第18回国際公文書館会議(ICA)ソウル大会について

国立公文書館 統括公文書専門官室
公文書専門員 長岡 智子

はじめに

   2016年9月5日(月)から10日(土)にかけて、国際公文書館会議(International Council on Archives,以下ICA)と韓国国家記録院の共催で、第18回ICA 大会が韓国ソウル市のCoex国際会議場において開催された。ICA大会は4年に一度開かれ、東アジアでの開催は1996年の北京(中国)以来20年ぶりのことであった。今大会では「アーカイブズ・調和・友情:グローバル社会における文化的感受性、正義、連携の確保」という総合テーマのもと、前回2012年のブリスベン(オーストラリア)大会を大幅に上回る114カ国 から2,049名 の参加者を得て活発な議論が交わされた[1]。日本からも国立公文書館(以下、当館)派遣の講師等を含む60名以上が参加した。大会は、専門プログラム、国立公文書館長フォーラム、運営会合の三部で構成される。以下にそれぞれの概要を報告する。また、会期中に開催されたICA東アジア地域支部(EASTICA)の理事会等についても併せて報告する。

開会式の様子

開会式の様子



1.専門プログラム[2]

   今大会の専門プログラムでは、「デジタル時代のレコードキーピング」「協力」「正義、権利擁護、和解における記録及びアーカイブズの利用」「グローバルなアーカイブズ界における調和と友情」等の8テーマが設けられ、基調講演や分科会を合せて約250のセッションと13のワークショップ、類縁機関の視察プログラム等が企画された。ここでは基調講演と当館派遣講師による発表について紹介する。

1.1 基調講演
   大会期間中の4日間にわたり計7名の講師が登壇した。

9月6日
   ジョン・ホッキング(国連事務総長補)
   「規制の枠を飛び出し、世界へ」
9月7日
   ローラン・ガヴァー(グーグル・カルチュラル・インスティテュート)
   「技術と文化―変化と保存―」
   ヤン・ヒュンミ(グローバル・システム・フォー・モバイル・コミュニケーション社最高戦略責任者)
   「モバイル社会における人工知能、ビッグデータ、オートメーション」
9月8日
   イ・ジョンドン(ソウル大学教授)
   「創造的な試行錯誤の蓄積がもたらすイノベーション」
   イ・ペヨン(韓国学大学院長)
   「韓国の記録遺産の現代的価値」
9月9日
   李明華(中国国家档案局長)
   「中国におけるデジタルアーカイブズ資源の開発」
   エリック・ケテラール(アムステルダム大学名誉教授)
    「アーカイビングの技術」

   9月6日の開会式に続いて行われたホッキング国連事務総長補の講演は旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所等、国連の刑事法廷で書記を務めた同氏の経験を踏まえ、アーカイブズ及びアーキビストの社会的役割が主題となった。ホッキング氏は、アーカイブズによって過去を守ることは現代を守ることになり、それは飢餓・貧困・紛争といったグローバルな課題を解決し、人権を守ることにつながると訴えた。また、国際刑事法廷においてアーカイブズは悲劇を語るものであるが、同時に、その中から犯罪の兆しを読み取り、平和への糸口を見いだすことができるし、アーカイブズが裁判の証拠となって人々を助けることができる、とした。さらに、イスラム過激派に攻撃されたマリ共和国のトンブクトゥ文書を命がけで救出したアーキビストの勇敢な行動を通して、今次大会の総合テーマに込められた人道主義や友情等の理想をいかに実現していくか、アーキビストの使命について言及した。
   他の6講演はいずれもデジタルを中心に技術や技術革新の問題を取り上げており、技術の提供者、技術の影響についての観察者 、そして技術の利用者であり影響の受け手であるアーキビストの、それぞれ異なる立場からこの問題に切り込んだ。7日の講演では、先端技術の現場から、最新技術と文化を結びつける試みや、デジタル化の先にある自動化が社会に与える影響について紹介がなされ、加えてアーカイブズ・コミュニティに対する今後の進展への期待が述べられた。8日には二人の韓国人研究者による基調講演が行われ、経済工学専門のイ・ジョンドン教授は、先進国で概念設計された技術革新が新興国で実効的に浸透していく上で欠かせない「創造的試行錯誤」の過程と、それを記録するアーカイブズの重要性について述べた。
   セッション最終日の9日に行われた基調講演では、まず李中国国家档案局長が同中国におけるデジタル形式のアーカイブズ資源構築の推進状況について、全国的な開発計画の実施や、管理規程・技術標準の整備、総合的な戦略の策定という3つの側面から紹介した。最後の講演は、ICAの名誉会長で現在もアーカイブズ学の分野で教育研究を続けるケテラール名誉教授によるもので、アーカイブズの生成プロセスに係る「アーカイビングの技術」を、その影響力や、いかに技術が各プロセスの中で構造化されているか物理的観点から分析し、記録する、すなわち「技術をアーカイブする」という行為の重要性について述べた。教授はその理由として、アーカイブズの生成は社会で使われている技術に制約されるため、デジタル化が進む現代においては特に、「何がアーカイブズとして残されてきたか」を分析するうえで「技術のアーカイビング」の持つ意味が大きくなるのだとした。

