国立公文書館における令和6年度学習コンテンツの制作について

国立公文書館 統括公文書専門官室[1]
上席公文書専門官 永江由紀子
公文書専門官 平野はな子

1.はじめに
  国立公文書館(以下「当館」という。)では、令和7年1月に「国立公文書館 学習コンテンツ」[2]を当館ホームページにて公開した。これは、当館が所蔵する特定歴史公文書等を用いた動画・クイズ・資料集で構成されているコンテンツである。
  「令和6年度 独立行政法人国立公文書館年度目標」(以下「年度目標」という。)においては、「新たな国立公文書館における展示・学習機能を充実させるため、新館を見据えた展示会や学習コンテンツ製作を行うこと。」[3]と定められている。令和6年度に統括公文書専門官室に新設された学習支援担当では、我が国の歴史等に関する学びの支援を行うため、当館所蔵の明治時代以降の特定歴史公文書等を中心[4]に、中等教育の歴史的分野、歴史総合、日本史探究等の科目を想定したコンテンツを制作した。コンテンツのテーマの選定にあたっては、東京本館の常設展示室で展示している「日本のあゆみ」[5]の項目から選択した。
  令和6年度は、以下の【表1】のとおり、「男子普通選挙」「女性参政権」のテーマで動画・クイズ・資料集全てのコンテンツを制作し、「近代化の起点-新橋横浜間鉄道開業」「学制~小学校令」「教育基本法」の3つのテーマは、資料集コンテンツを制作した。
  また、年度目標では「各種見学の受入れ等利用者層の拡大に向けた取組を行うとともに、児童・生徒等には公文書等に触れる機会を通じて、我が国の歴史に親しみ学べる場を提供すること。」としていることから、本稿では、制作した動画・クイズ・資料集コンテンツの詳細を紹介するほか、公開した学習コンテンツの活用事例についても報告をする。

【表1】令和6年度学習コンテンツ制作テーマ及び点数

  テーマ   動画   クイズ   資料集
  男子普通選挙   1点(本編・短編)   1点   1点
  女性参政権   1点(本編・短編)   1点   1点
  近代化の起点-新橋横浜間鉄道開業   ―   ―   1点
  学制~小学校令   ―   ―   1点
  教育基本法   ―   ―   1点
  合計   2点   2点   5点

※表中の「〇」は令和6年度制作のテーマ、「―」は未制作のテーマ

  

学習コンテンツのトップページ

2.動画コンテンツ・クイズコンテンツ
  動画コンテンツとクイズコンテンツは、主に中学生・高校生を対象[6]としており、キャラクターの「ふみ」[7]と「ブンブン」[8]による対話形式による解説を通して、教科書で扱う歴史的な出来事を楽しく学ぶことができるようにしたコンテンツである。両コンテンツは、学校現場での利用を考慮し、現役教員(以下「教育アドバイザー」という。)から助言[9]をいただいた。こうした教育アドバイザーからの助言を内容に反映させることで、より活用しやすいコンテンツを目指した。
  令和6年度は、「男子普通選挙」と「女性参政権」の2つをテーマとし、各テーマについて動画コンテンツとクイズコンテンツをそれぞれ制作した。テーマの選定にあたっては、令和7年が、普通選挙法[10]が公布されてから100年であるとともに、女性参政権[11]が認められてから80年となる節目の年であることを考慮した。
  このため、動画コンテンツにおいては、1925年の男子普通選挙法と、1945年の女性参政権確立を中心に、戦前から選挙権が拡大するあゆみを紹介する流れとなるように構成した。各動画コンテンツには、本編と短編があり、本編が7~8分程度であるのに対し、短編は本編の一部を抜粋した3~4分程度としたことから、比較的、授業内でも取り入れやすい動画となっている。また、男子普通選挙の短編動画では、当館所蔵資料の魅力をコンパクトに伝えるものとし、閣議書に記された大臣の花押や、法律の公布原本である「御署名原本」を取り入れた。女性参政権の短編動画では、大正12年(1923)に衆議院議員選挙法調査会がまとめた資料から、女性の政治参加に対する当時の賛成、反対意見を取り上げている。
  今回、学習支援担当では、制作した動画を、ホームページに公開するとともに、東京本館で開催した企画展とコラボレーションを行った。令和7年1月18日(土)から2月24日(月)の間、令和6年度第3回企画展「「普選」と「婦選」-選挙権の拡大とその歴史-」[12]を東京本館で開催したが、その際、男子普通選挙と女性参政権の2つの本編動画を、1階大型モニターに放映する新たな試みを行い、企画展への理解を深めるとともに、学習コンテンツの普及に努めることで、相互効果を図った。
  クイズコンテンツについては、動画コンテンツに関連する当館所蔵資料を含む内容とした。クイズには資料の原本を読むことで回答することができ、回答結果が○✕で表示される。さらに回答結果の後、正解、不正解にかかわらず解説に画面が遷移するため、学習を深めることができる。クイズコンテンツの制作にあたっては、生徒が動画視聴後にクイズに挑戦することを想定し、動画コンテンツと相互に関連した出題内容とするよう努めた。また、教育アドバイザーからの助言をもとに、クイズの内容について、用語の名称を問う問題、用語の解説を文章で問う問題、資料原文を読み込むことによって正解にたどりつける問題など、様々なバリエーションを含むよう工夫した。出題例については、以下【表2】のとおり。


