〔認証アーキビストだより〕
国立公文書館における職務経験を『アーキビストの職務基準書』で点検する

国立公文書館 業務課
課長補佐(保存及び利用) 寺澤 正直

はじめに
  「どうやって今の仕事に就いたのですか」という質問を、講師を務めた研修の終わりに受けることがあります。実のところ難問です。本稿では、この質問にお答えするため、まず、私自身が国立公文書館で携わってきた職務について、ご紹介いたします。まず、その時々の「今の仕事」の職務経験の変遷について、次に、その職務経験について、『アーキビストの職務基準書』(以下「職務基準書」という。)[1]を用いて点検した結果についてご紹介いたします。この職務基準書とは、アーキビストの職務とその遂行上必要となる知識・技能を明らかにし、アーキビストの専門性の確立とともに、その養成と社会的な地位の向上を図るために定められたものです。この点検に職務基準書を用いる理由は、アーキビストの職務が体系的に整理されているからです。また、アーキビストの職務とその遂行要件の関係も記載されているので、アーキビストが遂行する各職務の遂行上必要となる要件を確認することができます。

1.国立公文書館における職務経験
  国立公文書館に務める前は、図書館情報学という学問分野を学ぶ学生でした。学生時代には、アーカイブズについて、より深く学びたいと思った時期があり、国文学研究資料館(当時は品川区戸越)のアーカイブズ・カレッジ(長期)に参加しました。思い返すと、大学のゼミの先生から、国立公文書館の募集について教えていただいたのが、「専門職員」として採用されたきっかけとなりました。それでは、国立公文書館における職務経験について、簡単ではありますが、ご紹介いたします。

(1)デジタルアーカイブと電子公文書等システムに関する職務(2010年4月~)
  はじめの2年間は、2つのシステムの開発と運用に関する仕事に携わりました。一つは国立公文書館デジタルアーカイブ[2]、もう一つは電子公文書等の移管・保存・利用システムです。前者は、所蔵資料の目録や、デジタル化した画像の提供を行う利用サービスに欠かせないシステムです。後者は、ボーンデジタルの電子公文書等を扱うためのシステムです[3]。2010年度は、そのシステムの第一世代目の開発の時期でした。

(2)情報システムと企画に関する職務(2012年4月~)
  3年目からの2年間は、業務の基盤システム(例 LANシステム)やネットワークの構築や運用といった情報システムに関する仕事に携わりました。もちろん、職員が使うパソコン端末も、利用者が閲覧室で使うパソコン端末も基盤システムの一つです。情報システムに関する仕事では、委託先のSEの方やパソコン端末やインターネットを利用する職員とよくお話をした2年間でした。5年目からの2年間は、企画に関する仕事に携わりました。例えば、法人の年度目標や計画、特定歴史公文書等の利用決定に対する審査請求、そして広報に関する仕事に携わりました。

(3)内閣府での職務(2016年4月~)
  7年目からの2年間は、国立公文書館から出向して内閣府で勤務しました。出向先の内閣府大臣官房公文書管理課では、特定歴史公文書等不服審査分科会や国立公文書館等の指定に関する仕事に携わりました。前者では、分科会の委員の方に、諮問の内容を検討いただくため、必要な調査を行うこともありました。後者では、国立公文書館等の指定にあたり、必要となる規定類の点検や、施設や設備の確認のため、現地調査を行うこともありました。それ以外に、2017年度には、ドイツにおける電子中間書庫に関する調査に携わる機会もありました[4]。

(4)資料収集と調査研究に関する職務(2018年4月~)
  9年目からの2年と4か月の間は、出向先の内閣府から、国立公文書館に戻りまして、資料収集と調査研究に関する業務に携わりました。「資料収集」と一言で言っても、その業務は多岐に及んでいました。資料の寄贈や寄託を検討されている方の窓口になって、場合によってはそのお手伝いをする仕事、どのような資料がどの施設に所蔵されているかの調査(所在状況把握)、把握した所在情報を広く提供する仕組みを作る仕事[5]、等様々です。また、2018年度には、ICA(ヤウンデ年次会合)にて資料収集の取組について報告する機会もありました[6]。

