプロセスのこと[2]。
そして、受入れから編成、記述、保存に至る一連の作業が、「整理(processing)」とされる[3]。

  その作業なら行っているし知っている、という反応になるが、これら編成・記述については、フランス革命を機に公文書の公開を原則とした近代的なアーカイブズが成立して以後200年にわたり、先人達が蓄積してきた学問的理論体系がある。この、「学問的理論体系」の存在、という部分で「差」が出るように思う。アーカイブズにかかる専門的な教育を受けた人にとっては基礎的な理論・原則である一方で、歴史研究で諸資料を扱う人や、行政機関等の文書管理実務畑の人には、ピンときにくい。それもそのはずで、ここでいう編成や記述の原則は、欧米のアーカイブズの実践に基づく要素が多分にあり、わが国で培われた慣習的実務とは必ずしも一致しているわけではなく、また「理論」というより実務的手法としてとらえられている傾向が強いような印象がある。

  具体的な理論の中身は本論で紹介するとして、こうした編成・記述に関わり、欧米(限りなく北米、とも言うべきだが)の実践に基づいて、その考え方の国際的な標準化をめざし策定されたのが、国際公文書館会議(International Council on Archives、ICA)による「国際標準アーカイブズ記述(General International Standard Archival Description、ISAD(G))[4]」(初版は1994年、第2版が5年後の1999年に策定、2000年にリリース)である。

  近年、アーカイブズにおける編成・記述に変化が訪れようとしている。それは、2016年にICAのアーカイブズ記述に係る専門家グループ(Expert Group on Archival Description)が、ISAD(G)その他の記述標準を統合した新しい記述標準「Records in Context(RiC)」の草案を発表、その後8年間にわたるパブリック・コメントの募集とそれに基づく修正を経て、2023年のICA大会[5]で初版がリリース[6]されたことにも象徴される。本稿は、これを機会に、SAA編による『アーカイブズ基礎シリーズⅢ(以下AFシリーズⅢ):アーカイブズと手稿を編成・記述する(原題:Archives Fundamental Series Ⅲ:Arranging and Describing Archives and Manuscripts)』を取り上げながら、昨今の編成・記述事情を眺めてみようというものである。

1. アーカイブズ基礎シリーズⅢ:アーカイブズと手稿を編成・記述する
1-1. 本書の基本情報

  AFシリーズⅢの『アーカイブズと手稿を編成・記述する』が出版されたのは、2019年である。このAFシリーズが「Ⅲ」とあるのは、本シリーズの3度目の改訂であることによる。1970年代[7]にSAAが刊行した、アーカイブズ機関や手稿コレクションを所蔵する機関における基本的な実務(評価選別、編成・記述、レファレンスと利用、保存など)に関わるベーシック・マニュアル・シリーズをもとに、1990~93年に最初のAFシリーズ(全7巻構成[8])が作られた。その15年後の2000年代中頃に改訂版であるシリーズⅡが出版され、さらに15年を経て、2019年より本シリーズⅢの刊行が開始されている(本シリーズでは6巻構成となる予定[9])。

  ちなみに、本書のタイトルに「アーカイブズと手稿(Archives and Manuscripts)」とあるのは、アメリカにおける慣習として、「政府、企業、非営利団体などの組織が、日常 業務を遂行する過程で収受・蓄積した永続的に価値のある記録」を「アーカイブズ」とし[10]、「個人や家族が個人的な活動を行う過程で作成、収受、収集、蓄積された歴史的または文学的価値のある記録」を「手稿」とするところにある[11]。。AFシリーズⅢでは、「この両者はよく似ており(中略)アーカイブズ資料の原則は手稿に適応させることができる」[12]とし、ほとんどを「アーカイブズ(archives)」で解説していることから、本稿は以降、混乱を避けるため、文書をさす場合は「アーカイブズ資料」の語を使用するものとする。

