第15回EASTICA総会及びセミナー参加報告

国立公文書館 業務課 専門官 寺澤 正直
同 統括公文書専門官室 公文書専門員 大野 綾佳

1.はじめに
  韓国国家記録院と国際公文書館会議東アジア地域支部(East Asian Regional Branch of the International Council on Archives, EASTICA)との共催により、EASTICA第15回総会及びセミナーは2021年11月22日(月)から23日(火)にかけて、韓国大田(テジョン)広域市の会場にオンラインでの参加も認めてハイブリッド形式で開催された。新型コロナウィルス感染拡大の影響を受け、2020年に開催予定だったセミナー開催が1年延期され、2020年にホスト国を務める予定であった韓国が2021年EASTICA総会及びセミナーのホスト国を務めた。
  今回の会合のテーマは「アーカイブズ、復旧及び保存のストラテジー:非デジタル及びデジタル記録の修復(Archives, Recovery and Preservation Strategy : Restoration of Non-digital and Digital Records)」であった。会合では、EASTICA加盟国・地域及び英国から招かれた講師による講演及びパネルディスカッションが行われた。
  会合は22日午前の理事会から始まり、続いて同日午後及び23日午前にセミナー、同日午後に総会が行われた。本会合はEASTICA初の試みとして、オンライン形式を含む開催となった。当館からは現在EASTICAの理事を務める鎌田薫館長が理事会に、中田昌和理事が総会に出席した。また、当館職員がセミナーに参加し、担当官から国・地域別報告を行った。本稿では理事会、総会及びセミナーの概要を報告する。

2.EASTICA理事会(11月22日)
  EASTICAの運営執行機関として活動方針を議論する理事会は、EASTICAの議長、副議長、理事、事務局長及び会計官等で構成され、毎年開催されている[1]。オンライン形式ではあるものの、2年ぶりの再会となった出席者の間で喜びのメッセージが交わされるなか、今回の会合では、会計や広報、香港大学と共催の既卒者向けアーカイブズ学講座[2]及び2019年に開始した既卒者向けアーキビスト専門教育のディプロマコース[3]の実施状況、2020年にリニューアルしたEASTICAウェブサイト[4]に関する報告等のほか、翌日の総会の議決事項である次期理事会メンバーの推薦案や、新規EASTICA会員の申請などについて議論された。なお、次回EASTICA理事会及びセミナーについては、新型コロナウィルスの感染拡大状況を見つつ、引き続き開催地や開催時期について検討を行うこととなった。

3.総会(11月23日)
  11月23日午後に行われた総会では、事務局長の再任及び会計官の交代による新たなEASTICAの運営体制のほか、新規C会員[5]として中国の河南省档案館及び韓国のユネスコ国際記録遺産センターが加わることが承認された。最後に決議書が採択された。

EASTICA運営体制(2021年11月時点[6])
  議長   陸国強(Mr. LU Guoqiang)   中国国家档案局 局長
  副議長   チェ・ジヒ (Dr. CHOI Jaehee)   韓国国家記録院 院長
  事務局長   イ・サンミン (Dr. LEE Sangmin) (再任)   (韓国)
  会計官   イム・シニョン (Ms. LIM Sinyoung) (就任)   韓国国家記録院
  理事   鎌田 薫(Mr. KAMATA Kaoru)   日本国立公文書館 館長
  エンフバータル・サムダン (Mr. ENKHBAATAR Samdan)   モンゴル国公文書管理庁 長官
  ラウ・フォン (Ms. LAU Fong)   マカオ档案館 館長
  ルビー・ルク (Ms. Ruby Yuk-shan LUK)   香港特別行政区政府档案処 処長
  B会員代表(2団体)   ※B会員代表についてはB会員を有する
  各国・地域から交代で代表を選出(任期2年)。

