国立公文書館 統括公文書専門官室
公文書専門官 渡辺 悦子
公文書専門員 大野 綾佳
1.はじめに
国際公文書館会議(International Council on Archives、ICA)では、アーカイブズ及び記録管理[1]関係者の、専門性やコミュニティの国際的な拡大を継続的に発展させるため、各種の研修プログラムの実施に取り組んでいる。
本稿では、ICAが提供するオンライン研修プログラムのコースの概要と、その中から、2020年7~8月に筆者2名が受講した「入門:記録管理」コースのプログラムの内容を報告する。
2.ICAが提供するオンライン研修プログラムのコースについて
ICAのプログラム委員会(ICA執行委員会の下で技術的・専門的プログラムを提供する機関)[2]は、2017年、オンライン学習に関するワーキンググループを設立し、ICA内ですでに行われている様々な研修を凝縮してオンライン形式で提供することを決定した[3]。同年より検討された成果である一連のコースは、コースの内容に関する専門的知識を有する者、経験のある教育者、そしてICA研修担当官でありICA顧問のMargaret Crockett氏とともに作成され、2019年よりオンラインによる提供が開始された[4]。2020年10月現在、以下の3つのコースが提供されている[5]:
なお、各コースは、英語またはフランス語での受講が可能である[10]。
オンライン研修の管理及び受講はすべてICAのウェブサイト上で行われる、受講者が単独で学習するツールである。受講者は各コースへの登録後、ICAの専用ページにログインし、各自のペースで講義を受講していく。3か月以内に研修を修了することが求められ[11]、各コースにつきすべての内容(テーマ)を受講し終えると、ICAより修了証が与えられる[12]。
3.ICAオンライン研修プログラム「入門:記録管理」コースについて
3.1 コースの概要
本コースは「記録管理」のコース名の通り、概して現用文書・半現用文書(公文書館等への移管前の文書、主に紙媒体のものを想定)を取り上げる[13]。政府機関、企業、非営利団体といった記録の作成組織において、記録管理の基礎的な理解及び実践力の獲得を目指す初学者及び中級者を対象者としている。全9テーマからなる内容は、国際公文書館会議太平洋地域支部(PARBICA[14])が、同地域を主な対象として作成した「善きガバナンスのためのレコードキーピング・ツールキット[15]」をもとに、公的・民間を問わず様々なアーカイブズ機関が参考とできるよう、アレンジして構成されたものである。
各テーマで提供される教材は、講義スライド(ビデオ(15~30分)、PDF)、講義ナレーションの読み上げ原稿、確認テスト、用語集、参考文献(各テーマが基とするPARBICAガイドライン)である。各講義を受講後には確認テストを受け、60%以上の正解率をもって各テーマの修了が認められる。
3.2 コースの構成及び内容
全9テーマの構成は以下の通りである。
テーマ1「ICAオンライン研修『入門:記録管理』について」
テーマ2「はじめに」
テーマ3「レコードキーピングにおける能力」
テーマ4「レコードキーピングの要件」
テーマ5「レコードキーピング方針」
テーマ6「記録(管理)表」
テーマ7「レコードスケジュール」
テーマ8「非現用記録の評価選別」
テーマ9「おわりに」
本研修はまず、善きレコードキーピングは、善きガバナンスの土台、原則であることの理解が狙いとされている。また、記録の作成から移管/廃棄までの過程が網羅され、それを支えるプロセスとして、事前調査、現状の分析、そして各記録の統一的・効率的な管理ツールとしてのレコードスケジュールの作成・適用が説明されている。
なお、記録管理は様々な権限や法域にわたるため、あらゆる行政分野を網羅する幅広い適用性と、他方で有用性のあるガイダンスを供給するため十分な具体性が求められる。そこで、本コースの策定にあたっては、記録が作成される背景となる組織の活動の機能に注目し、通常の管理(administrative)業務(国などにおける、多くの機関において共通して作成・使用される、管理にかかる記録を網羅する機能)[16]と、各組織に特有の業務から作成される記録が切り分けて説明される形で、研修が展開されている。
記録管理において特に重要と思われる、テーマ3~8の内容を以下に簡潔に紹介する。
・テーマ3「レコードキーピングにおける能力」
レコードキーピングとは、組織が記録を素早く容易に検索できること、さらに記録を必要とされる期間に渡って保存することを確実に実施する一連のプロセス及び体制を指す。記録管理に類似するものであるが、アーカイブズ資料の管理も含むものである[17]。適切なレコードキーピングにおける能力として、記録を作成する部局に必要とされる、以下10項目に関するチェックリストが紹介されている。
