創価大学
講師 坂口貴弘
1. はじめに
電子文書の管理は、1990年代以降のアーカイブズ学や文書管理の世界における主要なトピックの一つとなっており、世界中で各種の研究プロジェクトや実践的取り組みが精力的に進められてきました。
そもそも電子文書の管理・保存については、技術的な複雑さや、組織全体の業務に関わる問題であることから、公文書館やアーキビストの世界の中だけで完全な対策を講じることは不可能といえます。組織全体の情報システム部門と密接に連携をとり、さらにはソフトやシステムを開発するICT企業にも働きかけることが求められるでしょう。そこで諸外国では、アーカイブズの観点から文書管理システムに求める機能を整理・文書化することが試みられてきました。その成果として、電子文書管理に関する各種の標準やガイドライン類の整備が進んでいます。そのうち、国際標準となったISO 15489[1]やISO 30300[2]、欧州のMoReq[3]などについては日本でも紹介されてきました。
2. 電子文書管理の共
通要求事項
ここでは公文書を対象としたガイドラインとして、アメリカ国立公文書館記録管理院(NARA)が定めた「電子文書管理の共通要求事項」(Universal Electronic Records Management Requirements)[4]の一部を紹介します。
これは、アメリカ連邦政府機関が電子文書管理に用いるシステムやソリューションに求められる基本的な要素を示したもので、2017年に初版が定められ、最新版は第3版になります。この要求事項は、電子文書の登録、保管と利用、処分、移管、メタデータ、報告の6セクション75項目から構成されています。
共通要求事項の策定と運用は、NARAと共通役務庁(General Services Administration)という政府機関が協力して行う取り組みでもあります。共通役務庁は、連邦政府機関が電子文書管理に関するサービスやソリューションを調達する際の推奨される事業者をデータベース化しています。本稿の執筆時点(2024年4月)では、103の事業者がここに登録されています[5]。登録を申請する事業者は、この要求事項を満たしていることを自己評価して提出しなければなりません。これによって、政府機関で導入される電子文書管理システムが要求事項を満たすようにしています。
なお、以下の説明は分かりやすさを重視したもので、必ずしも厳密な逐語訳ではありません。日本の文書管理の実務に照らすとどの部分になるのかがイメージしやすいようにしたつもりですが、該当箇所の項目番号を〈〉内に示しましたので、正確には原資料を参照してください。
3. 電子文書管理システムに求められるもの
この「共通要求事項」が電子文書管理システムに何を求めているかについて、まずシステム全体に関する主なポイントを紹介します。読者の皆さんが日々使っている文書管理システムと照らし合わせながら、一種のチェックリストとして使っていただければと思います。
・文書とメタデータを一緒に管理しアクセスできるシステムになっているでしょうか〈0.02〉
文書そのものを管理するだけではなく、その文書に関するメタデータとセットで管理し、アクセスできるようになっていなければならないとしています。
・保存場所(クラウド、外部委託などを含む)にかかわらず管理の責務を果たせるようになっているでしょうか〈0.05〉
電子文書の保存にクラウドを利用したり、外部に委託したりすることが増えつつありますが、そういった場合でも責任を持って自らの文書を管理する体制を整備するということです。
・文書の不正な利用、変更、隠蔽、削除を防ぐための点検を行い、その記録を作ることができるでしょうか〈0.06〉
電子文書の場合は、人間の目で点検するというよりも、システムの中にそのような点検・記録機能を備えるということが重要になります。
・文書の適切な管理と法令順守に関する報告を生成できるシステムになっているでしょうか〈6.01〉
報告については、エクセルのリストやデータベースのような形式で生成されることが想定されています〈6.04〉。また、定期的に報告を送信するシステムにすることも要求しています〈6.05〉。
4. 電子文書の登録・分類機能
次に電子文書の登録・分類について、アメリカ連邦政府ではどのような機能を求めているかをみてみます。
・文書のシステム登録後は、全ての措置は継続的に記録されるシステムになっているでしょうか〈1.08〉
文書への変更やアクセスなどが自動的に記録される仕組みが必要ということです。
・公文書となるソーシャルメディアを特定し適切に登録するようになっているでしょうか〈1.10〉
アメリカ連邦政府では、大統領や政府機関がSNSで発信したコンテンツのうち、公文書の要件を満たすものは、適切に管理し保存しなければならないことが強調されつつあります。
・公文書となるソーシャルメディアについては、その保存期間や国立公文書館への移管の有無などを記したレコードスケジュールが作成されているでしょうか〈1.12〉
またアメリカ連邦政府では、電子メールの管理についても重視するようになってきました。例えば、公用でない電子メールアカウントを用いて公務が行われた場合は、その作成・取得から20日以内に適切な公用アカウントに同報・転送することが義務づけられています〈1.13〉。このように、SNSやメールについても、他の文書と同じく、文書管理システムとして登録し、管理するようになっているかという点が問われています。