1.2 日本関係のセッション
   今次大会において、当館からは以下のとおり講師等11名(外部有識者4名、当館役職員7名 )を派遣し、6つの発表と1つのワークショップ を通して日本のアーカイブズをめぐる最新動向について紹介した [3]。

ワークショップ
   被災文書の復旧
パネル発表
   アーカイブズと災害―東日本大震災から5年を迎えた日本の対応―
   青木睦(国文学研究資料館准教授)
   「日本におけるアーカイブズ・レスキュー活動のネットワーク―被災文書の復旧と保存―」
   〔高科真紀国文学研究資料館プロジェクト研究員による代読〕
   三瓶秀文(福島県富岡町教育委員会主任学芸員)
   「アーカイブズと災害―東日本大震災から5 年を迎えた日本の対応―」
   筧雅貴(国立公文書館総務課企画法規係長)
   「日本の国立公文書館による被災公文書等への対応―被災公文書等救援チームを事例に―」
発表
   波多野澄雄(国立公文書館アジア歴史資料センター長)
   「国立公文書館の二つのデジタルアーカイブの挑戦」
   増田勝彦(和紙文化研究会副会長)
   「修復素材としての和紙とその世界への普及」
   秋山淳子(札幌市公文書館公文書館専門員)[4]
   「戦時接収企業資料の整理における日豪協力」
   福井仁史(国立公文書館理事、前内閣府大臣官房審議官(公文書管理担当))
   「デジタル時代に目指すこれからの公文書管理の姿」
   加藤丈夫(国立公文書館長)
   「日本的なアーカイブズの伝統とグローバル化時代の新たな要求との調和―アーカイブズの充実に向けた企業と国の取り組み―」

(発表順・敬称略)

パネル発表の様子: 左から高科真紀氏、三瓶秀文氏、筧雅貴係長、加藤館長(司会)

パネル発表の様子: 左から高科真紀氏、三瓶秀文氏、筧雅貴係長、加藤館長(司会)

