大学文書館による大学-地域連携の試み~東京外国語大学と府中市立ふるさと府中歴史館の連携事業~

東京外国語大学文書館
倉方 慶明

はじめに

 現在、大学には教育・研究の成果を社会に還元することが求められている。平成17年、中央教育審議会「我が国の高等教育の将来像(答申)」において、社会貢献が大学の「第三の使命」とされると、翌年に改正された教育基本法においては、大学の役割として、これまでの「学術の中心」として教育・研究を担うだけでなく、その「成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与する」(第7条)ことが明文化された。これ以後、大学は社会貢献を欠かせない事業の一つとして位置付け、大学を挙げて企業・地域(地方自治体)との連携事業に取り組み始めた。各大学は学内に「地域連携センター」を設置し、大学-地域連携による町おこしや商品開発などに積極的に乗り出す大学も少なくない。そうした大学-地域連携の隆盛のなかで、大学文書館がいかなる役割を果たすことができるのか。本稿では、東京外国語大学文書館が平成28年度から府中市立ふるさと府中歴史館と進めている連携事業の事例紹介を通じて大学-地域連携の可能性を示したい。

1.東京外国語大学文書館とふるさと府中歴史館の連携事業の発端
 本学は、平成12年に府中キャンパス(東京都府中市)へ移転し、平成18年に学術研究の向上及び地域社会の発展に寄与することを目的として、府中市と協働・連携に関する相互友好協定を締結し、現在「外国につながる子どもへの学習支援」などの協働・連携事業が進められている。
 本学文書館では、設置3年目に当たる平成26年度より、大学の教育・研究成果を地域に還元し、国立大学が果たすべき地域の文化拠点としての機能を強化することを目指し、大学-府中市間の「連携・協働事業提案書」を通じて、市域の歴史に関する共同研究・連携企画展の開催を提案するとともに、同市ふるさと文化財課や郷土の森博物館を訪問するなど、連携事業の可能性を模索し始めた。一方、同じ頃、府中市では市制60周年を記念する市史編さん事業を開始し、その編さん委員として本学文書館長ら教員が事業に参画することとなった。こうした双方からの別々のアプローチによりコミュニケーションが生まれ、担当者間で府中市の歴史・文化に関する複合文化施設である、ふるさと府中歴史館(以下「歴史館」)が保管する歴史資料の整理を、本学学生の手で行うことができないか、との次なる構想が話題となった。これが大学-地域連携事業の萌芽となり、平成28年度より府中市行政文書調査受託事業と連携企画展の開催を中心に本学文書館と市の歴史館との間で連携事業が本格化した。

2.東京外国語大学文書館とふるさと府中歴史館の連携事業の概要
(1)府中市行政文書調査受託事業
 歴史館には、明治初期からの現府中市域の行政文書(非現用)などが保管されており、現行それらは簿冊単位の目録(簿冊目録)が整備され、図書館検索システムを用いた一定の利用環境が整備されている。他方で各簿冊内の文書件名は目録化されておらず、市史編さん事業における調査や一般利用者の閲覧に供するうえで、不便があった。また簿冊目録についても、歴史館が今後「公文書館」として利用環境を整備し、国立公文書館の横断検索システムに連動させるうえで、必要な項目を追記する必要があった。そこで大学文書館では、歴史館が保管する明治初期から市制施行(昭和29年頃)までの現府中市域(府中町、西府村、多磨村)の行政文書の簿冊目録・件名目録の作成と、検索性の向上に向けた調査を受託事業として行なった。

