企画展

令和元年度 第1回企画展 「紙に願いを―建白・請願の歴史―」

令和元年度 第1回企画展 「紙に願いを―建白・請願の歴史―」
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概要

 当館では、板垣退助・江藤新平らが提出したことで知られる民撰議院設立建白書をはじめとした建白書や、大日本帝国憲法で国民の権利として規定された請願権に基づいて国民から政府に提出された請願書を所蔵しています。
 本展では、建白・請願に関する制度の変遷とともに、時代を映し出す建白書や請願書から、当時の人びとが紙にこめた願いをご紹介します。

主な展示


民撰議院設立建白書

民撰議院設立建白書
 明治7年(1874)1月17日、板垣退助(いたがきたいすけ)・後藤象二郎(ごとうしょうじろう)・副島種臣(そえじまたねおみ)・江藤新平(えとうしんぺい)らが左院に提出した建白書。翌日の新聞「日新真事誌(にっしんしんじし)」に建白書の内容が公表されると大きな反響を呼び、政府に対して多くの建白がなされるきっかけとなりました。




足尾銅山鉱毒に関する請願書

足尾銅山鉱毒に関する請願書
 栃木県の足尾銅山から排出された有害物質によって引き起こされた農作物などの被害について、明治35年(1902)に群馬県渡瀬(わたらせ)村などの住民から出された請願書。明治34年12月、田中正造(たなかしょうぞう)が明治天皇に直訴した事件が起こったことにより、鉱毒事件に対する世間の関心が高まる中で書かれました。 同資料では、銅山における鉱業の停止、政府の手による被害地の復旧など、事件の根本的解決を求めています。




請願令

請願令
 大日本帝国憲法に定められた請願権(第30条)により、天皇や帝国議会への請願が可能となりました。当初、天皇や行政機関への請願手続きは法令などで明示されていませんでしたが、大正6年(1917)に制定された請願令により、天皇や行政機関に対する請願の具体的な手続きが定められました。