国際オンラインセミナー「紙媒体のアーカイブズ資料の保存修復」について

国立公文書館 統括公文書専門官室
公文書専門官 長岡 智子

はじめに
  国立公文書館(以下「当館」という。)は、令和7年(2025)1月31日に、国際オンラインセミナー(以下「本セミナー」という。)を開催した。本稿で、その概要を報告する。
  
1. 本セミナーの目的とプログラム
  本セミナーは、諸外国の公文書館等との連携を促進し、アーカイブズ機関における実務者の能力向上に資することを目的に、当館の新たな取組として企画したものである。令和6年度の本セミナーは、「紙媒体のアーカイブズ資料の保存修復」をテーマとして開催した。本セミナーは以下の二つのセッションで構成した。
    (1)高温多湿の自然環境下におけるアーカイブズ資料の保存管理
    (2)アーカイブズ資料の水損被害への対応と復旧
  ベトナム、インドネシア、フィジー及びマレーシアの各国立公文書館、並びに国際公文書館会議太平洋地域支部(以下「PARBICA」という。)から報告者を迎えることができた。また、日本からは、学習院大学非常勤講師の青木睦氏と当館の浅場沙帆業務課修復係長がコメンテーターとして参加した。プログラムの詳細は、以下を参照されたい。
  
国際オンラインセミナー「紙媒体のアーカイブズ資料の保存修復」プログラム

  時間   プログラム
  11:30-11:40   開会挨拶:山谷英之(当館理事(当時))
  趣旨説明:寺澤正直(当館上席公文書専門官)
  11:40-13:20   セッション1 高温多湿の自然環境下におけるアーカイブズ資料の保存管理
  課題報告:
  Tran Viet Hoa(ベトナム国家記録アーカイブズ局 国立第3アーカイブズ・センター長)
  「国立第3アーカイブズ・センター(NAC3)における紙記録の保存業務」
  Wiwi Diana Sari(インドネシア国立公文書館保存部長)
  「インドネシア共和国国立公文書館におけるアーカイブズ保存について」
  Timoci Balenaivalu(フィジー国立公文書館プリンシパル・アーキビスト、PARBICA議長)
  「保存と修復を通じた記録の長期保存の実現―フィジーの経験から―」
  13:20-13:30    休憩
  13:30-14:00   セッション2 アーカイブズ資料の水損被害への対応と復旧
  事例報告:
  Qahera binti Alian(マレーシア国立公文書館 助言・研修課アーキビスト)
  「水害を受けた記録資料の対応と復旧」
  Brandon Oswald(島嶼文化アーカイブサポート常任理事、PARBICAメンバー)
  「『PARBICA 善き統治のためのレコードキーピング・ツールキット』の検証―災害対策計画の策定―」
  14:00-14:25   全体を通じての質疑応答、意見交換
  14:25-14:30   閉会挨拶:中島康比古(当館統括公文書専門官)

  

  なお、本セミナーはZoomウェビナーを用い、完全オンライン形式で開催した[1]。主な使用言語は英語とし、日本語の同時通訳を入れ、当日の参加者は、国内外の広範な地域から、176人となった。

2.各報告の概要
2.1 ベトナム国家記録アーカイブズ局国立第3アーカイブズ・センター
  ベトナム国家記録アーカイブズ局のTran Viet Hoa氏から、国立第3アーカイブズ・センター(以下「NAC3」という。)の保存業務について、報告がなされた。Hoa氏はNAC3のセンター長を務めている。また、ベトナムの国立アーカイブズ・センターは全4館体制で、NAC3はその中の一つにあたる[2]。
  Hoa氏から、NAC3の所蔵資料はベトナム戦争中の1964-73年にハノイから北部に疎開し、湿度100%の洞窟で保管されていたため、著しく劣化が進んだこと、1973年にハノイに戻ってからも設備が不十分で、近代的な書庫での保管は2000年以降に開始したこと、2020年に新施設が加わり現在は2つの保存施設で資料を管理していること等についての報告があった。また、今後の課題として、大量の劣化資料を管理する上で、国内に十分な研修プログラムがなく、技術向上のための職員の訓練が必要であるとし、今後とも諸外国の経験から学びたいという展望が示された。
  本報告への意見交換[3]では、NAC3の保存担当の職員数について質問があり、全87人の職員のうち、保存担当が24人であること、またそれらの職員の多くは大学等でアーカイブズ学の学位をとっているが、ベトナム国内で保存に特化した専門的訓練を受ける機会がない等との応答があった。
  