4.セミナー(11月22~23日)
  セミナーに先立ち、EASTICA議長代理の王绍忠・中国国家档案局副局長より開会挨拶、主催者及びEASTICA議長であるチェ・ジヒ韓国国家記録院長より開会の辞、また、国際公文書館会議(International Council on Archives, ICA)会長であるオーストラリア国立公文書館のデイビッド・フリッカー館長及び韓国行政安全部のジョン・ヘチョル長官より祝辞が述べられた。
  セミナーでは3つのセッションが展開された。冒頭に行われた基調講演では、デジタル技術が急速に発展し、記録媒体が頻繁に刷新されている今日における、アーキビストの役割や業務の焦点の当て方が論じられた。続くセッション1及び2の発表では、デジタル技術革新を用いた記録の修復戦略による修復の多様化・効率化への対応例や、作成後長い年月が経過した紙媒体の資料について、利用を見据えた修復の例が紹介された。そして、翌日のセッション3では、参加各国・地域が今会合のテーマに沿った報告を行った。

4.1 基調講演
ジョン・シェリダン(John Sheridan)英国国立公文書館デジタルディレクター
「デジタル・アーカイビング:どこに力を注ぐべきか」
  保存すべき記録の増加やデジタル技術の急速な変化の影響を受けるデジタル・アーカイビングの現状において、リスク管理の観点からアーキビストの効率的な業務配分等が論じられた。
  まず、デジタル・アーカイビングのリスクを長期的に管理することは、組織の根本的なリスク管理の一環であり、アーキビストによる長期的な対応が必要であることが述べられた。しかし、データの保存をはじめ、技術の刷新に経済的要因が含まれることで、早いスピードで記録媒体等の技術シフトが起こっていること、また取引費用理論[7]やコモディティ化[8]をはじめ、技術シフトのメカニズムはハード面、ソフト面ともに大変複雑であるというアーキビストにとっての課題が指摘された。一方、デジタルの分野では専門家でない人がアーキビストの仕事を評価することが難しく、リスク管理に対する監督が困難であることも指摘された。
  続いて、これらを受けて、デジタル所蔵記録に対するアーキビストの意思決定が記録保存のリスクに与える影響を可視化した評価モデルの例として、英国国立公文書館のアーキビストが作成したリスク評価モデル[9]が紹介された。所蔵資料におけるボーンデジタル記録の割合やデジタル記録の保管場所が洪水を被る可能性など、具体的な16の設問に対して数値的に回答することで、組織における資料の知的コントロール(Intellectual Control)[10]及び利用可能性(Renderability)[11]の到達度が提示される。結果を他機関の回答と比べることや、回答を部分的に変えた場合どのように結果が変わるかを見ることも可能である。同モデルは、現場の実測値と統計学のアプローチを併せて総合的にリスクを数値化し、様々なシナリオでリスクへの取りうる対策を知ることができる。デジタルアーカイブの価値を示すことで資金提供者への説明ツールとして、また、内部説明用のシナリオ計画、意思決定のツールとしても有益であると述べられた。
  最後に、アーキビストがリスク管理基盤の第一線で意思決定を行っていることの重要性を確認した上で、モデルを用いてリスクを俯瞰的に理解し、より高度なアプローチを可能にすること、ひいては、アーキビストが担う役割へのエビデンスとすることは、急速かつ複雑な技術に直面したデジタル・アーカイビングの取組を向上させ、リスク管理の実践に役立つ網羅的なデジタル・エビデンスの構築と維持につながることが指摘された。

4.2 発表・パネルディスカッション
(1)クァク・ジョン(Kwag Jeong)韓国国家記録院復元管理課長
「韓国国家記録院における修復戦略」
  韓国国家記録院において、保存すべき記録が年々増加し、修復が追いつかない状況を受け、デジタル技術を積極的に取り入れつつ多様化させた修復方法について報告された。
  紙媒体記録は作成時期により性質、装丁が様々であり、物理的損傷、汚染、酸化等により深刻な被害を受けた記録は全所蔵量の10~30%と推測した。2019年より修復方法を多様化させ、デジタル技術を積極的に取り入れた新たな戦略を構築したことが紹介された。これは記録の物理的寿命を延ばすとともに、記録の内容の永久保存を可能にするものであり、1.アナログでの修復方法の多様化・効率化として、重要な国宝レベルの記録に対する丁寧な修復や、大量の記録への簡略化した修復、緊急修復、2.文書偽造を特定するための技術(ビデオスペクトル比較)とスキャニング、画像補正を併用した、文字等の変色や揮発に対するデジタル修復、さらにこの2つを結びつけた、3.修復の全過程を記録、アーカイビングシステムと連動させた、全修復プロジェクトの統合管理システムの運用が報告された。