  本書は、アーカイブズを学ぶ学生等が「広く普及する作業を理解」するため、また実務にあたる初任者から専門家に至るアーキビストが「実際に作業を行うための実用的な」ガイドとして使えるようにしたものとされる。つまるところ、アーカイブズに関わる全ての人が対象ということになるが、AFシリーズⅠからⅢを通じて、本書は常に「マニュアル」と表現され、原則の解説と、作業ステップごとの実務の詳細が説明される構成をもつ。

1-2. 著者について

  著者のDennis Meissner[13] は現在ミネソタ歴史協会のプログラム担当副ディレクターであり、過去にはSAA会長を務めたこともある、アメリカにおける編成、記述の大家である。彼の名を不動のものとしたのは、2005年にMark Greeneとともに発表した「More Product, Less Process(より多くの成果を、より少ない整理で。「MPLP」と略称されている)」[14]プロジェクトであろう。編成、記述に基づき、コレクション・レベルからアイテム・レベルまでの整理を実践しているアーカイブズ機関では、当然ながら一コレクション当たりの整理に多くの時間を費やすことになる。そのため、当時アメリカのアーカイブズ機関では、一機関あたり平均して全所蔵資料の5割以上が未整理のため利用者に公開・提供できない「バックログ(Backlog、積み残し、等の意味)」問題を抱えていた。Meissnerらは、アーキビストが20世紀代のコレクションの整理にかかる時間や人的コストにかかる大規模な調査等を行い、「伝統的に」行われているアイテム・レベルまでの「完璧な」編成・記述を変革し、コレクション/シリーズ・レベルまでの「そこそこ十分な(good enough)」整理[15]をめざし、機関の抱えるバックログを減らそうと主張した。この考え方は多くの実務家に影響[16]を与えている。

1-3. 本書の構成[17]

  第1章では、本書の前提となる編成・記述にかかる定義、編成・記述をアーカイブズ実務の中核と考える著者の立場を明らかにし、また編成・記述の理論の発展についての簡単な歴史が述べられる。続く第2章と3章では、紙媒体などの形のある記録でもデジタル記録でも共通するとして、アーカイブズ資料の編成・記述の基本原則である、「フォンド尊重」「出所保存」「原秩序保存」や「集合的記述(collective description)」等についての解説がなされる。また、記述は編成を反映したものであるとした上で、その記述とは利用を促進する「検索支援」を作成することであり、標準に則し「構造化したメタデータ」として作成する必要性を述べた上で、ISAD(G)をアメリカ国内の実務に合わせて策定した記述標準である「Describing Archives: A Content Standard (DACS)[18]」やさまざまなタイプの標準が説明される。(アメリカの事例を取り上げつつも)普遍的かつコアとなる理論体系がわかりやすく述べられ、基本に立ち戻るには優れたものとなっている。

  後半となる第4章以降は、本書が「マニュアル」の名を冠するところがいかんなく発揮される部分である。第4章及び第5章は、第2・3章で解説された原則に基づき、受入れから編成に至る作業が段階ごとに説明され、架空のコレクションを具体例としてMeissnerの本領であるMPLPに基づく所見が展開される。第5章ではDACSの各項目に沿った記述方針が丁寧に紹介されるため、ISAD(G)に基づく記述を行う国を越えたアーキビストが参照できるものだろう。第6章は、写真や視聴覚資料等の非テキスト形式の記録の編成・記述についての章であるが、その大半はデジタル記録の整理に関するもので、受入れから記述にわたる技術的な留意点が、段階を追って解説される。そして最後に、第7章では、近年の編成・記述に関わる新たな理論や考え方が示される。AFシリーズⅠ及びⅡでは第6・7章に該当する章がなく、Meissnerが「記述は急速に変化する実務」[19]と述べるように、当該2章は現在かつ今後の変わりゆく技術革新に合わせ参照とできるよう構成が追加されたものと思われる。

2.アーカイブズの編成・記述、あれこれ
2-1. 記述理論とその実践

  本書は、アメリカの「現在および新たな理論、ベスト・プラクティスについて貴重なガイダンス」を提供[20]していると評されるものである。編成・記述にあたっての「理論」とは、「フォンド尊重(Respect des Fonds)の原則」/「出所保存の原則」と、「原秩序(original order)保存の法則」がその代表的なものである。それぞれの考え方でベン図の円が重なる部分もあるが、ざっくり言えば、アーカイブズ資料は作成主体別に分けて整理し、もともとの順に並べて保存・管理するという考え方である。