2.2 インドネシア共和国国立公文書館
  インドネシア共和国国立公文書館(以下「ANRI[4] 」という。)のWiwi Diana Sari氏から、ANRIの概要と保存修復業務の全体像について報告がなされた。Wiwi氏はANRIで保存部長を務めている。
  Wiwi氏から、ANRIで実施している保存活動の具体的内容について、①書庫管理、②資料の取扱い、③総合的有害生物防除管理(IPM)、④資料へのアクセス管理、⑤複製およびデジタル化、⑥災害対策の6項目にわたり、報告があった。例えば、②では展示に使用する際の資料の取扱い規則(例えば、光と温湿度管理、原本展示は1か月以内、ケースの施錠や警備員の配置等の保安管理等に関する規則)、③でIPMの詳細な手順、⑤ではデジタル化による複製業務にバックアップ用、閲覧用、利用者用複写の3種類があること等の報告がなされた。
  本報告への意見交換では、デジタル化のプロセスについて質問があり、ANRIでは必要に応じてデジタル化の前に修復を行うこと、資料の媒体によって異なる機材を使ってデジタル化すること、デジタル化したデータは専用ストレージへ保管し、同時にバックアップを作成すること、原本は廃棄せず保存すること等が回答として示された。また、ANRIで使用しているくん蒸の薬剤について質問があり、現在はフッ化スルフリル(sulfuryl fluoride)を使っているとの回答があった。
  
2.3 フィジー国立公文書館
  フィジー国立公文書館(以下「NAF」という。)[5]のTimoci Balenaivalu氏から、同館における保存修復部門の業務と災害復旧活動の取組について報告がなされた。Balenaivalu氏はNAFのプリンシパル・アーキビスト[6]で、現在PARBICAの議長を務めている。
  Balenaivalu氏から、NAFの総職員数は23人、保存修復部門には3人の専門家が在籍していること、NAFでは書架延長約6kmの所蔵資料を3つの書庫で管理しており、保存修復部門は書庫の大気環境のモニタリング、資料の状態確認、長期保存のための措置、複製物の作成、劣化資料の修復等を担当していること、熱帯性気候で高温多雨のため特に湿度管理に努めているが、折々カビ被害が発生すること、劣化資料の修復作業には和紙を用いた繕いや裏打ちの手法も用いていること等が報告された。また、保存修復部門は災害対策も担当しており、2019年に後出のPARBICAの支援(「2.5.」を参照)で災害復旧計画をまとめ、それに基づき必要な物資の整備が進んだことについても報告がなされた。さらに、専門技術の習得については、実務を通じた現場での指導訓練を中心としつつ、日本を含む国外の研修会のような機会も利用していること、太平洋地域のバヌアツとツバルから研修生の受入れも行っていることが報告された。
  本報告への意見交換では、災害計画が公表されているかという質問があり、今後ウェブサイト等で公表して機関相互に共有・参照できるようにしたいと回答があった。
  
2.4 マレーシア国立公文書館
  マレーシア国立公文書館(以下「ANM[7]」という)のQahera binti Alian氏から、洪水被害を受けた資料の救援活動について報告があった[8]。Qahera氏はANMの助言・研修課のアーキビストである。
  Qahera氏から、2021年12月に首都クアラルンプール等で発生した大規模洪水により被災した公文書[9]に対するANMの記録資料災害対策チーム(以下「RDAT」という。)の活動についての報告がなされた。具体的には、初期モニタリング作業として被災現場の状況調査、対応策のアセスメント、レスキュー作業として現地作業者への指導、復旧不可能な記録の評価選別の支援を行ったことが報告された。なお、RDATには約70名のANM職員が参加し、発災から12日後に初期モニタリング作業を開始、その6日後にはフォローアップのフェーズに入っていたとのことである。また、この時の経験を生かした啓発活動として、メディアを通じた普及活動に加え、アーカイブズ機関向け能力開発プログラムの提供、公文書の災害対策と国の防災計画の統合等を進めていることにも触れられた。
  
2.5 PARBICA
  PARBICAのBrandon Oswald氏から、「善き統治のためのレコードキーピング・ツールキット(以下「ツールキット」という。)」の災害対応に関するガイドラインについて報告がなされた。Oswald氏は非営利団体「島嶼文化アーカイブサポート」の常任理事を務めており、PARBICAの会員でもある。
  Oswald氏から、ツールキットはPARBICAに加盟する国・地域[10]における記録とアーカイブズ管理の基盤を向上するため、及び政府のガバナンス支援につなげるために策定されたことが報告された。ツールキットはテーマ別の25のガイドラインで構成され、このうちガイドライン20~22[11]の3つが災害対応に関するもので、それぞれ防災計画・対応計画・復旧計画の立て方を示しているとの説明があった。そして、これまでに、これらのガイドラインを用いて実際に計画を策定するところまで視野に収めたワークショップが、フィジー、キリバス、サモアで開催されたことが報告された。また、2019年の公表から5年が経過し、各ガイドラインの更新が検討課題となっている中、今後盛り込むべき論点として、災害保険の活用、予算面の計画、伝統的な知識や実践の活用方法、デジタル技術の進歩に即した内容更新等を想定していることが述べられた。
  