以上のうち、2)~4)は適切なレコードキーピング実施のための基礎となるとされる。1)や6)にかかる「レコードキーピング方針モデル」及び「レコードキーピングの要件特定」については、後に続くテーマで独立して取り上げられている。記録管理のグッドプラクティスにはこれら10項目すべてを満たすことが必要とされ、組織において満たしていない項目がある場合には、改善するための方法が書かれている[18]。
・テーマ4「レコードキーピングの要件」
組織の記録管理では、業務活動や意思決定の記録が、完全かつ正確で信頼できる証拠として保存されていることが求められる。そのためには、各組織の機能等から、維持管理を遂行するための記録を特定することが必要である。手順としては、まず法律や組織の規則、ガイドライン等を参照し、さらに市民が組織に保存を望むであろう記録も考慮しつつ、保存すべき対象となる記録の根拠を見定める。それらを受けて、各組織における記録管理の要件を特定、記録し、実施(適用)する。
到達目標は、組織の活動や決定の証拠を保存する必要性を理解したうえで、保存すべき記録を特定し、実践するための基盤となるツールを適用することとされている。また、業務活動の背景となっている状況に応じて、特定した要件をレコードキーピングの目標として明文化し、スタッフの理解・認識の共有及び周知のための基盤とする。なお、設定した要件は、組織の再編成や時代の変化にあわせ、定期的な見直しが必要とされることが付け加えられている。
・テーマ5「レコードキーピング方針」
レコードキーピング方針とは、記録の適切な管理や保存にかかる実践の第一段階として、記録の作成・管理にかかる信頼性のあるプロセスの構築や、非現用文書の保存にかかる原則となるものである。記録管理の国際標準ISO 15489「情報及びドキュメンテーション-記録マネジメント」[19]をもとに作成されることが一般的で、目的、適用範囲、適用、方針の宣告、関係法令、責任の付与、承認等の項目から成る。
・テーマ6「記録(管理)表[20]」
記録(管理)計画は、テーマ5の方針をもとに、組織の業務分析を行い、作成・保存するべき記録の特定及び分類により記録間の構造を階層化し、体系的に整理した上で、記録のファイル名を設定し、そのファイル名の付け方をルール化していく作業である。
まず、組織における業務分析[21]を行う。業務の機能(例えば「資産管理」「渉外」「財務管理」等)を大きな枠組みで分類し、それぞれ下位となる業務(「渉外」であれば、下位の分類として「セレモニー、訪問」「会議、セミナー」「苦情、フィードバック」等)を設定していき、一覧にする。これが「記録(管理)表」である。各業務において作成された記録は、「記録(管理)表」にある名前を付してファイルを作成し、ファイリングする。これらを実践することで組織全体における記録の統一的かつ効率的な管理体制の整備につながる。業務と作成される記録の関係を理解し、あわせて組織特有の業務機能にかかる記録(管理)表を作成することが到達目標とされる。
・テーマ7「レコードスケジュール[22]」
レコードスケジュールは、組織の記録を、業務等の種別や形式で特定し、それぞれの保存期間及び保存期間が過ぎた後の措置をリストにしたものである[23]。その時々の記録の要不要で判断するのではなく、多様な記録の必要性を時の経過とともに考慮し、統一的・効率的に管理するための、実践的な計画的ツールとなる。
策定の手順としては、テーマ6で特定された記録について、法的要件等を考慮しつつ、各組織の記録を業務の種別(資産管理、渉外等)に分類し、それぞれの機能・活動・記述・形式例・保存期間・保存期間満了後の措置を特定する。さらに、作成したスケジュールに応じて、移管/廃棄を適用する。レコードスケジュールを作成し、さらに作成したスケジュールを、いつ、いかに適用するかにいたるまでの、機能と利用の理解が到達目標とされる。
なお、テーマ6及びテーマ7の講義スライドは2本立てで合計1時間弱となっており、研修の重点が置かれていることがわかる。
・テーマ8「非現用記録の評価選別」
評価選別は、どの記録が作成、保存されるべきかや、記録の移管/廃棄の措置をとるまでの保存期間を決定するプロセスである。適切に遂行することで、組織の機能を理解したうえでの記録の有用性を決定する手段となる。本テーマの到達目標は、評価選別のプロセス全体を理解し、実施することとされている。評価選別のプロセスでは、まず実地調査で非現用記録を特定し、特定した記録をまとめた目録をもとに、記録の作成者や利用者との協議を経て、選別基準を適用していく。さらに、結果を記録管理の権限を持つ者に報告し、移管/廃棄の措置を決定し、実施する。
なお、本講義ではプロセスを例示するため、組織特有の業務機能にかかる、レコードスケジュールが設定されていない非現用記録への評価選別が取り上げられている。
おわりに