  同一の主体が作成したひとまとまりのコレクション[21]は通常(よほど単純かつ分量の少ないものでない限り)、「階層(レベル)」的に編成される。コレクション内の記録は、まず同一の活動から生じたアーカイブズ資料のまとまり別(例えば会計、人事、など)に分割される。これを「シリーズ」という。シリーズに含まれるアーカイブズ資料は、ある業務におけるプロセス別(例えば会計年度、職員名など)に分類される。これを「ファイル」という。最小単位は、それ以上分割できないもの(1枚の請求書、ある個人の履歴書など)で、アイテムと呼ばれる。このように、コレクションに対して階層的な編成を行うこととその考え方までは、洋の東西を越えても比較的受け入れられているのではないか。

  国内の公文書館等で実務にあたる方々の話をうかがっていると、わが国との違いは、「記述」のレベルで起きている印象がある。わが国ではファイルやアイテム・レベルの記述から行われ、詳細な情報を入れていくのに対し、Meissnerが紹介するアメリカやISAD(G)の記述のルールでは、コレクション(記録群)→シリーズ→ファイルの順に、全体像から階層に分割された方向へと記述を進めること、そして各レベルでの記述は、上位のレベルで記載した内容は以下では重複して記載しない、というルールから、階層が下りるほど内容記述は、減少する[22]。そして本書の著者であるMeissnerらが提唱したMPLPでは、編成・記述は、アイテム・レベルまで実施するよほどの正当性・必要性がない限りは、記録群全体(コレクション・レベル)またはシリーズ・レベルまでにとどめるべきとしたことであり、わが国の実践との違いが目に付いてしまうことになる[23]。

  AFシリーズⅢの編者であるPeter J. Woshの前書きによると、本シリーズは「過去15年にわたってアーカイブズ機能を変えた思考と実践の革新」を示すものとする。アメリカの編成・記述における実践を変えた思考と実践とは、間違いなくMeissnerらによるMPLPであったろう。そして、本書がそれに基づき論を展開しているところから、アメリカの大部分のアーキビストにとっての「ベストプラクティス」は、現在もMPLPに基づく実践であるということを示している。

  ただ、本書で説明する原則・実践は紙媒体と電子媒体両方の記録に適用可能としているが、その説明を見る限り、紙媒体等の形ある(physicalと表される)資料の整理手法により重心を置いた説明がなされているように感じる。ひるがえって言うならば、現在のアメリカのアーキビストの多くが扱うアーカイブズ資料は、依然として紙媒体であることの表れともとらえられるのではないか。本書によると、アメリカのアーキビストの3分の2近くが学術図書館で働いているという[24]。それら機関が抱えるバックログ資料が紙媒体などの形ある資料であること、そして多くのアーキビストがそれらと格闘している様子が、本書より想像されるのである。

  MPLPは確かに伝統的な紙媒体を中心とするアーカイブズ資料の編成・記述作業には有効でも、その「紙の世界の考え方」は、デジタルの世界では通用しない[25]との批判も強い。記録の編成・記述がコレクションもしくはシリーズ・レベルでは不十分なことは、デジタル記録の特性や複雑なメタデータ論を持ち出すまでもない。例えば、デジタル化された記録を目録上で公開するためには、ファイル/アイテム・レベルの編成・記述がなければ難しいだろう。

  それでもなお、Meissnerが第1章から5章にわたって解説する物理的な紙の世界をベースにした編成・記述の考え方を学び、身につけることは、デジタル時代にあってもなお重要であることを、Meissnerは述べているようにも思われる。これについては、次項以降でさらに言及したい。

