歴史公文書等保存条例の制定と鳥取県立公文書館の取組

鳥取県立公文書館
館長 田中 健一

1 はじめに

 鳥取県では、平成28年11月県議会で、歴史的に重要な公文書等の保存及び利活用に関する県、市町村、県民等の責務・役割と相互の連携・協力を定めた全国初の条例となる「鳥取県における歴史資料として重要な公文書等の保存等に関する条例」を制定し、平成29年4月1日に施行となりました。
 市町村合併や災害等で歴史公文書等の廃棄や滅失が懸念される中、鳥取県で制定した新条例の策定までの過程や基本理念、そして、公文書館で進めている取組や課題等についてご紹介します。

2 鳥取県におけるこれまでの取組

 鳥取県では、平成2年10月に都道府県で16番目に公文書館を設置し、歴史資料として重要な公文書等の保存や活用に取り組んできました。その後、平成24年4月1日には、都道府県で3番目に公文書管理条例を施行し、知事部局だけでなく教育委員会、警察本部等全15機関を対象に、公文書の作成・整理から保存・引継、廃棄までの統一化したルールや公文書館に引き継がれた特定歴史公文書等の利用のルールを定め、適正な現用文書の管理と歴史公文書等の保存・利用を進めてきました。公文書管理条例施行後の大きな変更点として、永年保存文書が廃止されて最長30年保存となり全ての簿冊が評価選別の対象となったこと、廃棄予定簿冊リストの公表により県民意見の聴取を行うようになったことなどが上げられます。

鳥取県立公文書館(全景)

(正面玄関)

3 県立公文書館の在り方についての検討

 平成28年2月県議会で、「市町村合併から10年たち、市町村の貴重な公文書等が廃棄される等の危機を迎えるものと思う。県として、市町村をリードして適切な公文書の管理を進めていくことはできないか。県立公文書館の管理に関する条例は、内向きの条例になっており、条例の見直しを検討すべき。」との質問に対し、平井鳥取県知事が「文書の保管管理という機能だけでない公文書館の在り方というのを考える必要がある。」と答弁しました。このことを踏まえ、平成29年5月に東洋大学法学部教授・弁護士の早川和宏氏を座長に、東京大学文書館准教授の森本祥子氏や県内行政機関代表で構成する「県立公文書館在り方検討会議」(以下「検討会議」という。)を設置し、県立公文書館の在り方について検討を行いました。

県立公文書館在り方検討会議

 9月までに4回検討会議を開催し、第2回と第3回の間には市町村文書管理主管課長を対象に会議を開催して検討会議の検討状況を報告し、意見交換を行いました。
 検討会議では、歴史公文書等の収集保存の基本的な考え方は「各自治体の歴史公文書等や地域の古文書等の原本は、各自治体又は地域(民間団体・個人)で保存するのが原則である」とされ、公文書等管理に係る市町村への支援を含めた県の役割や公文書館の保存資料の利活用や博物館・図書館との役割の在り方等についても議論されました。
 検討の結果とりまとめられた報告書では、県及び市町村の公文書管理の現状と課題、公文書館の役割・機能の在り方とそれを発揮するために求められる取組について報告されました。また、県内唯一の公文書館としてセンター的役割を果たし、市町村と連携・協力することと、歴史公文書等の保存主体となる県、市町村、県民の責務を条例上明記することの必要性についても報告書に盛り込まれました。報告書は、10月に早川座長から平井知事へ提出され、この報告を踏まえて、新たな条例案を11月県議会に提案することとなりました。

4 新条例の制定

 新条例は、公文書館の主管課である政策法務課とともに検討を進めました。条例案策定に当たり、市町村長等を訪問し、条例案の概要の説明と意見の聞き取りを行ったところ、「反対するものではないが、責務は重く感じられる。」といった意見もありましたが、「重要で大事な話である。我々もどのように残したら良いのか悩んでいる。」「基本的に良いことなので、よろしくお願いする。」と積極的な意見を多くいただきました。また、条例案に対するパブリックコメントを行ったところ、「この条例の制定によって公文書館の一層の充実を期待する。」という意見があった一方で「県民が保存・活用することについて義務を負わされることに反対する。」とか、逆に「努力規定ではなく「・・・なければならない」とすべき。」といった意見もありました。県議会常任委員会において、条例案を説明したところ、「「知る権利」をぜひ入れて欲しい。」という意見がありました。
 これらの様々な意見を踏まえて作成した条例案を平成28年11月県議会へ提出し、「鳥取県における歴史資料として重要な公文書等の保存等に関する条例」が成立しました。
 この条例は、歴史公文書等は県民の知る権利の保障に資するものや地域の重要な歴史事実を伝えるものなど、現在及び将来の住民全体にとって価値の高い知的資源であることに鑑み、保有主体による適切な保存と利活用を原則とし、県・市町村・県民等の相互の連携と協力により、将来の世代へ引き継がなければならないことを基本理念としています。条例では、保有主体の歴史公文書等の保存や活用に関する責務等を明記し、災害時等においては、県は保有主体等との連携と協力により、歴史公文書等の一時的な保管場所の確保その他の適切な措置を講ずることや、県立公文書館の設置・管理に関する規程を定めています。公文書館は、県、市町村、県民等が相互に連携し、協力して行う歴史公文書等の保存、利用に関する取組において中心的な役割を果たすこととされています。