【表2】クイズコンテンツの出題例

  ◆用語の名称を問う
  これは、明治33年(1900)に公布されたある法律です。この法律の第5条には、女性の政治結社、政談集会への参加を禁じる事項が定められています。この法律は次のうちどれでしょう?
  1. 集会条例
  2. 治安警察法
  3. 治安維持法
  4. 破壊活動防止法

「女性参政権」第1問

  ◆用語の解説を文章で問う
  これは、大正14年(1925)の普通選挙法成立と同じ年に公布された治安維持法です。この法律の説明として、適切なものはどれでしょうか。
  1. 藩閥政府が批判を封じ込めるために、政治結社・集会を届出制にした
  2. 自由民権運動家を都心から追放した
  3. 社会主義者など、天皇制と資本主義体制を否認する者を取り締まった
  4. 反政府的な言論を封じるために、新聞や雑誌を取り締まった

「男子普通選挙」第3問

  ◆資料原文を読み込むことによって正解にたどりつける
  これは、普通選挙法成立の前年にあたる大正13年(1924)に作成された、海外での選挙人資格を調査した資料です。下記の資料より読み解ける情報について、当てはまらないものはどれでしょうか?
  1. ここに記載されている国の半分以上は女性も選挙権を持っている
  2. イギリスでは21歳以上の男女に選挙権が与えられている
  3. 選挙人の年齢を成年年齢と同じかそれ以下としている国が多い
  4. 当時の日本よりも選挙人の年齢が低い国が多い

「男子普通選挙」第4問

  

3.資料集コンテンツ
  資料集コンテンツは、主に中学校・高等学校の教員を対象とし、授業用の補助用教材として役立てていただくことを想定している。前掲【表1】の通り、令和6年度は5テーマについて制作[13]した。このうち、本稿では「女性参政権」[14]を例にとり、資料集コンテンツの具体的な内容を紹介する。
  まず、各テーマのサムネイルをクリックすると、当該テーマのトップページに遷移する。トップページは、テーマ解説、テーマに基づく5点程度の資料へのリンク、テーマにまつわる「問い」から構成されている。資料集コンテンツの主な対象者として、中学校・高等学校の教員を想定しているため、こうした「問い」の提案を盛り込んだことが特徴である。
  次に、個別の資料紹介ページについて紹介する。「女性参政権」では、テーマに基づいて、以下6点の当館資料をとりあげた。それぞれの資料から読み取っていただきたい内容を簡単にまとめた「関係資料で学べること」とともに、列挙する。
  
(1)治安警察法・御署名原本
    ・当時の女性が政治参加を制限されていた状況を理解する。
(2)治安警察法第五条中改正ノ請願ノ件
    ・当時の女性による政治参加を求める運動を学ぶ。
    ・女性の政治参加に対する政府の姿勢を理解する。
(3)地方自治制改正ノ請願ノ件
    ・当時の女性による政治参加を求める運動を学ぶ。
    ・女性の政治参加に対する政府の姿勢を理解する。
(4)女子政社並政談集会参加制限撤廃運動 一冊
    ・女性の政社・政談集会参加についての賛成論、反対論を理解する。
    ・女性の政社・政談集会参加が解禁された後の状況について、考える。
(5)衆議院議員選挙法中改正法律案帝国議会ヘ提出ノ件外一件
    ・戦後、「婦人参政権」を認めるにあたっての、政府内でなされた議論を学ぶ。
    ・戦前と戦後における婦人の政治参加についての考え方の変化とその理由を考える。
(6)婦人参政権ニ対スル各層ノ意嚮聴取ニ関スル件(第一報)
    ・婦人参政権に対する世論がどのようなものだったか、それぞれの意見や理由を考える。
  