2-2. 編成・記述の意義とアーキビストの役割

  本書の構成はすでに1-3で紹介しているが、編成・記述についての実務にあたっての助言が多く添えられているなかでも、その第1章に、衝撃を覚えた一文があった。それは「利用者の利益にならないコレクションに取り組むことには疑いを持つべきだ」というものである。編成・記述は、利用と密接なつながりを持って検討しなければならないとは、AFシリーズⅠから繰り返し言われていることであり、ISAD(G)も確かに、記述の目的をアクセシビリティ(accessibility、利用のしやすさ)に置いている。記述、すなわち目録や検索手段は、利用者が記録にアクセスするにあたって不可欠のものであり、利用者の利便性に、「どこまで」応えるのかは一つの命題であるのは間違いない。

  ファイル/アイテム・レベルまでの「完璧な」編成・記述によって正確で詳細な情報を利用者に供するのは一つの解であろう。一方で、そうして編成・記述に時間をかけることで整理されないアーカイブズ資料がバックログとなってしまい、利用者がアクセスできないのでは本末転倒だろう。現に利用者は「整理された目録よりもより多くの資料にアクセスしたい」と答えたという調査結果もあったという[26]。MeissnerらによるMPLPは、こうした利用者に対するもう一つの解でもある。かつて、「利用者はリサーチしに来るのだから、事前にリサーチしてあげる必要はない」、とするマニュアルもあった[27]というが、所蔵資料の利用こそがアーカイブズ所蔵機関の存在理由となりつつある現在、その促進の手段として目録を含む検索支援(finding aid)の向上に向けて時代が進んでいるのは間違いない。アメリカのユーザー指向の取組みは2000年代中頃より特に顕著で、複数の機関の目録情報を集約して提供する、いわゆる検索支援アグリゲーション(Finding Aid Aggregation、検索支援集合体)と呼ばれるプラットフォームも数多くあり[28]、これらに加え全国アーカイブズ検索支援ネットワーク構想(National Archival Finding Aid Network)も進められている[29]。とはいえ、記述の目的には、利用にとどまらない様々な側面がある。

  ISAD(G)によれば、アーカイブズ記述の目的は、「アーカイブズ資料の文脈や内容の特徴を見いだし、それを説明すること」[30]であり、それがアクセシビリティを促進するとしている。しかし記述は、編成の過程でアーキビストが見いだした記録群の構造を記録にとどめる作業であり、当該記録群の「正確な表現(representation)」を作成する[31](そのため記述は、「記述的代替物(descriptive surrogates)」などとも呼ばれる)作業なのである。それは、明記こそされていないものの、記述によってアーカイブズ資料の構造と文脈の保存を確保するためではないか。

  記述は、記述されるアーカイブズ資料の「真正性を推定する根拠を確立する」ともされている[32]。それは、記述が、単に資料の構造のみではなく、資料の来歴――誰が作成し、どのような経緯で現在の保管場所にたどり着いたか――も記録にとどめていくからである。記述による真正性の推定は、デジタル保存においてデジタル記録の真正性を証明するための手続きの中に、その要件の一つとして挙げられたこともあった[33]。記録の真正性を保存するアーキビストの役割を実感し、胸を熱くしたものだが――こうしたアーキビストの記述が真正性を担保するという言説は、かつてあった牧歌的時代、と言われる時代が近づいているのかもしれない。

  これは、記述はどこまで「正確な表現」であるべきかと、それにおけるアーキビストの役割にも関わる。社会や制度が複雑化すると、そこで生み出される記録も様々なものになる。ある記録の作成主体が、継続して行われる活動の中で、複数の組織が関わったり、活動中に組織が改変されたりする等のことは今や日常的に起こりうることである。一方でISAD(G)は、同一の作成者による記録群のなかに階層構造をとる編成・記述を行うため、その手の柔軟性には欠けるし、一度記述されたアーカイブズ資料の再編集は、大規模な機関になるほど難しく、硬直したものにならざるを得ない。扱う記録群によっては、球体の地球を2次元の世界に無理やり描く地図のような矛盾が出てくることも否めないのである。こうした矛盾に対する近年の動きを、次項で見てみよう。