5 新条例の理念を実現するための取組

巡回企画展ギャラリートーク(日野町公民館)

 平成29年度予算では、公文書館が歴史公文書等の保存利用に係る県、市町村、県民等の連携、協力した取組の中心的な役割を果たすとともに、所蔵資料を保存・利活用するための基盤整備を行うための具体的な取組が必要であると考え、「公文書館センター機能強化・充実事業」を新規に要求し、550万円余りが計上され、新条例の理念実現に向けて取り組んでいます。
 4月には、県・市町村連携の取組の推進組織として、県及び県内全市町村で構成する「県市町村歴史公文書等保存活用共同会議」(以下「共同会議」という。)を立ち上げました。
 共同会議では、市町村で共通する課題について検討するため、市町村から希望の多かった歴史公文書等の標準的な評価選別基準について検討する「評価選別部会」と、標準的な文書管理手順や文書管理規程、文書管理システムの共同化などを検討する「現用文書部会」の2つの部会を設置しました。
 また、5月には、歴史公文書等の保存の重要性や公文書館の役割をPRするため、「歴史公文書等保存条例制定記念シンポジウム」を開催しました。シンポジウムでは、検討会議の座長を務めていただいた東洋大学教授・弁護士の早川和宏氏に「歴史的に重要な公文書・古文書の保存と利活用とは」というテーマで講演をいただいたあと、沖縄県公文書館アーキビストの豊見山和美氏と鳥取短期大学非常勤講師の喜多村理子氏を交えて「残された戦時記録が語り出す」というテーマで鼎談を行っていただきました。
 さらに、歴史的に重要な資料の保存と活用の重要性について県民に理解を深めていただくため、県及び市町村が所蔵する資料を活用した鳥取県中部地震、鳥取県西部地震、鳥取大地震の巡回企画展を県内4会場で開催しました。

 図書館や博物館との連携については、これまで、レファレンスがあった際の担当者間の問合せなどの取組は行っていましたが、新たに図書館や博物館の館長との連携会議を開催し、所蔵資料の情報共有や重複資料の整理活用、今後のデジタルアーカイブズ構築に向けた検討などを行っています。また、災害発生時等の公文書館、図書館、博物館等と市町村との連携・協力実施計画についても策定しました。この計画は、市町村や県民等が所蔵する歴史的に重要な資料に滅失・破損のおそれがあり所蔵者等から要請があったときは、県の関係機関が連携・協力して資料救出・整理・保存等の支援を行い、県関係機関が所蔵する資料の滅失・破損が懸念され県から市町村に要請したときは市町村が支援するという基本ルールを定めたものです。
 災害時の県と市町村との連携に関連し、平井知事が定例記者会見で「公文書館がセンター機能を果たそうということで、市町村とのネットワークが作られた。市町村の公文書で歴史的なもの、貴重なものが失われてしまいかねないという時に、県の公文書館が出かけて行って、それを救出する対策として特殊な公文書用のケースなどを備蓄しておくことなどを6月県議会の方に諮らせていただきたい。」と述べたことから、災害時の文書の救援活動に必要な中性紙保存箱、真空圧縮袋、エタノール等の資機材の備蓄と救援対象となる文書の所在情報調査を行うための補正予算を要求し、280万円余りが計上され、現在資機材の備蓄と市町村と連携した地域の歴史的に重要な文書の所在調査を順次進めています。
 その他、公文書館の機能強化のため、公文書管理条例制定前に引き継いだ永年保存文書の再選別や利用制限事前審査、学校教育活動への支援・協力として所蔵資料を活用した歴史学習教材資料作成や児童生徒の自由研究への協力などに取り組んでいます。

6 おわりに

 県が市町村、県民等と連携・協力して歴史公文書等を将来の世代に引き継いでいくことを定めた新条例はできましたが、市町村で新条例の理念を実現していくためには「専門的な職員がいない、専任職員を配置する余裕がなく担当者に文書事務を行う十分な時間がない、文書の保管場所が不足している、歴史公文書選定の選定基準に苦慮している」等の課題があり、多くの市町村では現用文書の適切な管理にも苦慮している状況があります。このような現状を踏まえて、市町村で共通する課題について県立公文書館が市町村とともに引き続き対策に取り組み、図書館や博物館とも連携して、公文書館のミッションである「行政の活動記録、地域の文化・歴史資料である公文書などを収集・整理・保存して、県民に提供するとともに、後世に伝えること。」「地域の歴史を知り、地域に誇りをもてる人材を育てること。」をしっかりと進めていきたいと考えています。

<参考>
鳥取県立公文書館ホームページ(「市町村等との連携・協力」のページに関係資料を掲載)
http://www.pref.tottori.lg.jp/kobunsho/