国立公文書館所蔵資料展「近代日本のはじまりと高知県」を終えて

高知県立公文書館 
三宮 久美

05-1.国立公文書館所蔵資料展「近代日本のはじまりと高知県」ポスター

国立公文書館所蔵資料展「近代日本のはじまりと高知県」ポスター

はじめに
   令和2年4月1日に開館した高知県立公文書館(以下、「当館」)の開館記念事業として、令和3年1月31日(日)から2月28日(日)まで、当館1階展示室にて「国立公文書館所蔵資料展 近代日本のはじまりと高知県」(以下、「本展示会」)が開催された。本展示会は、国立公文書館及び当館の共催であり、また高知県立高知城歴史博物館及び高知市立自由民権記念館の協力により実施された。
   当館では、高知県が作成または取得した公文書を収蔵しているが、太平洋戦争末期の昭和20年高知大空襲により、これ以前の公文書は焼失し、ほとんど残っていない。そのため、県政150年という節目の年に開催されることも踏まえ、本展示会では廃藩置県を経て新しく高知県政がはじまる様子を国立公文書館所蔵資料から見ることができると期待を寄せていた。
   ところが、開催前に新型コロナウイルス感染拡大による2度目の緊急事態宣言が発出される等、非常に厳しい状況に直面することとなった。直前まで協議を重ね、感染防止対策に細心の注意を払ったうえでの開催を決定した。結果、1か月間の来場者数は745人(1日平均26人)となったが、コロナ禍での苦境において健闘したのではないかと思う。
   以下、本稿では、本展示会開催の概要について記述する。

1 公募・打ち合わせ
   令和元年12月、国立公文書館より館外展示会開催の公募があり、当時の県の文書情報課(県立公文書館を担当)が開館記念事業として実施することを検討し、応募を決定した。その後、令和2年1月に国立公文書館から開催決定通知を受け、改修工事が竣工して間もない当館にて2月26日に初回打ち合せを実施した。この時、館内の設備等は完全に整っていなかったが、国立公文書館の方々には会場となる展示室や搬入口等を中心に現場確認をしていただいた。

鈴木公文書専門官から展示作業について教わる様子

鈴木公文書専門官から展示作業について教わる様子

   既述のとおり戦災により、当館には昭和20年以前の公文書がほぼ存在しないため、展示希望テーマを「公文書にみる日本のあゆみ」とし、廃藩置県に関する資料と明治期の高知県のあゆみが分かるような資料を展示したいと伝えた。
   本展示会の企画担当であった国立公文書館 鈴木隆春公文書専門官は、初回打ち合わせ時から当館のこうした意向を踏まえ展示資料等を用意してくださった。
   令和2年度に入り、電話・メールを中心としたやりとりを続け、第2回目の打ち合わせを8月27日に行った。
   本展示会の開催にあたって、展示資料に関するほぼ全てのこと(資料の選出、キャプション及びパネル作成等)は鈴木公文書専門官が提案してくださり、当館での作業は、資料やパネルの配置のみであった。コロナ禍での開催となり、短期間で現場作業が終了するよう配慮していただいたが、その限られた日程の中で、鈴木公文書専門官から展示に関する様々な知識や技術を教えていただいた時間は、とても有意義なものとなった。

パネル「主な県境の変遷」

パネル「主な県境の変遷」

2 展示資料の内容
   展示資料は、第1部「戊辰戦争と土佐藩」、第2部「廃藩置県と高知県の誕生」、第3部「士族反乱と自由民権運動」、第4部「大日本帝国憲法の発布と議会政治のはじまり」の全4部とパネル展示「高知県にゆかりのある人々」で構成された。
   第1部では、五箇条の御誓文、戊辰戦争における土佐藩の動きを記述した「跨関日記(こかんにっき)」、錦旗等3点の資料を展示し、元号が明治に改元され、大きな変革を遂げる新政府と土佐藩の様子を伝えた。
   第2部では、版籍奉還と廃藩置県、府県史料に記されたその当時の高知県について8点の資料を紹介し、現在につながる県域の変遷をパネルにより視覚的に説明した。この県境の変化を示したパネルは、来館者の反響が大きく、特に名東県(現在の徳島県)との合併、分割を経て、明治21年に現在とほぼ同じ県域となったことについて「大変興味深かった」「おもしろい」という感想が多く寄せられた。文字資料の補足として、地図上で変化の過程を並べて示したことが、来館者の目を引き、関連資料に注目してもらえる結果へとつながった。