写真1 平成30年度行政文書受託事業件名目録作成風景

写真1 平成30年度行政文書受託事業件名目録作成風景

写真2 同左

写真2 同左



 本事業には本学の大学生・大学院生を採用し、平成28~30年度の3年間に、延べ34名の学部生・大学院生が、アーカイブズ学を専門とする研究者の監督の下、夏・冬期の休暇期間を中心に作業に従事した。学生にとって本事業は歴史資料に直接触れる貴重な学習の機会となっている。なお作業者には府中市からの受託費より謝金・交通費が支給されており、受託事業の作業についてはボランティアではない。
 受託事業にあたっては、まず概要調査を実施し全体の状況や必要な作業を事前に把握し、作業計画を立案した。立案に当たっては、市の担当者と協議を重ね、特に①他機関における大学-地域連携にも応用可能なモデルの構築を目指すこと、②大学-地域間交流の活性化につながる広報事業を模索すること、③個人情報等作業上知り得た情報の流出防止策を講じること、の3点に留意した。
 具体的には、全ての作業の記録化(データ化)を進め、作業者には毎回作業日誌の作成を課し、作業上に発生した課題・留意点を踏まえた作業マニュアルの作成を行うとともに、他機関において計画立案する際に必要な情報(作業時間・費用・作業の難易度)の収集に努めた。加えて、作業日誌に「特筆すべき資料群の情報」欄を設け、作業者の印象に残った文書を記録させることで、学生目線から見た資料群の魅力を抽出し、それらを後述の企画展で紹介した。
 また、地域(地方自治体)が大学(外部)に作業委託(アウトソーシング)する際に、個人情報等の漏洩は最も危惧される課題の一つとなると考えた。そのため対策として、作業者への個人情報等の漏洩防止に関する事前研修、大学の規程に基づく誓約書の提出、作業場所・使用機材の限定は無論のこと、より安全を期すために市担当者・図書館員と大学研究者が協働して、事前に「独立行政法人国立公文書館における公文書管理法に基づく利用請求に対する処分に係る審査基準」を参照しつつ、文書中の個人情報等の種類・範囲の確認を行った。
 3年目を迎えた現在、作業対象の行政文書1,676冊の簿冊目録と、そのうち関東大震災(大正12年頃)から市制施行(昭和29年頃)までの行政文書(一部を除く)の件名目録の作成を終えた。加えて、大学側からは作業マニュアルと公開に向けた提言を含む報告書の提出を行った。また、厳密には今回の受託事業の範疇ではないが、作業中に現出した個人情報の定義や保存方法を巡る諸課題に関して、市担当者と協議を行い、具体的な解決策の検討を現在進めている。このように単なる作業の外部委託(アウトソーシング)に留まらず、継続的な課題解決につながる「+α」が生まれる点も大学-地域連携ならではの魅力と言えよう。

(2)連携企画展の開催について
 本学文書館と歴史館では、連携事業の活性化と受託事業の活動成果を紹介するため、連携企画展を3年に亘り開催している。平成28年度には「府中市のなかの東京外国語大学」、平成29年度には「府中の地域資料の魅力」と題して、受託事業や市史編さん事業により明らかとなった歴史事象を紹介する連携企画展を開催し、歴史館より借り受けた行政文書・古文書・古絵図、市立中央図書館より貸借した府中市の歴史紹介映像等を本学文書館で展示した。そして、行政文書の役割・種類、保存の意義を紹介する「行政文書とは?」というコーナーを設けるなど、単なる歴史紹介に留まらない企画展の開催を模索した。平成30年度には、歴史館に会場を移し、本学の府中移転に至る経緯に関する企画展「なぜ府中に外大キャンパスがやってきたのか」を開催した。この企画展では、本学文書館と歴史館双方の所蔵資料を活用することで、本学と府中市との関係性や新たな歴史事象の解明を行ない、その成果と受託事業についての市民に紹介する機会となった。

写真3 平成30年度連携企画展「なぜ府中に外大キャンパスがやってきたのか」風景(於:ふるさと府中歴史館)

写真3 平成30年度連携企画展「なぜ府中に外大キャンパスがやってきたのか」風景(於:ふるさと府中歴史館)

 これらの連携企画展には、大学-地域側双方による発信と連携という「物珍しさ」により生まれる広報力の向上、双方の所蔵資料を活用することで生まれる内容の充実、連携による作業コストの低減といったメリットがある。特に、文書館業務のなかで展示制作は、その調査研究に係る労務コストが高い一方で、展示期間終了後にはいわば「お蔵入り」することも多い。そこで本学文書館で制作した企画展を歴史館で開催し、逆に歴史館で制作した企画展を文書館で開催することで、労務コストが大幅に削減されるだけでなく、再度利用促進に貢献できるという「一口で二度おいしい」状況が生まれる。博物館界では「モバイルミュージアム 」として知られる展示コンテンツを企業・公共施設などに貸出し、所蔵資料の活用を促す試みを応用して、連携企画を進めることも考え得る。
 これらは連携の可能性の一端であるが、連携事業を通じ、今後も新たな活動が生みだされるものと考える。

おわりに 
 現在、国は大学と地域の連携強化を後押ししている。総務省は「『域学連携』地域づくり活動」の推進を目的に、平成23年度より「域学連携」のモデル実証事業を進め、文部科学省は「地域再生の核となる大学づくり(COC(Center of Community)構想の推進)を掲げ、平成25年度から「地(知)の拠点整備事業」を進めてきた 。両者に共通するのは、地域の活性化につながる人材の育成という視点である。特にCOC構想のなかでは、大学が「地域だけでは解決できない課題」を地域と連携して解決することで、地域(社会)に貢献するだけでなく、「現実的な課題解決に参画」することで、「課題解決で得た知見を研究に反映」(フィードバック)させるとともに、学生の実践力を醸成させ、大学の教育・研究機能を向上させることが目指されている。これまでの大学の教育・研究が社会の課題解決に十分応えられていないことへの反省を踏まえ、大学-地域連携には実践力のある人材育成の場としての期待されている。
 アーカイブズ分野では、現在、国立公文書館の「アーキビストの職務基準書」をきっかけに、専門職養成の議論が再燃しつつあるが、そうした人材育成の場として大学-地域連携は大きな魅力がある。その点、上記に紹介した連携事業は未だ道半ばであり、今後、人材育成の場としての整備と他機関に応用可能なモデルの構築を進めて行きたい。