新学習指導要領における公文書館等との連携について

文部科学省 初等中等教育局 教育課程課  教科調査官
国立教育政策研究所 教育課程研究センター 教育課程調査官
藤野 敦

はじめに
 平成29(2017)年3月に小・中学校、同30(2018)年3月に高等学校の新学習指導要領が告示され、それぞれ1年のちに学習指導要領解説(以下、「解説」という。)が刊行された。今回の改訂は,知識・情報・技術をめぐる加速度的な変化とそれに伴う情報化やグローバル化といった社会的変化、さらに選挙権年齢や成年年齢の引き下げなどへの対応を踏まえ、その中で教科・科目等の構成やその内容についての見直しや学習の過程についての充実が図られるとともに、社会に開かれた教育課程の実現を図ること、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善(アクティブ・ラーニングの視点に立った授業改善)の推進等が求められている。本稿では高等学校地理歴史科の歴史領域科目を取り上げ、公文書館をはじめ、以前より詳細に記された博物館、図書館などとの連携について示してみたい。

1 資料を活用し,思考,判断,表現する学習
 今回、高等学校に必履修科目「歴史総合」、その後の選択科目「日本史探究」「世界史探究」が設置された。これらの科目では、「課題を追究したり解決したりする活動を通して」、知識及び技能、思考力、判断力、表現力等を身に付ける学習の過程が示されるとともに、生徒が考察や判断を行う際に必要な、「資料を踏まえ」る学習が重視されている。  
 例えば「歴史総合」では、その導入で、「資料に基づいて歴史が叙述されていることを理解する」とともに、資料活用の技能の習得が示され、以後の項目においても、資料を活用して生徒が問いを表現したり、内容の理解を深め、「現代的な諸課題」との関係を考察したりする学習が設定されている。

歴史総合 内容 A歴史の扉

歴史総合 内容 A歴史の扉

「歴史総合」大項目内の構造

「歴史総合」大項目内の構造



2 共有の財産としての資料、保全・保存への努力、生涯教育への発展 
 「歴史総合」の履修後に選択することができる「日本史探究」では、その「解説」で、歴史に関わる「資料」及び関係諸機関との関わりについて次のように記載している(『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 地理歴史編』(平成31年3月公刊)、「第4節 日本史探究」より引用。見出しによる整理、下線は筆者。)。

 【国民共有の財産としての資料】
 …我が国には歴史を考察する上で有用かつ多様な資料が数多く存在する。これらの資料そのものが、様々な災害や時代の諸状況の中で多くの人々の努力によって伝えられ、社会の在り様やその教訓など、現代及び未来についての多くの示唆にあふれた国民共有の財産となっている。
 【資料活用と考察、構想】
 これらを効果的に活用する技能を獲得し、学校教育及び生涯にわたる学習において活用することは、生徒がこの後、現代の日本の課題について考察、構想する際に、叡智の継承として作用することとなる。
 【資料保存・保全への理解】
 博物館、図書館、公文書館や資料館等の果たす役割やそこに展示・保存されている資料、地域の遺跡、景観や無形文化財などが、これまでどのように受け継がれてきたかなどの視点に着目し、「歴史資料や遺構の保存・保全などの努力が図られていることに気付く」ことなどを通して、文化財保護への関心を高め、地域の文化遺産を尊重する態度を養うことも重要である。
 【デジタル化された資料の活用】
 博物館、図書館、公文書館などでは、その収蔵品をはじめ、文化資源をデジタル化して保存を行うとともに、公開や利用を積極的に行う取組が進んでいる。これらの「デジタル化された資料」は、インターネットを利用することで、利用の可能性を拡大している。…様々な歴史情報のデータベースが整備されてきており、それらの情報を活用し、指導計画上に適切に位置付けることが考えられる。
 【社会教育,生涯教育(博物館,公文書館等の役割と連携)】
 地域の文化遺産、博物館や公文書館、その他の資料館の調査・見学などを取り入れることで、実物や複製品などの資料と接して具体的で多様な情報を得て歴史の考察を深めることができる。公文書館は国及び地方公共団体が保管する歴史資料として重要な公文書や古文書などの記録を保存し、閲覧や展示など広く国民・住民に提供する施設である。また、図書館などを活用して地域の歴史に関わる書籍や資料の閲覧・調査や、レファレンス機能の利用など、歴史の学習を抽象的な概念の操作で終わらせずに一層の具体性をもって実体化していくことや、学校の授業のみで終わらせずに空間的には教室の外へ、時間的には卒業後まで継続させ、将来にわたって学び続ける機会や方法についての認識や姿勢を育み、生涯学習へと発展させていくことが大切である

3 学校教育における資料の活用の特質
 学校教育現場で扱う学習上の「資料」とは広い意味を持つ。例えば、歴史的な資料そのものが持つ価値や意味、資料や文化財の保存・保全・保護等の努力、それらへの興味や関心を高めることを狙いとする学習を設定した場合には、一次資料を直接活用することが効果的である。一方で、通常の授業の展開の中では、生徒が歴史に関わる事象について考察したり、考察したことを表現したりする際の「よりどころ」として活用される。
 従って、生徒が自身で活用できる(読むことができる、理解できる)資料であることが求められる。中等教育の歴史学習における「資料の活用」は、古文の読解力の育成や、大学における古文書解読法の習得とは狙いが異なるため、教員は目の前の生徒の状況を踏まえ、多くの場合、それらを授業で活用できるように「加工」すること、すなわち、教材化することが求められる。

例:公文書館,博物館等での研修案

例:公文書館、博物館等での研修案

4 公文書館等との連携―公文書館等における教員研修を例に―
 学校と公文書館等の連携については、既に様々な実践が積み重ねられている。最近でも、例えば、生徒が公文書館を訪れて、資料の解説を作成するなど直接資料に触れる活動等も報告されている。また、デジタルアーカイブズの充実によって、連携の形態や可能性も拡大している。さらに、各地の公文書館、博物館等における教員対象研修の充実も図られている。
 学校の現場では、歴史学的な専門性をもつ教員が歴史領域の学習を担当できるとは限らない。そのため「歴史資料」を授業で利用できる「教材」とする際に、専門的な知見からの助言を求める声は強い。
 そのために、資料保存機関・施設等が行う教員研修等で、教育委員会、大学等が連携し、それぞれの立場の専門性を活用した研修の実施が効果的であろう。例えば、①公文書館等職員による資料の紹介及び解説、②教員によるそれらの資料を活用した学習指導案・単元構成の作成、③教科教育等の研究者、教育委員会等による成果の検討、評価、修正、教育課程における位置付けの精査、④公文書館等のweb上に資料の紹介と共に、指導案・単元構成案の掲示等の研修構成及び成果の共有が考えられる。各地でこのような研修が重ねられることで、学校現場における公文書館等の利用の促進、長期的にはそれらの学習経験を経た生徒達の生涯にわたる公文書館等の利用へとつなげることが期待できよう。

おわりに
 「学校の授業のみで終わらせずに空間的には教室の外へ、時間的には卒業後まで継続させ、将来にわたって学び続ける機会や方法についての認識や姿勢を育み、生涯学習へと発展させていくことが大切である」(「解説」)。この理念の実現には、学校教育現場と、公文書館・博物館・図書館など諸施設・機関との「資料」を軸とした協業が重要である。主権者の育成の観点からも、将来に向けて「資料」が「現代の日本の課題について考察、構想する際に、叡智の継承として作用することとなる」(同上)ように、新しい連携に向けて協力をお願いする次第である。