国立公文書館長の8年を振り返って

前国立公文書館長
加藤 丈夫

  私は、令和3年3月末日で国立公文書館長を退任しました。
  思いがけず約8年という長い勤務になりましたが、この間に皆様からいただいた温かいご支援とご協力に心から御礼申し上げます。

  私はそれまで民間企業(富士電機)にいたので、公文書管理の仕事は全くの素人でしたが、館長に就任してからは自分自身の課題として、①広く国民に開かれた公文書館を目指すこと、②計画が進んでいる新館の完成に向けて、新しい公文書館に相応しいソフト面の充実を図ることの二つを決め、その推進に取り組んできました。
  具体的には、次の6項目ということになります。

・公文書館の活動を広く知ってもらうための広報活動の強化
・国民に親しまれる公文書館に相応しい魅力ある展示会の開催
・全国各地にある史料館や個人が保有している歴史的資料の積極収集
・公文書管理に携わる人たちを対象とした研修の充実
・公文書管理の専門家(アーキビスト)に対する公的な認証制度の創設
・所蔵資料のデジタル化の推進

  実は、私が館長に就任した時、知人の殆どが公文書館がどこにあるかも何をしているかも知らなかったので、先ずはそうした人たちに公文書館の事業を紹介すること、そしてできるだけ多くの人に公文書館に来てもらう活動から始めました。
  そうした事業内容を紹介する講演は在任中約80回になりましたが、この活動を通じた国や自治体、全国各地の公文書・文書館で公文書管理に携わる方たちとの交流は、私にとって大きな刺激であり、課題解決のヒントを得ることにつながりました。

  新しい公文書館に相応しいソフト面の充実については、書庫の管理システムの見直し、資料の閲覧や展示会で公文書館を利用する人たちに対するサ-ビスの向上などがありますが、私はこれからの公文書管理を担う人材の育成が最も重要な課題と考えていました。
  これは新館が必要とする人材の確保だけでなく、全国の公文書取扱機関における管理レベルの向上を目指すものであることは言うまでもありません。
  人材の育成に関する具体的な取り組みは、①研修の充実、②アーキビストの認証ですが、これは当館の担当者の努力はもちろん、大学や学会、全国の公文書関係機関の方々の協力で大きな成果を上げつつあると思います。
  その一つ、当館が行う研修には公文書管理研修とアーカイブズ研修の二つがあり、それぞれ対象者別のコース[1]がありますが、近年特に公文書管理研修Ⅰ(初任者研修)の受講者が急増しており、全受講者数は、2020年度には5年前の約2倍、2000名を超えることになりました。
  もう一つのアーキビストの認証は、アーキビストの仕事の専門性を明確にして、専門家に相応しい活動ができるようにすることを目指すものですが、これを実現するために、先ず公文書管理とはどのような仕事なのか、それをこなすにはどんな能力が必要かを明確にした「アーキビストの職務基準書」を作成し、その上で「職務基準書」に記載された要件を満たした人を「認証アーキビスト」として国立公文書館長が認証することにしました。
  これは当館が約4年をかけたプロジェクトでしたが、今年1月にはわが国初となる190名の「認証アーキビスト」が誕生しました。私は「新館の完成時までに全国で千名程度の認証アーキビストが必要だ」と言ってきたのですが、量的目標はともかく、このアーキビストたちが国や地方の役所をはじめ全国の公文書取扱機関に配置されて「目利きの立場」から公文書管理に目を光らせていくことを期待しています。

  この他、記憶に残ることとしては、当館が有力メンバーとなっているICA(国際公文書館会議)やその東アジア支部であるEASTICAの会合で、海外の公文書関係者との交流が深まったことがあります。具体的な内容は省略しますが、当館のデジタル化技術や修復技術の指導を期待しているアジア諸国との交流促進は今後の大きなテーマとなるでしょう。

  そして今年、国立公文書館は開館50周年、アジア歴史資料センターは設立20周年を迎えます。当館ではこれを記念する新たなキャッチ・コピ-を職員から募集したところ、多数の応募作品の中から「記録を守る、未来に活かす。」が決まりました。
  私は良いキャッチコピーが決まったと喜んでいるのですが、これからは鎌田薫新館長のご指導のもと、職員の皆さんが力を合わせて山積する課題の解決に取り組んでいくことを期待しています。
  重ねて、8年間にわたる館内外の皆さんのご支援とご協力に心から御礼申し上げます。

〔注記〕
[1] 令和3年度から公文書管理研修Ⅲはアーカイブズ研修Ⅲに統合。