2-3. 編成・記述の未来

  本書の第7章では、伝統的な記述の手法に対し、まさに「これまで語ってきたものの足もとが揺るがされるような変化」が紹介される。その最たるものが、ICAによる新しい記述標準、RiCである。1990年代半ばに、「メタデータ」の概念がアーカイブズだけでなくあらゆる「情報資源」の記述に携わる専門職のコミュニティに広がってから[34]、本書でMeissnerが言うとおり、「記述とはデータであり、(中略)アーカイブズ記述は本質的に構造化されたメタデータである」[35]として、情報資源の記述データの操作可能性を促進する動きが高まっている。

かつてISAD(G)という記述標準が最初に策定された数年後、ISAD(G)に基づいてアーキビストが表現する記録群の階層的な記述を「機械可読(machine-readable)」にし、コンピュータやオンライン上でも表現するため、カリフォルニア大学のチームがEAD(Encoded Archival Description)を開発した[36]。RiCは、アーキビストの側が、「機械が実行可能な(machine-actionable)」形で構造化されたメタデータを作成することで、記述において可能な限り「正確に表現」することを追及し、まさに球体の地球を球体のまま表現することを可能にするような標準といえるものである。

  RiCは「アーカイブズ記述に関連するすべての潜在的な関係を表現する」[37]ため、セマンティック・ウェブと呼ばれる、現在広く普及している情報検索技術に対応する形で、記録群や作成者など、記録に関わる様々な構成要素を、その関連性において表現しようとする。セマンティック・ウェブを実現するにあたり、情報資源を記述するための表現形式であるRDF(Resource Description Framework)トリプル[38]に基づき・・・と、こうした説明をしつつ、執筆している筆者も、RiCが何を実現しようとしているかのアイデアこそは理解できても、その背景にある技術的分野にはとても歯が立たないと感じている。

  RiCが記録の「正確な表現」を行うには優れたものであることは述べた。その上で、すでに「そこそこ十分な(good enough)」目録公開システムを持っている機関も、そうでない機関も、今後、RiCに基づく記述がどこまでアクセスを向上させるのか、RiCの採用によりどれほどの作業量が必要になるのかを、見極めていく必要があるだろう。RiCは、人の側がweb技術にあわせてメタデータを作る未来が近づいていることを予感させる。さらに、今でこそ形ある資料は人の手で編成が行われているが、今後アーキビストのもとにやってくる記録がボーンデジタル化するに従い、編成も人の手を離れていくのだろう。そのことがもたらす可能性と同時に、「どこまでがアーキビストの領域なのか」の問いが、これまでとは異なる次元で目前にある。アーキビストはこれまで以上に、機械によって何を表現したいのかを、より明確なビジョンとして持っておく必要がある。そこにこそ、アーカイブズの編成・記述の基本に立ち返るMeissnerの本書の価値があるのかもしれない。