2.6 質疑応答、意見交換
  2.4のANMと2.5のPARBICAの報告を受けて、コメンテーターの青木氏から、レスキュー時の効率的な乾燥方法として、資料を縦置きにして扇風機等の風の通りをよくする手法が紹介された。また、当館の被災公文書等救援チームの仕組みと活動について、浅場係長から情報提供がなされた。
  質疑応答では、PARBICA域外でのツールキットの活用例があるかとの質問に対し、カリブ海地域や東南アジアで用いられているとの回答があった。また、ANMのフォローアップ作業の内容に関する質問があり、フォローアップ作業として、被災資料の復旧だけでなく、最終処分も適切に行われるよう現地への追加指導等を行っているとの回答があった。さらに、当館の救援チームのスキームにおけるボランティア組織について質問があり、各地域の資料ネットワーク等を介して募集が行われた日本国内の事例について回答がなされた。
  本セミナーの最後に、コメンテーターの青木氏から、アーカイブズの保存活動は全体的な保存計画(Preservation Plan)を立て、その中に個別業務を位置付けていく必要があること、本セミナーでは、この観点から、それぞれの国・地域における保存計画の全体像を具体的に知ることができたのが収穫だったこと、また、そのような視点に立った専門家育成が必要で、今回、各国の専門家育成方法に関する報告がなされたことも参考になったとのコメントがあった。
  
おわりに
  今回、当館の新たな取組として本セミナーを開催するにあたり、多くの方のお世話になった。中でも5人の報告者とその所属先機関の関係者、コメンテーターの青木氏に、この場を借りて御礼申し上げたい。
  セミナー終了後に、参加者の接続元を確認したところ、日本国内を含め、アジア太平洋地域を中心とした非常に広範な地域に渡っていたことが見てとれた。冒頭に述べたとおり、本セミナーは、国や地域を越えて、アーカイブズ機関における実務者の能力向上に資することを目的として企画した。今後とも、本セミナーのような場を通じて、専門を同じくする実務者同士が知識や課題を共有することで、個々の能力向上に加え、課題解決に向けた協力関係の構築に繋がっていくことを期待したい。

上段:浅場沙帆係長、Qahera binti Alian氏、Brandon Oswald氏
中段:青木睦氏、Timoci Balenaivalu氏、Wiwi Diana Sari氏
下段:Tran Viet Hoa氏


  
  

[注]
[1]報告者は、それぞれ、各国・地域からオンラインで報告を行った。
[2]NAC3はハノイに位置し、1995年に開館。所蔵資料は書架延長13kmで、1945年以降に作成された記録で構成され、95%が紙資料である。国宝指定の資料や、ベトナム戦争に従軍した兵士約72,000人分の記録と遺品等が含まれる。
[3]意見交換等は、司会・報告者・コメンテーターの間で行われた。
[4]インドネシア語の正式名称「Arsip Nasional Republik Indonesia」の略。
[5]NAFは1954年に「フィジー及び西太平洋高等弁務官中央公文書館」の名称でイギリスの旧植民地事務局の支局として設立され、フィジー政府とその他の西太平洋領土の記録の共同保管施設として機能した。1970年の独立を機に「フィジー国立公文書館」と改称し、以降はフィジーの記録のみ管理している。アーカイブズ資料の保存管理・利用提供に加え、省庁への記録管理に関する助言も行っている。また、国立図書館として国内出版物の納本受入れも行っている。
[6]フィジー国立公文書館の「プリンシパル・アーキビスト」は同館第2位の職位で、現在、同館は館長が不在のため、Balenaivalu氏が館の運営に係る管理責任を負っている。
[7]マレー語の正式名称「Arkib Negara Malaysia」の略。
[8]マレーシア国立公文書館は、当館が企画・実施に協力したユネスコ日本信託基金(JFIT)事業「サブリージョナル研修―保存修復の応用技術 “紙の記録遺産への水損被害:対応と復旧”」(2022年12月開催)で同内容の報告を行っており、より広い範囲に向けて有用参考事例として共有すべく、本セミナーでの報告を依頼した。JFITサブリージョナル研修については以下を参照。 https://www.archives.go.jp/publication/archives/no088/14031(2025年4月15日アクセス)
[9]被災機関59、組織の中核的記録を含む被災公文書1千万点。
[10]PARBICAの構成国・地域については以下を参照。
https://parbica.org/about-parbica/our-members/(2025年4月15日アクセス)
[11]PARBICAツールキット・ガイドライン20、21、22は当館で日本語版を作成し、公表している。
「国際公文書館会議太平洋地域支部(PARBICA)善き統治のためのレコードキーピング・ツールキット/ガイドライン20:災害防備計画をつくる」日本語版(PDF)  https://www.archives.go.jp/about/report/pdf/PARBICA_guideline_20_JP.pdf(2025年4月15日アクセス)
「国際公文書館会議太平洋地域支部(PARBICA)善き統治のためのレコードキーピング・ツールキット/ガイドライン21:災害対応計画をつくる」日本語版(PDF)  https://www.archives.go.jp/about/report/pdf/PARBICA_guideline_21_JP.pdf(2025年4月15日アクセス)
「国際公文書館会議太平洋地域支部(PARBICA)善き統治のためのレコードキーピング・ツールキット/ガイドライン22:災害復旧計画をつくる」日本語版(PDF)  https://www.archives.go.jp/about/report/pdf/PARBICA_guideline_22_JP.pdf(2025年4月15日アクセス)