  ここでは「(2)治安警察法第五条中改正ノ請願ノ件」[15]を例にあげ、個別の資料紹介ページの特徴を説明する。個別ページには、解説タブと書下しタブが存在し、両者を切り替えて閲覧できる。
  解説タブには、資料名、解説、画像、問いの提案、資料情報が掲載されている。前述の通り、教員を対象とした資料集コンテンツでは、各テーマにまつわる「問い」の提案を行っているが、個別資料についてもこうした「問い」[16]を設けた。より発展的な内容については「さらなる探究のために」という見出しを付した。資料情報として、生徒や教員が当館デジタルアーカイブにアクセスするための利便性を図るとともに、当該資料が含まれる資料群についても理解を深めていただけるよう工夫した。
  書下しタブでは、解説タブでとりあげた資料画像の書下し文を掲載した。資料画像との比較のしやすさ、紙媒体での出力のしやすさ等を鑑み、書下しはHTML表示とともに、PDF版を掲載するなど、ユーザーの使い勝手にも配慮した。

資料集コンテンツ「女性参政権」


  

4.市川学園市川中学校における出前授業でのコンテンツ活用
  令和7年2月21日(金)に、学校法人市川学園市川中学校(以下「市川中学校」という。)において、2年生を対象とし、本コンテンツを活用した出前授業を実施した。市川中学校では、学校の社会科(歴史的分野)の授業において「大正デモクラシー」を学習した直後であったことから、出前授業では男子普通選挙を扱うとともに、あわせて女性参政権に関する資料も紹介した。授業テーマは「資料を通じて歴史を読み解く ~選挙権の拡大~」と題し、その構成は、以下のとおり。
  
    1.国立公文書館とは?
    2.男子普通選挙に関する資料を読む
    3.女性の政治参加を求める動きを学ぶ
    4.授業のまとめ
  
  出前授業では、「2.男子普通選挙に関する資料を読む」及び「3.女性の政治参加を求める動きを学ぶ」のコーナーで、学習コンテンツでとりあげた資料について、資料集コンテンツや当館デジタルアーカイブ等を活用しながら紹介した。
  教科書で学ぶ事柄が、実際の資料ではどのように記載されているのか、生徒が読み解けるよう配慮しながら、授業用の教材を作成した。例えば、衆議院議員選挙法とその改正において、ポイントとなる条文に目印を付けるなどした。明治22年(1889)の選挙人資格では「日本臣民ノ男子ニシテ年齢満二十五歳以上ノ者」「直接国税十五円以上ヲ納メ」と記載されていた部分が、大正14年(1925)の改正で「帝国臣民タル男子ニシテ年齢二十五年以上ノ者ハ選挙権ヲ有ス」となり、これをもって男子普通選挙が成立したことを具体的に示した。
  女性の政治参加を求める動きとして、明治33年(1900)の治安警察法で、女性の政治団体への加入、政治集会の開催や参加が禁止されたことを確認した後、「女子政社並政談集会参加制限撤廃運動 一冊」[17]に掲載された、女性の政治参加に対する賛成、反対意見を、個人ワークとして生徒に読み解いてもらった。本資料は、活字で印刷されているものの、カタカナ交じりで旧字を含み、現在の日常生活で用いる文章とは異なるものであったが、生徒たちが果敢に資料の読解に挑戦している姿が印象的であった。個人ワークに続いて、グループワークで議論を深めた。特に、女性の政治参加に対する反対意見について、生徒による発表を通じて、活発に議論が交わされた[18]。。
  最後に、男子普通選挙と女性参政権のクイズに生徒が挑戦することで授業内容を振り返り、さらなる理解を深める時間とすることができた。また、市川中学校の出前授業後には、授業を受けた生徒を対象に当館の見学を令和7年3月27日(木)に実施しており、その中で、動画コンテンツと出前授業で取り扱った当館所蔵資料の原本の閲覧体験を行うなど、コンテンツの活用に幅を広げることにも繋がった。

5.おわりに
  本稿では、令和6年度に当館が新たに制作・公開した、動画・クイズ・資料集から構成される学習コンテンツについて、その内容と活用事例[19]を紹介した。令和11年度末を目標とする新館開館に向けて、若年層に対する学習機能充実の観点から、今後、取り扱うテーマを拡充する計画である。あわせて、より教育現場にとって使いやすいコンテンツとするべく、教育アドバイザー等からの助言をいただきながら、内容面でのさらなる改善[20]も検討していきたい。
  高等学校学習指導要領(平成30年3月告示)の地理歴史 歴史総合・日本史探究では、「年表や地図、その他の資料を積極的に活用し、地域の文化遺産、博物館や公文書館、その他の資料館などを調査・見学したりするなど、具体的に学ぶよう指導を工夫すること。」[21]と記載されている。本コンテンツが、教育現場において、公文書館が所蔵する資料を積極的に活用し、生徒の具体的な学びにつながる一助となることを期待している。
  