〔注〕
[1] SAA Archives Terminologyの「arrangement」の1と2から編集:https://dictionary.archivists.org/entry/arrangement.html
[2] SAA Archives Terminologyの「description」の1と2から編集:https://dictionary.archivists.org/entry/description.html
[3] Dennis Meissner (2019) “Archives Fundamental Series III: Arranging and Describing Archives and Manuscripts, Society of American Archivists, Chapter 1。
[4] 国際標準アーカイブズ記述 日本語版:https://www.archives.go.jp/about/report/pdf/ISAD(G)2nd.pdf。英語版を含む各国語版は以下より確認できる:https://www.ica.org/resource/isadg-general-international-standard-archival-description-second-edition/
[5] 情報誌『アーカイブズ』91号、長岡智子「2023年国際公文書館会議アブダビ大会参加報告」:https://www.archives.go.jp/publication/archives/no091/14808
[6] ICA webサイト “Release of the First Three Parts of the Records in Contexts Archival Description Standard, version 1.0: RiC-FAD, RiC-CM, and RiC-O”:https://www.ica.org/en/release-of-the-first-three-parts-of-the-records-in-contexts-archival-description-standard-version-10
[7] アメリカのアーカイブズ分野では、1970年代は、図書館情報学や歴史学の大学院にアーカイブズのコースの設置がはじまったこと、またウォーターゲート事件に端を発する連邦記録法が改訂されるなど、大きな変化が起きた(AFシリーズⅢ、前書きより)。
[8] シリーズの構成は①『アーカイブズを理解する』、②『アーカイブズ・手稿を編成・記述する』、③『アーカイブズ・手稿レポジトリを管理する』、④『アーカイブズ・手稿を評価選別する』、⑤『アーカイブズ・手稿を保存する』、⑥『アーカイブズ・手稿のレファレンス・サービスを提供する』、⑦『アーカイブズ・手稿キュレーターとレコード・マネジャーのための用語集』の7巻。シリーズⅡも同じ構成。
[9] SAA webサイト:https://www2.archivists.org/archival-fundamentals-series-III。第1巻~第3巻が2019年、第4巻~第5巻が2020年に刊行されており、第6巻は2024年の刊行予定。なお、シリーズを通して含まれるタイトルは、本書と『アーカイブズと手稿を評価・選別する(Selecting and Appraising Archives and Manuscripts)』と『アーカイブズと手稿のレファレンスとアクセス(Reference and Access for Archives and Manuscripts)』の3冊。
[10] AFシリーズIIの定義より。Kathleen D. Roe (2005) “Archives Fundamentals Series II: Arranging and Describing Archives and Manuscripts” Chapter 1より。
[11] 同上。
[12] Meissner (2019) 前掲注3、Chapter 1。
[13] AFシリーズIの同タイトルの著者はFredric M. Miller (米テンプル大学のアーバン・アーカイブズ・センターのキュレーター)、AFシリーズⅡの同タイトルはKathleen D. Roe(元ニューヨーク州アーカイブズ館長。過去にSAA会長も務める)による。
[14] Mark A. Greene, Dennis Meissner (2005), “More Product, Less Process: Revamping Traditional Archival Processing”, American Archivists vol.68 (Fall/Winter 2005)
[15] GreeneとMeissnerのMPLPでは、編成・記述を上位レベルにとどめるだけでなく、保存にも及んでおり、コントロールされた環境下ではクリップ等が劣化する恐れはほとんどなく、よってこうした留め具の除去やフォルダ等の保存容器への入替えなども保存状態により必要な場合のみでよいとした。
[16] MPLPの過去15年の影響については、Lise Jaillant (2022) “More Data, Less Process: A User-Centered Approach to Email and Born-Digital Archives”, American Archivists vol.85:2 (Fall/Winter 2022)に詳しい。また、Rachel Anchor (2013)による “‘More product, less process’: method, madness or practice?” (Archives and Records vol.34 Issue2) のように、イギリスにおけるアーカイブズの実践からMPLPを検証するものもある。
[17] 第1章:編成と記述のコンテクストと重要性(The Context and Significance of Arrangement and Description)、第2章:アーカイブズ編成の原則(Principles of Archival Arrangement)、第3章:アーカイブズ記述の原則(Principles of Archival Description)、第4章:実際の整理作業と編成(Physical Processing and Arrangement)、第5章:資料を記述する(Describing the Materials)、第6章:非テキスト形式の資料を編成・記述する(Arranging and describing Nontextual Formats)、第7章:新たな動向と理論的シフト(Emerging Trends and Theoretical Shifts)。
[18] DACS: https://saa-ts-dacs.github.io/
[19] Meissner (2019) 前掲注3、Conclusion.