   被災文書の救出と修復に関するパネル発表とワークショップは、東日本大震災から5年を経た現在の日本で、災害に対する取組がいかに進展・深化してきたかを示そうとするものだった。パネル発表では、まず国文学研究資料館の高科真紀氏より、災害救助・復旧事例の具体的内容が報告され、次に原発事故により避難指示区域となった福島県富岡町の三瓶秀文氏から歴史資料の保護・保全活動に関する報告、さらに当館の筧雅貴係長より、被災公文書等救援チーム[5]の設置とその活動内容についての発表が行われた。パネルに先行して開催したワークショップでは、当館の救援チームでも実施している被災文書の修復作業のデモンストレーションと体験の機会を設けた[6]。いずれにも多くの参加者があり、日本の経験に学ぼうとする海外からの関心の高さがうかがわれた。
   今大会の重要テーマの一つ、デジタル化に関しては、波多野澄雄アジア歴史資料センター(以下、アジ歴)長や当館の福井仁史理事より、デジタルアーカイブ及びアジ歴のシステムの最近の整備状況等の紹介と、法制面や今後の計画との関連での包括的発表を行った。また、同じくサブテーマとして掲げられた和解と正義の問題に関連して、札幌市公文書館の秋山淳子氏より、第二次大戦時に敵性資産として接収され現在はオーストラリア国立公文書館(NAA)で保存公開されている戦前の在豪日系企業記録について、日豪両国の公文書館と研究者たちの手によって、戦争の負の遺産が友好の証へと転化してきた過程が報告された。会場ではデービッド・フリッカーNAA館長らオーストラリア側からの補足コメントも出された。
   また、「グローバルなアーカイブズ界における調和と友情」のサブテーマに関連して、日本の技術の国際的広がりの観点から、和紙文化研究会の増田勝彦氏より、和紙が世界中で修復素材として普及してきた過程と、その理由として和紙が持つ優位性についての報告が行われ、修復ワークショップと同様多くの参加者を得た。また、当館の加藤丈夫館長より、日本の企業アーカイブズと国の公文書館に共通の課題として、アカウンタビリティ確保のための記録の保存・開示の重要性が社会の一般認識になっていないこと、グローバル化に伴いその意義はさらに大きくなること、日本国内での環境整備の必要性等が紹介された。

増田勝彦氏

増田勝彦氏

秋山淳子氏



波多野澄雄アジ歴センター長

福井仁史理事

福井仁史理事



2.国立公文書館長フォーラム(FAN)

   FANは各国の国立公文書館に共通の課題を抽出し、協力して取り組むことを目的に設置されており、今回は主に人権や知的所有権の問題にどのように関与すべきか等について討議が行われた。特にICAの専門家グループが策定中の「人権支援におけるアーキビストの役割に関する基本原則」の取扱いや、国連傘下の世界知的所有権機関(WIPO)の各国政府代表への働きかけ等について取り上げられた。

3.ICA運営会合

   大会期間中にはICAのガバナンスに関わる各種会合が開かれ、当館館長はEASTICA議長を務めている関係から執行委員会と地域支部議長会議に出席した。また、年次総会では執行委員会の提案を受けて、議決権を持つ会員による重要事項の採決が行われた。

3.1 ICA執行委員会
   執行委員会ではICAの主な活動として、WIPOとオープン・ガバメント・パートナーシップ(OGP)という二つの国際的な連携枠組への参加状況について報告がなされたほか、ICAの広報面の刷新に関する発表に続き、新しい公式ウェブサイトがこの場で正式に立ち上げられた。また、来年度以降の計画として、2017年の年次会合をICAとICAラテンアメリカ地域支部(ALA)の共催で11月下旬にメキシコシティ において、2020年の次回大会をアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビで開催することが内定した。

3.2 地域支部議長会合
   地域支部議長会合はICA傘下の13の地域支部の代表による会議で、今回は主にICA総会に提出する「地域支部報告書」の最終検討等を行った。特にICA補助金の各地域支部への支給の在り方や、地域支部会員のICAにおける地位の問題等について話し合ったほか、今後4年間の戦略計画を策定することが決まった。また、地域支部議長代表が交代し、新代表としてカリブ地域支部(CARBICA)議長 でスリナム国立公文書館長のリタ・テイエン=フォー氏が選出された。

3.3 年次総会
   会期中盤の9月7日に開催された総会では、事業面・財政面の各種報告や評価委員会の答申、監査報告等に加え、ICAの事務局体制をはじめとした運営面についても報告が行われた。次年度以降の諸計画 については、2017年度の予算案及び各会員の分担金額が承認され、次回年次会合の開催地がメキシコに、2020年の大会ホスト国がUAEに正式決定した。
   また、ICA初の試みとして、技術の支配を受けるのではなく、技術を活用すること等をうたったソウル・コミュニケを採択した。

4.国際公文書館会議東アジア地域支部(EASTICA)

   日本・中国・韓国・モンゴル・香港・マカオ等の国・地域からの会員で構成されるEASTICAは、毎年持ち回りで理事会とセミナーを開催している。今年はICA大会にあわせ、セミナーに代えて公開フォーラムを行った。