本研修を受講した所感として、理解のための具体的な例が各テーマで紹介され、実際に業務を行うにあたって即効性のある内容となっていると感じられた[24]。記録の作成部局や記録管理者にとって効率的で実践的なツールが示されており、レコードキーピングを視野に入れた記録管理の基礎事項を短期間で総括的に学べるコースといえるだろう。また、記録の作成部局等に対して研修を行う立場にあるものや、移管先機関で作成部局との連絡窓口になっている担当者にとっても、互いに共通認識を養うためのツールのひとつとなると考えられる。
一方で、各学習内容は標準の概念及び原則に比べてかなり具体的な例に落とし込まれているものの、記録管理の実践をめざす初学者にとっては、コースの全体の流れは依然として理論的な要素が強い印象を受けた。これは研修の中で理論を実践につなげる説明をすることの難しさに起因するところであろう。少し欲を言うならば、ほぼテキストのみのスライドで淡々と講義が進められる点は、初学者向けの教材としては改善が望まれるかもしれない。
本研修の今後の成果や発展に注目していきたい。
〔注記〕
[1] 本稿では、「記録管理(records management)」を、現用及び半現用文書を対象とした、文書等の作成部局側における管理を指すものとして用いる。
[2] https://www.ica.org/en/about-programme-commission-pcom。なお、ICAの組織図については以下を参照:https://www.archives.go.jp/about/activity/pdf/organization.pdf (Access: 2020/10/16)
[3] https://www.ica.org/en/report-on-ica-s-training-and-online-learning-resources-capacity-and-aspirations (Access: 2020/10/16)
[4] ICA定期刊行物『Flash no. 37』, Mars 2019, p. 22
[5] https://www.ica.org/en/training-programme (Access: 2020/10/16)。開始から16か月が経過した現在、全コースあわせた受講者は340名以上を数える(ICA定期刊行物『Flash no. 40』, October 2020, p. 12)。なお、電子記録の扱いについてのコースも準備中とのことである(ICA定期刊行物『Flash no. 37』, Mars 2019, p. 22)。
[6] コースの原題(英語)は「Introduction to Records Management」:https://www.ica.org/en/register-for-the-ica-online-course-introduction-to-records-management (Access: 2020/10/16)
[7] https://www.ica.org/en/register-for-the-online-course-understanding-and-using-the-uda (Access: 2020/10/16)
[8] https://www.ica.org/en/register-for-the-ica-online-course-organising-family-archives (Access: 2020/10/16)
[9] https://www.ica.org/en/training-programme (Access: 2020/10/16)
[10] 「世界アーカイブズ宣言の理解と利用」、「ファミリー・アーカイブズを編成する」についてはスペイン語の提供も構想されている(ICA定期刊行物『Flash no. 37』, Mars 2019, p. 22)。
[11] 3か月後に直ちに専用ページへのアクセス権がなくなるわけではないが、責任者が受講状況を確認し、受講者に問い合わせる場合もある。
[12] 本修了証には、研修内容及び所要時間が記されている。これは、高等教育機関や専門職団体などが提供するコースの単位互換制度などでの履修単位として別途認められるものではないが、現職者が受けた学習時間等の証明として有効であるように、指標として表記しているとのことである(ICA定期刊行物『Flash no. 37』, Mars 2019, p. 22)。
[13] ただし、非現用文書の管理に対する理解も視野に入れた説明がされている。
[14] Pacific Regional Branch of the International Council on Archives。PARBICAは1981年に設立され、現在20か国(オーストラリア連邦、ニュージーランド、フィジー共和国、サモア独立国等)が加盟している:https://www.ica.org/en/parbica (Access: 2020/10/16)