(5)資料の保存、目録、修復、利用に関する職務(2020年8月~)
  本稿執筆時に携わるこの業務は、学生時代に想像していたアーカイブズや文書館の仕事そのものです。受け入れた資料を保存管理して、その目録を作成し、利用者が利用するお手伝いをします。始めは、保存、修復、目録に関する業務のみでしたが、2021年7月から利用に関する業務も、新たに加わりました。2021年度には、EASTICA(オンライン)にて、国立公文書館の保存の取組について報告する機会もありました[7]。2022年度には、ISAD(G)第2版の日本語訳[8]の作業に携わりました。もちろん、私1人でこなせる仕事ではないので、多くの職員や委託業者の方と、声をかけあって日々の職務を進めています。

2.職務経験を点検する
(1)体系的な職務経験の点検
  職務基準書にある「職務と遂行要件の対応表」を使って、先ほどご紹介しました私自身の職務経験を点検していきます。なお、職務基準書によると認証アーキビストの実務経験は、専門職員としてのものになりますので、公文書専門員、係長、専門職、課長補佐といった職位の違いによって、判断が異なることもありえますが、その点はご容赦ください。点検の結果は下表のとおりです。表の「大分類」「中分類」「小分類」は、職務基準書の職務の分類にあたります。その右側の「点検結果」には、その職務を経験している場合は、その項番を示しています。その際、職務経験がない項目は、「無」として、その行の文字に太字かつ下線を付しています。

表 職務基準書による職務経験の点検結果
 職務基準書  点検結果
 大分類  中分類  小分類
 評価選別・
 収集
 指導・助言  公文書管理に関する助言及び実地調査  
 公文書管理に関する研修の企画・運営  
 評価選別  公文書のレコードスケジュール設定  
 公文書の廃棄時における評価選別  
 公文書の協議による移管  
 寄贈・寄託文書の受入れ判断  1.(4)
 受入れ  中間書庫への受入れ・管理  
 公文書の受入れ  
 寄贈・寄託文書の受入れ  
 保存  保存整理  公文書等の整理及び保存  1.(1)、(5)
 書庫等における保存環境の管理  1.(5)
 複製物の作成  1.(5)
 目録整備  公文書等の目録作成  1.(5)
 利用  利用審査  公文書等の利用に係る審査  
 利用者支援  閲覧等への対応  1.(5)
 レファレンス  1.(5)
 普及  利用の促進  展示の企画・運営  
 デジタルアーカイブ等の構築・運用  1.(1)
 情報の発信(研究紀要・講座の企画等)  1.(4)
 連携  歴史資料等の所在状況把握  1.(4)
 他のアーカイブズ機関、類縁機関(図書館、博物館等)及び地域等との連携・協力  
 アーカイブズ機関等職員に対する研修の企画・運営  

  上表の点検結果から、大分類レベルの「保存」に含まれる職務は全て経験があること、また、中分類のレベルの「指導・助言」「受入れ」に含まれる職務は、全て経験がないことに気づかされます。
  一方で、職務基準書ではとらえにくい職務経験があることにも気づかされました。この点検方法では、1.(2)の情報システムや企画に関する職務、1.(3)の内閣府での職務について、直接的なアーキビストの職務ではなかったので、点検結果に含めることができませんでした。しかし、もし「これらの職務にアーキビストの遂行要件は不要ですか」と聞かれたら、その答えはきっと変わってきます。その上で、私見ですが、これらの職務について補足いたします。
  情報システムや企画の職務について、実際のところ、国立公文書館以外の独立行政法人でも、業務システム(例 LANシステム)や法人の目標・計画に関する仕事はあるでしょう。これらの仕事は一見アーキビスト固有の業務には見えないかもしれません。しかし、アーカイブズ機関の情報システムや企画の職務においては、アーキビストの知見が必要となる業務もあるように思います。職員も利用者も使用するデジタルアーカイブと業務システムとの接続、利用請求書を受け取るための電子メールやウェブサイトの設計にしても、情報システムの担当によるアーキビストの職務の理解は必要でしょう。国立公文書館の目標や計画に関する仕事を進めるには、評価選別、保存、利用、普及といったアーキビストの職務を理解した上で、調整をしたり、幹部役員が判断するための材料を用意したりする必要があると考えています。内閣府での職務もまた、職務基準書ではとらえにくいのですが、例えば、不服審査に関する仕事では、中分類「利用審査」の職務を知っている必要があります。