5. 電子文書の処分機能
ここでいう処分(disposition)とは、廃棄処分だけを指すのではなく、文書の保存、廃棄、移管などの措置の総称です。
・文書に関連する技術的変更に対応すべく、レコードスケジュールを継続的に見直しているでしょうか〈2.18〉
特に電子文書をめぐる技術や環境は急速に変化していきます。いったん定めたレコードスケジュールも、継続的にアップデートしていくことを求めています。
・秘密情報が保存されていたメディアを再利用していないでしょうか〈3.01〉
個人情報や安全・治安に関する情報などが記録されたメディアは、完全に復元不可能にする措置が施されない限り、再利用してはならないとしています。
・アーカイブズへの移管に関する規定として、ユーザー名に記号や愛称を用いるメールシステムの場合、ユーザーを特定できる情報が一緒に移管されているでしょうか〈4.02〉
メールアドレスが数字や文字列のみで構成されるような場合、それだけを見ても誰がメールの送信者・受信者なのか分かりません。その場合、メールアドレスと職員名簿の対照表などを一緒に移管するということです。
・国立公文書館への移管の際、電子文書にパスワード等が設定されている場合は、忘れずに解除されているでしょうか〈4.05〉
あわせて、国立公文書館へ移管する永久保存文書については、規則に沿ったフォーマットでの移管を求めています〈4.08〉。
6. 電子文書の移行機能
とりわけ長期にわたって保存される電子文書の場合、その保存期間中に、文書管理システムの入れ替えに伴う文書の移行がなされたり、メディアの陳腐化にともなう変換措置がなされたりする可能性は高くなります。文書自体と、それをとりまくメタデータが失われるリスクは、その度ごとに存在することになります。そこで、この移行や変換をいかに間違いなく実施するかが重視されています。このシステム移行について、アメリカ連邦政府は次のような点を求めています。
・現在の管理システムの運用中止以後も文書を保存できるようになっているでしょうか〈2.08〉
システムの運用期間よりも長期にわたって保存する必要がある文書については、移行後も確実に管理することを求めています。
・フォーマット変換後も文書とそのメタデータの関係を維持できるようなシステムになっているでしょうか〈2.09〉
変換とはPDFに変換したり、ソフトをアップデートしたりするなどですが、その後も文書のメタデータが確実に保持されるようにということです。
・現在使用していないオフライン文書の移行にも対応できるでしょうか〈2.11〉
保存はされているがほとんど利用されていないような過去の電子文書についても、忘れずに移行すべきとしています。
・クラウドサービスが停止した場合、別のシステムに移行できるでしょうか〈2.13〉
クラウドを利用する場合は、その停止も想定しておくように求めています。
7. おわりに
以上、ごく一部ではありますが、電子文書管理に関するアメリカ連邦政府の共通要求事項をご紹介しました。
日本でも、様々なベンダが電子文書管理システム等を開発・販売しています。さらに、電子メール、電子決裁、電子カルテ等を含めれば、電子文書を管理するための各種システムの開発・導入が、官民を問わず進んでいることは周知のとおりです。しかし、これらの設計・実装に際しては、電子文書管理をめぐる諸外国の事例や国際的な標準・ガイドライン類はあまり検討の対象になっていないのが現実と思われます。また、海外の研究成果と日本の実務の整合性・適合可能性についても、解明されていない部分は多くあります。
文書管理の研究と実務が相互に影響を与え合いながら発展していくためには、システム設計時にどのような要件を盛り込むことが望ましいのか、個々の課題ごとに具体的な研究・議論を蓄積する必要があるのではないでしょうか。
〔注〕
[1]中島康比古. 記録管理の国際標準ISO15489-1の改定について. アーカイブズ. 2016, no. 61.
https://www.archives.go.jp/publication/archives/no061/5131
[2]西川康男. JIS X 30300及びJIS X 30301の制定・発行: 記録管理分野の基本概念及び用語と記録マネジメントシステムの要求事項. レコード・マネジメント, 2024, no. 86,
[3]岡本詩子. 欧州における電子記録管理に係る取組み: MoReqとその変遷. アーカイブズ. 2013, no. 49, p. 51-56.
https://www.archives.go.jp/publication/archives/no049/1664
[4]National Archives and Records Administration. Universal Electronic Records Management (ERM) Requirements. https://www.archives.gov/records-mgmt/policy/universalermrequirements
[5]General Services Administration. GSA eLibrary.
https://www.gsaelibrary.gsa.gov/ElibMain/sinDetails.do?scheduleNumber=MAS&specialItemNumber=518210ERM&executeQuery=YES