   第3部では、自由民権運動を中心に「明治6年政変」で政府を去った板垣退助らが政府に対して新しい政治の実現を求めた運動を紹介した。ここでは、「公文録副本」に収録された板垣の辞表を記録した文書、「民撰議院設立建白書」の本文(※前文はパネル展示)、佐賀の乱をおこした江藤新平の逮捕を報告する文書、国会開設の勅諭、板垣退助遭難事件に関する探偵上申書等、本展示会の目玉となる資料が展示された。特に、「民撰議院設立建白書」の原本は、県内初の展示となり、開催前の地元新聞においても大きく取り上げられていたため、この資料を見ることが目的で来館された方も少なくなかった。
   自由民権運動発祥の地である高知県においても、これまで上記資料が展示される機会は少なく、板垣の言葉としてよく知られる「吾死スルトモ自由ハ死セン」について、事件現場の見取り図や負傷した板垣の診断書と合わせて説明していたことから、この展示ケースの前で多くの方が立ち止まり、じっくりと資料を見比べていた。中には、「岐阜事件の板垣退助の診断書を医師である後藤新平が書いていたことに歴史のつながりを感じた」という声を直接かけてくださる方もいた。

岐阜県上申自由党綜理板垣退助遭害ノ件・自第一号至第五号(国立公文書館所蔵)

岐阜県上申自由党綜理板垣退助遭害ノ件・自第一号至第五号(国立公文書館所蔵)

岐阜県上申自由党綜理板垣退助遭害ノ件・自第一号至第五号(国立公文書館所蔵)

岐阜県上申自由党綜理板垣退助遭害ノ件・自第一号至第五号(国立公文書館所蔵)



岐阜県上申自由党綜理板垣退助遭害ノ件・自第一号至第五号(国立公文書館所蔵)

岐阜県上申自由党綜理板垣退助遭害ノ件・自第一号至第五号(国立公文書館所蔵)

岐阜県上申自由党綜理板垣退助遭害ノ件・自第一号至第五号(国立公文書館所蔵)

岐阜県上申自由党綜理板垣退助遭害ノ件・自第一号至第五号(国立公文書館所蔵)


   第4部では、大日本帝国憲法の公布原本(複製)を展示し、日本の制度の基礎となる議会政治のはじまりを示すとともに、当館の所蔵資料「県民グラフNo.90」から高知県明治百年記念式典の様子を伝え、明治から現代までつながる県政の流れを表した。

 

4 展示説明会について
   本展示会開催にあたり、開催初日に鈴木公文書専門官による展示説明会を企画していたが、コロナ禍での実施方法が懸案事項となった。他館の状況も参考にしながら、事前予約制(午前・午後各1回)として人数制限を行い、展示資料の説明を録画した映像を見てもらった後、展示室に移動し、鈴木公文書専門官に個別に質疑応答をしていただく形をとった。
   当日、展示説明会の参加者(午前11名、午後6名)の方々の中には、開始前にすでに資料をご覧になっていた方もいたが、鈴木公文書専門官と直接話をしながら、見所を再度確認し、展示室内をゆっくり回られていた。

展示説明会の様子

展示説明会の様子

展示説明会の様子

展示説明会の様子


5 本展示会を振り返って
   アンケート集計結果をみると、「展示の見やすさ」と「展示内容の分かりやすさ」はいずれも全体の76.5%が「見やすい」「分かりやすい」と回答しており、来館者の満足度が高い様子がうかがえた。また、本展示会で興味深かったものとして、「民撰議院設立建白書の原本」「四国の4県が分かれた経緯」「板垣退助の事件の詳細」「よく知られた偉人のみでなく、川田繁馬さんのように地道に生活を営んだ方が人物紹介に入れられたこと」等があげられていた。
   こうした声からも、資料に関連する人物や出来事に対して来館者の関心が深まるよう、常に試行錯誤しながら展示内容に工夫を重ねていくことが重要だと痛感した。
改めて、国立公文書館の所蔵資料を通して多くの方々に公文書を身近な存在として受け止めてもらえたことを感じるとともに、本展示会は職員の経験が浅い当館のような施設にとって貴重な学習の場になったと思う。
   一点の資料からその時代を生き抜いた人物の動きや社会背景を浮かび上がらせ、新しい想像力や好奇心を広げていく、鈴木公文書専門官の展示構成にはそういった仕掛けが随所に施されており、それは今後の展示においても大切にしていきたい視点だと強く感じた。

6 終わりに
   最後に、開館という記念すべき年度にこのような機会を与えてくださった国立公文書館の方々、展示資料にご協力いただいた高知県立高知城歴史博物館及び高知市立自由民権記念館の方々に心より感謝申し上げたい。