(2)現在の職務に求められる遂行要件
  ここでは、2021年7月から私の職務に加わりました利用に関する仕事に着目して、新たに必要となる遂行要件について確認してみます。職務基準書で、利用に関する職務を確認しますと、中分類に「利用者支援」、その下位の小分類に「閲覧等への対応」と「レファレンス」が確認できます。
  例えば、小分類の「レファレンス」の職務に必須とされている遂行要件(表中に◎が示されているもの)は次のとおりです。

所蔵資料に関する理解
アーカイブズ資料に係る調査研究能力
所蔵資料の目録及び検索方法に関する理解
公文書作成機関の文書管理制度に関する理解
公文書作成機関の歴史、組織・施策や作成文書に関する理解
・公文書作成機関における政策の検討から実施に至る過程及び実績に関する理解
アーカイブズ機関における保存及び利用に関する理解
・基礎的な資料読解能力

  上記で下線をつけた遂行要件は、これまで経験したことのある職務で必須の遂行要件とされていたものです。例えば、「所蔵資料に関する理解」や「所蔵資料の目録及び検索方法に関する理解」は「公文書等の目録作成」や「デジタルアーカイブ等の構築・運用」の職務でも求められている遂行要件です。目録やデジタルアーカイブで行ってきた業務経験が、レファレンスの役に立つことに改めて気づかされます。
  また、小分類の「レファレンス」の職務において、より高度なレベルで遂行するために必要とされている遂行要件(表中に〇が示されているもの)は次のとおりです。

・過去に移管された公文書及びその利用状況に関する知識
・過去に寄贈・寄託された文書及びその利用状況に関する知識
他のアーカイブズ機関及び民間に存在する関連資料の所在状況及びその内容に関する知識
・専門的な資料読解能力
・外国語の読解及びコミュニケーション能力

  上記で下線をつけた遂行要件もまた、これまで私が経験したことの職務で必須の遂行要件とされていたものです。例えば「他のアーカイブズ機関及び民間に存在する関連資料の所在状況及びその内容に関する知識」は、「歴史資料等の所在状況把握」の職務でも求められてきた遂行要件です。資料収集で行ってきた業務経験が、より高度なレベルでのレファレンスに役立つことに気づかされます。アーカイブズ機関に初めて勤める時には、もちろん職務経験はないでしょう。ですが、ある程度長く務め、様々な職務を経験することによって、他のアーキビストの職務に活かすことのできる遂行要件を積み重ねることができるようです。

おわりに
  本稿では、私の職務経験について、職務基準書を用いながら、点検いたしました。その上で、「どうやって今の仕事に就いたのですか」という問いに答える形で「おわりに」としたいと思います。
  私見になりますが、アーキビストという仕事は、(1)いくつかのアーキビストの遂行要件を満たした上で、(2)数あるきっかけからアーカイブズ機関で勤め始め、(3)様々な職務経験を積み重ねる。その中で新しい遂行要件を身につけていく、そのような仕事の様に思います。もし、アーキビストという仕事に興味のある方がいましたら、本稿のような職務基準書による自己点検をおすすめします。少なくとも、アーキビストとしての現在の立ち位置を確認できると思います。本稿が一つの事例として、これから認証アーキビストの認証を受けようとする方、認証アーキビストの認証を受けた方にとって、何らかの参考になれば幸いです。

参考
[1] 『アーキビストの職務基準書』https://www.archives.go.jp/about/report/pdf/syokumukijunsyo.pdf
[2] 国立公文書館デジタルアーカイブ、https://www.digital.archives.go.jp/
[3] 風間吉之「電子公文書等の移管・保存・利用システムについて」『アーカイブズ』、
https://www.archives.go.jp/publication/archives/wp-content/uploads/2015/03/acv_47_p33.pdf
[4] ドイツにおける電子公文書の管理に関する調査、
https://www8.cao.go.jp/koubuniinkai/iinkaisai/2018/20180913/shiryou2-2.pdf
[5] ジャパン・アーカイブズ・ディスカバリー、https://www.archives.go.jp/jad/index.php
[6] 「2018年国際公文書館会議ヤウンデ年次会合参加等報告」https://www.archives.go.jp/publication/archives/no071/8313
[7] 第15回EASTICA総会及びセミナー参加報告 https://www.archives.go.jp/publication/archives/no083/11436
[8] 国際標準アーカイブズ記述(国際公文書館会議記述標準特別委員会2000年)日本語版
https://www.ica.org/sites/default/files/cbps_2000_guidelines_isadg_second-edition_ja_translation_provided_by_the_national_archives_of_japan_rev_0.pdf