謝辞
  今回のコンテンツ制作にあたり、教育アドバイザー、監修者の先生方から多くのご助言をいただきました。また、出前授業に際し、市川中学校の先生方から、授業内容や学習コンテンツの改善点に関する貴重なご意見をいただきました。あわせて、出前授業・館内見学にご参加いただいた生徒の皆様は、議論や発表、閲覧体験に積極的に関わってくださいました。ご関係の皆様に、心よりお礼申し上げます。
  
  
[注]
[1]所属名・役職名は、令和7年3月末時点のもの。
[2]https://www.archives.go.jp/learning/
(アクセス日:令和7年4月17日。以下、本稿注に記載するURLのアクセス日は同じ。)
[3]https://www.archives.go.jp/information/pdf/nendomokuhyou_r6.pdf
なお年度目標では、「製作」の文字を使用しているが、本稿では「制作」で統一する。
[4]動画コンテンツでは、他機関の資料画像を適切な利用手続きを行い、画像を取り入れた。
[5] https://www.archives.go.jp/exhibition/permanent_exhibition/
新館開館に向けて、令和6~10年度の5か年計画で、「日本のあゆみ」24テーマの学習コンテンツを完成させることを目指している。
[6]主に中学生・高校生向けのコンテンツであるものの、国立公文書館ニュースVol.41の特集にある「学習コンテンツの活用に向けて期待を込めたメッセージ」では、「「男子普通選挙」「女性参政権」の動画は双方、大変分かりやすく史料について説明しているので、小学校高学年レベルでも十分理解出来る」との意見があった。
https://www.archives.go.jp/naj_news/41/special.html
[7]ふみのキャラクターは、「歴史が大好き。興味深い資料を前にすると、つい熱く語ってしまう。」と設定した。
[8]ブンブンのキャラクターは、「歴史を学習中のAIロボ。基本的な知識はあるが、歴史の背景には詳しくない。」と設定した。
[9]教育アドバイザーからは、主に授業におけるコンテンツの使いやすさ(一例として、動画の適切な長さ)や、中高生に対する動画及びクイズのレベル感などに関する助言をいただいた。なお教育アドバイザーの選定にあたっては、業務委託を行う際の仕様書に、「アドバイザーとして、教育現場において、中学校社会科又は高等学校地理歴史科の指導経験が 5 年以上ある現役の教員を 3 名以上推薦すること。」と定めた。
[10]大正14年に満25歳以上の男子に選挙権が与えられた改正衆議院議員選挙法を指す。
[11]昭和20年の普通選挙法の改正で認められた婦人参政権を指す。
[12]https://www.archives.go.jp/exhibition/pdf/202501.pdf
[13]令和6年度における資料集コンテンツの制作にあたり、各テーマの有識者による監修を受け、内容や書下しの確認を依頼した。資料集コンテンツは中学校・高等学校の教員を対象としているため、教育アドバイザーからも助言を求めることを今後の課題としたい。
[14] https://www.archives.go.jp/learning/archive_collection_2/
[15] https://www.archives.go.jp/learning/archive_collection_2/collection_2/
[16] 「問い」のひとつに、本資料(請願)の代表者である平塚らいてう(資料には「平塚明」と記載)について調べることを促すものがある。クイズコンテンツでも同様の出題を行っており、動画・クイズ・資料集の相互関連を示す一事例である。
[17]「枢密院会議筆記」(枢D00534100、件名012)所収。本資料は、大正12年(1923)に衆議院議員選挙法調査会がまとめたもの。
[18]生徒のアンケートへの回答からは、「以前の選挙では女性に対しての偏見がすごいと思った。それを思うと、今はこんなに自由なのかと思った。」「女性の参政権に反対する意見を読みながら、当時は現代社会にはない前提があって、自分が生きているこの社会ができたのは、「疑問」を持つ人がいたからであることに気付いた。」といった声が寄せられた。
[19]本稿でとりあげた市川中学校における出前授業で活用したほか、令和7年3月21日に開催した、小学校・中学校・高等学校教員を対象とした館主催見学ツアーにおいても、学習コンテンツの紹介を行った。
[20]今後のコンテンツ制作に向けて、他機関所蔵資料を用いて内容充実をはかる観点から、令和6年度は、外務省外交史料館、日本銀行金融研究所アーカイブ、神奈川県立公文書館、福井県文書館、沖縄県公文書館のご協力を得て、各機関が所蔵する資料について訪問調査等を実施し、画像使用にあたっての注意点等を確認した。
[21] https://www.mext.go.jp/content/20230120-mxt_kyoiku02-100002604_03.pdf