伝えたいことを「伝える」ために

国立公文書館理事
中田 昌和

 あることを人に伝えようとする場合、「何」を「誰」に伝えようとしているのか、ということを十分意識することが基本であり、それを踏まえて、アプローチの方法、表現の仕方などコミュニケーションを設計していくことになります。その際、伝える側と相手側にどのような共通の基盤があるのかということが極めて重要です。それらについて十分な配慮がないと、伝えたいことが伝わらないということが往々にして生じてしまいます。
 日本では、いわゆる“ハイコンテクスト”な社会として、一定の文脈について前提となる事項を共有しているものとして、端的な会話で済ましていることも多いですが、随分前から、比較的近い関係の人の間でも「もっとちゃんと言葉にしないとわからない」などと言われることも多くなっているように思われます。
 伝えたい相手がその事柄に興味や関心があるかどうかもわからないということであれば、まず対象とする相手に、興味や関心を持ってもらうということから始める必要があります。かつて自分が参加したシンポジウムでも、「今日ここに来てくれている人は、すでに問題を認識している方々である。ここに来ていない方、そもそもこの問題に関心がないような方に対して、どう理解を求めていくかが課題だ」というような発言が登壇者からあったことが印象に残っています。一方、共通の関心、共通の知識を一定程度持つ人同士の間では、前提を飛ばして本題の議論に入るとか、修飾語などを省いて表現しても構わないということもあるのでしょう。
 実際のコミュニケーションの場面では、相手にどうしたら伝わるかという観点から、アプローチ、表現などをさまざまに使い分けてコミュニケーションを図っていくことが求められるわけですが、文字による手紙やメール、一行のメッセージだけで十分伝わることもあるだろうし、相手の表情や反応なども見ながらの慎重なやりとりが必要なため、直接会って話さないとうまく伝わらないこともあるでしょう。
 これまであまり縁のなかった人に対してはもちろん、たくさんの知識や関心を共有している人に対してでも、こちらの伝えたいことを的確に「伝える」には、そのための様々な工夫が必要なのだということを自戒しているところです。そのことは、自分が伝えられる側になったときに、伝える側の気持ちをより的確に理解することにもつながっていくのだと感じています。