[15] PARBICAでは、レコードキーピングの基盤を立て直し、向上させ、太平洋地域の政府の善きガバナンスへの支援につなげるため、2007年に一連の実践的なツールキットを作成した。現在24項目のガイドラインが作成され、その内容は、記録管理の概要、電子記録管理、防災・災害対応計画等から構成される:https://www.ica.org/en/recordkeeping-good-governance-toolkit-parbica (Access: 2020/10/16)。PARBICAツールキットが作成された狙いとして、公共セクターの効率化、アカウンタビリティを支えること、該当地域の政府が法的義務を果たし、市民の権利を守る保証を支えることが説明されている (Wickman, Danielle “Recordkeeping legislation and its impacts: the PARBICA Recordkeeping for Good Governance Toolkit”, Comma (2011), 2011, (1), p. 56)。なお、ツールキットはフランス語版も作成(2012年。2015年に更新)されており、フランスアーキビスト協会が主体となり、国境のないアーキビストやブルキナファソ国立公文書館等の協力を得て、アフリカ地域の歴史的背景やケーススタディに適したものが作成された。その際に、フランス語圏の地域でも利用できるようアレンジされているが、有用と判断した実例や、基本となる文献は原典を維持したとのことである(The Recordkeeping for Good Governance Toolkit for French-speaking Africa : https://www.ica.org/en/recordkeeping-good-governance-toolkit-french-speaking-africa-0) (Access: 2020/10/16)及び、例えばガイドライン1「レコードキーピングにおける能力チェックリスト」フランス語版p. 2)。
[16] 例:資産管理、渉外、経理、スタッフ管理等
[17] 本研修教材の用語集より引用(テーマ5以降の冒頭の説明についても同様)
[18] 本テーマに対応するPARBICAガイドライン1では、これらの能力の背景にある要素として、「(組織の)構造、プロセス、スタッフ、予算、(組織が)責任を負う文書を善く管理するために全体を機能させる規則」を挙げ、それらの組み合わせが必要であると説明している。
[19] 政府や自治体、企業等の組織が規制を順守していることを証明するため、活動を記録に残し、業務の信頼できる証拠(アカウンタビリティ)を確保することを目的としたもので、2001年に第1版が発行、2016年に第2版が出ている。2019年、日本語版が公開された(JIS X 0902-1 : 2019 (ISO 15489-1 : 2016))。なお、第2版での改定については、中島康比古「記録管理の国際標準ISO15489-1の改定について」を参照(『アーカイブズ』第61号(2016年): https://www.archives.go.jp/publication/archives/no061/5131 (Access: 2020/10/16))。
[20] 研修教材に「Record Plans」とあるものの訳出。
[21] 特に、各組織特有の業務に関する機能の分析では、組織の機能と、機能を遂行するために組織が展開する活動を分析する。そのための2つのアプローチが示されている。ひとつは、法や使命などから組織を俯瞰的に把握し、そこから機能を特定するトップダウン方式、もうひとつはマニュアル等から業務のプロセスを分析しまとめ、上層レベルでの政策を検討し、派生する機能を理解するボトムアップ方式である。
[22] 正確には「Disposal schedule」であり、移管・廃棄等の「処分にかかるスケジュール」である。わが国では「レコードスケジュール」として普及しているため、そのように意訳している。
[23] 例えば、わが国の各行政機関におけるレコードスケジュールは、「行政文書の管理に関するガイドライン」の別表1、2に基づき定めている:https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/hourei/kanri-gl.pdf (Access: 2020/10/16))
[24] PARBICAガイドラインでも、レコードキーピングの手順は複雑であり、完璧な仕事の遂行に労力を使い切るのは無用であること、スタッフが必要なときに必要な記録を容易に見つけることが主要な目的であることを念頭に入れることとし、組織の通常の管理業務にかかる記録については時間を費やさずに、既存のモデルを活用することが推奨されている(ガイドライン6「記録(管理)表」英語版pp. 13-14.)。