(2)張美芳(Meifang Zhang)中国人民大学情報資源学部教授
「新疆ウイグル自治区から出土した唐時代の資料の保存及び修復」
  唐時代の西域で発掘された資料について、特性及びその修復方法が紹介された。
  対象資料は度重なる移動により重大な損傷があり、迅速な救出及び修復が必要であること、また文化遺産保護の観点からも、保護・修復技術により原本の利用が可能になれば、資料に関するより深い研究を提供する可能性があることから修復が行われたものである。
  中国人民大学が収集した資料は多くが断片的な手すきの紙で、麻や楮が主であり、汚染、変形、損傷、欠損、酸化や虫食いのほか、腐食や癒着など深刻な状態も見られた。使用されている紙、保存環境、作成時期により状態が異なることが報告された。
  修復の原則は、文書の寿命を最大限に延ばすこと、原状の維持、最小の介入の3つとし、主な工程は洗浄、殺虫、消毒、脱酸、しわ伸ばし、欠損部の補填である。繊維の形態の特徴をふまえて修復し、保存用の封筒も中性紙で作成したことが紹介された。
  最後に、修復に用いる紙や修復技術の選択は文書をより長く保存するのにきわめて重要であるとまとめられた。

4.3 国・地域別報告
  11月23日(火)に行われた国・地域別報告では、EASTICAに加盟する国及び地域の状況や最新の取組について、参加した韓国、マカオ、日本、中国、香港、モンゴルによる報告及び質疑応答が行われた。
  各報告では、デジタル記録及び非デジタル記録の劣化や消失に対する予防、保存環境から修復作業までが、その枠組みとなる政策から技術の実例の紹介にわたり広く紹介された。

4.3.1 日本からの報告
  本会合のテーマ(アーカイブズ、復旧及び保存のストラテジー:非デジタル及びデジタル記録の修復)を踏まえ、当館から「日本国国立公文書館所蔵資料の保存について:方針、計画、実施」と題して報告した。
  まず、日本の公文書等の管理に関する法律(平成21年法律第66号)によって、当館に課せられた義務のうち、保存に関する義務である「特定歴史公文書等の永久保存義務」「永久保存義務と特定歴史公文書等への利用請求対応とのバランス」、「保存と利用のバランスを確保するための方法である複製物の作成と媒体変換」について説明した。
  次に、当館における特定歴史公文書等の保存に係る取組である「特定歴史公文書等の保存対策方針(平成27年5月27日館長決定)の実践」「媒体に応じた保存方法と紙媒体資料の修復」、「複製物の作成と媒体変換」について紹介した。
  最後に、行政機関等から移管された特定歴史公文書等を当館において永久に保存するためには、行政機関等で管理されている間も適切に保存される必要があることから、近年の取組として、当館に移管される以前の行政文書等の保存に係る取組について紹介した。具体的には、行政機関等の文書管理担当者への研修や、行政文書の電子的管理に向けた政府の取組への協力等である。

4.3.2 その他の国・地域からの報告
  日本以外の各国・地域からは次のようなタイトルで報告が行われた。

  報告者   報告タイトル
  韓国国家記録院   「紙媒体アーカイブズのデジタル修復」
  マカオ档案館   「マカオにおける紙媒体記録への水害の予防及び緊急措置」
  中国国家档案局   「中国におけるアーカイブズの復旧及び保存のための実践的戦略及び技術」
  香港特別行政区政府档案処   「デジタル保存への設計図:
  政府档案処によるデジタル記録の長期保存についてのコンサルタント調査」
  モンゴル国公文書管理庁   「アーカイブズの復旧及び保存計画:非デジタル記録及びデジタル記録の修復」