EASTICA理事会メンバー

EASTICA理事会メンバー

4.1 理事会
   EASTICA理事会では事業報告として香港大学との共催で開講している既卒者向けアーカイブズ学講座の実施状況が説明されたほか、昨年度日本で開催したEASTICA総会・セミナーの記録集East Asian Archives vol. 22刊行の報告、ウェブサイトの管理についての検討等が行われた。また、会計報告・予算計画、B会員(域内のアーキビスト協会等 )の新規加盟等が承認され、2017年の総会及びセミナーを中国で開催することが決定した。

4.2 公開フォーラム
   EASTICAの会合をこの形式で開催するのは初めてのことであり、「EASTICAの今後」をテーマに、期待される役割や取り組むべきプロジェクト等について意見交換を行った。EASTICA会員を中心に約30名の参加者があり、アーカイブズ学に係る大学間協力支援、テーマ別ワーキンググループの設置、ソーシャルメディアを活用した広報展開等の提案が出された。

企業等展示会場入口

企業等展示会場入口

4.3 展示ブース
   ICA大会ではアーカイブズ団体や関連分野の企業等の展示ブースが設けられ、活発な広報活動が展開された。EASTICAもブースを出展し、EASTICA及び加盟する各国・地域の会員による対外広報の場として活用した。当館からは館のデジタルアーカイブやアジ歴の活動について、ウェブ検索の実演や広報資料の配布を行った。

おわりに

   最後に、印象に残った点をいくつか挙げておきたい。まず、開会式における主催者挨拶から閉会式で発表されたコミュニケに至るまで幾度となく言及された「技術(テクノロジー)」、なかんずく電子情報技術の問題は、その多面的・多層的な取り上げられ方から、比重の大きさや切迫性が感じられ、デジタル化は今後ともICAの中心的課題となることが予想される。他方、和紙を中心とした日本の修復技術に対する海外からの関心は依然として高く、今次大会では韓国も手漉き伝統紙「韓紙」の広報を官民挙げて熱心に行っていた。最新技術と伝統技術が併存する企業展示ブースの様子も、今大会の特徴をよく表していると感じた。
   もう一つは、自然災害とアーカイブズの問題で、これも世界共通の喫緊の課題であり、日本の経験の対外発信が求められる分野であることを確認できた。今後は資料の救助・復旧だけでなく防災の観点を取り入れながら、ICAの当該分野の専門家グループの活動に積極的に参加していくことも期待されるだろう。
   そして、特筆すべきは開催国である韓国の意気込みの強さで、多言語対応、大規模な企業展示スペースや豪華な演出の数々等には、大会成功に向けた政府の熱心な取り組みぶりが見てとれ、同時に地元児童向けの展示スペースの確保等、韓国国内へのアーカイブズやICAに関する広報の場としても最大限に活用していた様子がうかがえた。内外から多くの参加者を集め、世界のアーカイブズに東アジアのプレゼンスを示す上でも意義のある機会だったといえよう。

[1] プログラムを含む大会概要についてはhttps://www.archives.go.jp/news/201609050910.htmlを参照されたい。(2016年11月7日アクセス)
[2] ホッキング氏の基調講演原稿(英語のみ)はhttps://www.facebook.com/notes/ica-international-council-on-archives/out-of-the-box-into-the-world-by-mr-john-hocking/1074699459233504を参照。(2016年10月17日アクセス)
[3] 当館役職員及び派遣講師による発表の参考資料集はhttps://www.archives.go.jp/news/2016090509_01.htmlを参照。(2016年10月17日アクセス)
[4] 当該発表は、和田華子(学習院大学科研費研究員)、市川大祐(北海学園大学教授)、大島久幸(高千穂大学教授)、谷ヶ城秀吉(専修大学准教授)、安藤正人(学習院大学教授)との共同研究による。
[5] 当館の被災公文書等救援チームについては「被災公文書等救援チームの設置及び常総市における活動について」(『アーカイブズ』第60号所収)を参照。(2016年10月17日アクセス)
[6] 当該ワークショップの詳細については本号「ICAソウル大会修復ワークショップの実施について」を参照。