[20] 2005年刊行のAFシリーズⅡで同タイトルを著したKathleen Doeは「現在および新たな理論、ベストプラクティス、標準について貴重なガイダンスを提供し(中略)アーキビストにとって必携」とし(https://www2.archivists.org/archival-fundamentals-series-III)、ミネソタ大学チャールズ・バベッジ研究所のアーキビスト、Amanda Wickは「すぐに役立つであろうアーカイブズでの実践の重要な領域について明確かつよく構成された内容を持つ」と評される(もっとも、Wickの本書に対する評は内容が「少し時代遅れ」というものだが):Amanda Wick (2020) “Book Review: Arranging and Describing Archives and Manuscripts”, The American Archivist vol.83, No.1 (Spring/Summer 2020)
[21] 記録群、フォンド、レコード・グループなど、国や資料の種類手によって呼ばれ方は様々である。
[22] Meissner(2019) 前掲注3、Chapter 3、またISAD(G)、前掲注4、「マルチレベル記述規則」など。
[23] 本書では、シリーズまたはファイル・レベルまでとしている(Meissner、Chapter 4 “Physical Processing and Arrangement”)。
[24] Meissner “Arranging and Describing Archives and Manuscripts” p.50 (Chap.3). 一方で、日本の場合、国立公文書館による認証アーキビストの分布をみると、6割が国や自治体の文書館や行政機関に在籍する。「認証アーキビスト名簿」(令和6年1月1日現在)より:https://www.archives.go.jp/ninsho/download/JCA_list_20240101.pdf
[25] Yeo, Geoffrey (2013) “Archival description in the era of digital abundance”, Comma Volume 2013, Number 2など。
[26] 前掲注9、Mark A. Greene, Dennis Meissner (2005)。
[27] 前掲注9、Mark A. Greene, Dennis Meissner (2005) によると、St. Johnsbury Athenaeum Archivesによる「Archives Processing Manual」等のガイドであり、「大規模なコレクションには検索支援が必要な場合があるが、作成にあたっては、手間をかけるよりも、シンプルであるほどよい」という文脈で述べられるもの。
[28] 代表的なものに、Online Archive of California (https://oac.cdlib.org/), Archives West (https://archiveswest.orbiscascade.org/), Digital Public Library of America: DPLA (https://dp.la/), Social Networks and Archival Context(SNAC、https://snaccooperative.org/)など。これらのアグリゲーションは、自前で所蔵資料の検索システムを構築できない機関が所蔵資料情報を公開することに貢献するものである。Jodi Allison-Bunnell (2022)” Finding Aid Aggregation: Toward a Robust Future” American Archivist vol.85:2 (Fall/Winter)
[29] 元ナミ「アーカイブズ統合検索ネットワーク(NAFAN)構築の取組」(「カレントアウェアネス-E No.468」2023.11.16):https://current.ndl.go.jp/e2645
[30] ISAD(G)「はじめに」1.2より。原文は「The purpose of archival description is to identify and explain the context and content of archival material in order to promote its accessibility.」
[31] ISAD(G)2nd 0.1 一般原則に対する用語「アーカイブズ記述 Archival description」より:https://www.archives.go.jp/about/report/pdf/ISAD(G)2nd.pdf
[32] カナダ・アーキビスト協会による国内アーカイブズ記述標準「Rules for Archival Description(RAD)」の‘Purpose of archival description’(p.23)参照: https://archivescanada.ca/wp-content/uploads/2022/08/RADComplete_July2008.pdf。なお、ISAD(G)の記述構造が記録の真正性の確保に寄与しているかどうかを論じたカナダのHeather MacNeilの興味深い論稿がある:Heather MacNeil (2009) “Trusting Description: Authenticity,Accountability, and Archival Description Standards” (Journal of Archival Organization vol.7)
[33] InterPares 1プロジェクト(1999-2001)の成果である“The Long-term Preservation of Authentic Electronic Records: Findings of the InterPARES Project”のAppendix 2:Requirements for Assessing and Maintaining the Authenticity of Electronic Records、「B.2 Documentation of Reproduction Process and its Effects」:http://www.interpares.org/book/interpares_book_k_app02.pdf
[34] Anne J. Gilliland (2014) “Conceptualizing 21st-Century Archives”, ’Chapter 5: Archival Description and Descriptive Metadata in a Networked World’, Society of American Archivists
[35] Meissner(2019) 前掲注3, Chapter 1
[36] 最初のEADがリリースされたのは1998年で、その翌年にISAD(G)第2版がリリースされたことになる。現在EADは第3版となっている:https://www.loc.gov/ead/
[37] Meissner(2019) 前掲注3, Chapter 7
[38] 記述要素を主語(リソース)+述語(プロパティ)+目的語(オブジェクト:プロパティの値)の三者関係によって表現するもの。