5.おわりに
  今回のEASTICA総会及びセミナーの開催にあたっては、新型コロナウィルス感染拡大状況の影響を受け、各国の状況の様子を見ながら、開催時期や開催形式の検討及び調整が行われた。限られた期間で各国がハイブリッド形式の開催に対応し、プログラム全体を実現したことで、EASTICA加盟国を中心としたアーカイブズ機関の間で新たな形の連携が生まれた。また、多くの国際会議が中止や延期、あるいは変則的な開催に切り替わるなか、従来と同様のプログラムを実施し、参加国がそろって情報や知識、経験、技術等の共有を図ったことは、情報発信及び情報交換の場として貴重な機会であった。
  今回、当館では、国内のEASTICA加盟機関(会員)の構成員がより多く出席できるようにする取組として、日本語のオンライン同時通訳を導入した。今後も様々な環境において、国内外の機関への発信・連携に向けて引き続き努めていきたい。

EASTICA2021プログラム

EASTICA2021プログラム

〔注〕
[1] 2020年の理事会はセミナーの延期とともに2021年に延期された。
[2] 既卒者向けアーカイブズ学講座(Postgraduate Certificate in Archival Studies, PCAS)。
詳細はhttp://hkuspace.hku.hk/prog/postgrad-cert-in-archival-studies(2022年1月4日アクセス)を参照。なお、プログラムの詳細は長岡智子「香港大学既卒者向けアーカイブズ学講座に参加して」でも紹介されている(『アーカイブズ』第64号所収。 https://www.archives.go.jp/publication/archives/no064/6099(2022年1月4日アクセス)を参照。
[3] 既卒者向けアーキビスト専門教育のディプロマコース(Postgraduate Diploma in Archival Studies, PDAS)。詳細はhttps://hkuspace.hku.hk/prog/postgrad-dip-in-archival-studies (2022年1月4日アクセス)を参照。
[4] http://www.eastica.net(2022年1月4日アクセス)
[5] EASTICAの会員は以下の5種のカテゴリーに分類される。カテゴリーA:国(あるいは地域)の公文書館機構。カテゴリーB:全国規模のアーキビスト協会。カテゴリーC:カテゴリーA、B以外の記録の管理・保存にかかわる機関やアーキビストの専門的教育機関。カテゴリーD:個人会員(アーカイブズ機関またはアーキビストを教育する機関の現職スタッフもしくはスタッフであった者)。カテゴリーE:名誉会員(アーカイブズ分野において特に貢献のあった東アジアの者で理事会により選出された者)。
[6] 議長、副議長の任期は2023年まで。事務局長、会計官の任期は2025年まで。
[7] ロナルド・コース(R. H. Coase)が経済分析に導入した概念で、特定の活動がなぜ行われる/行われないのか、なぜその規模で行われるのかといった問いに対して、ある業務を他人に依頼するコストとそれを自分自身で行うコストを比較することで説明を試みる。本講演では、デジタル・アーカイビングにおいても情報をコード化する際の取引費用を考慮するべきことが指摘された。
[8] ある製品やサービスの普及が進み一般的になること。本講演では、コモディティ化がデジタル・アーカイビングのあり方の変化の大きな要因であることが挙げられ、コモディティ化が進んでいる部分は既製品を利用しつつ、サービスの普及が進んでいない部分により多くの力点を置くというように、アーカイブズ機関がどこに資源の利用をフォーカスするかのヒントになり得ると紹介された。
[9] https://nationalarchives.shinyapps.io/DiAGRAM/(2022年1月4日アクセス)
[10] (資料についての記述内容が)資料の内容、出所、利用条件について十分な情報を提供していること。
[11] 対象資料が原本を十分有効に表しているものであること。