ICAソウル大会記念シンポジウム「アーカイブズの未来を考える」の開催について

国立公文書館 統括公文書専門官室
公文書専門官 中島 康比古
公文書専門員 小林 直樹
[1]

1.はじめに

   国立公文書館(以下「当館」という。)は、平成28(2016)年9月11日(日)、ICAソウル大会記念シンポジウム「アーカイブズの未来を考える」を東京都千代田区の一橋講堂において開催しました。これは、9月5日(月)~10日(土)まで韓国・ソウルにおいて開催された国際公文書館会議(International Council on Archives, ICA)大会(以下「ICA大会」という。)に合わせて日本に招いたICAの会長及び事務総長による記念講演と、それに続くパネルディスカッションを通じて、日本が目指すアーカイブズのあるべき姿について議論を行ったものです。

   パネルディスカッションでは、加藤丈夫館長のモデレートにより、記念講演を頂いたお二人に、井上由里子一橋大学大学院教授及び御厨貴青山学院大学特任教授に議論に加わっていただき、フロアからの質疑も交えて、活発な意見交換が行われました。なお、当日は、181名の参加がありました。

   ここでは、シンポジウムの概要をお伝えします。


2.記念講演 [2]

   まず、冒頭の開会挨拶で、当館の加藤館長から、ICA大会が2,000名以上の参加者を得て大成功であったこと、日本からの参加者が行った修復ワークショップをはじめとする発表等も大きな反響を得られたことなどの紹介がありました。

デービッド・リーチICA事務総長

デービッド・リーチICA事務総長

   つづいて、デービッド・リーチICA事務総長が「情報化時代のICAの役割」と題する講演を行いました。リーチ氏は、1948年の設立以来の歩みを振り返った上で、ICAは、200の国と地域から1,600以上の会員を擁するほどの規模にまで成長し、大会や会合の定期的開催やISAD(G)等の記述標準の策定などを通じて、専門機関及び専門職が相互に交流するフォーラムとして有効に機能してきたが、ICTの急速な発達やグローバル化による技術環境及び社会的要請の変化に伴い、更なる拡充と改革の加速が必要であると力説しました。


デービッド・フリッカーICA会長、オーストラリア国立公文書館長

デービッド・フリッカーICA会長、オーストラリア国立公文書館長

   次に、ICA会長であるオーストラリア国立公文書館長のデービッド・フリッカー氏が「デジタル情報の継続性-情報社会に対応するためのオーストラリア国立公文書館の改革」と題する講演を行いました。フリッカー氏は、大量の情報が高速で流通する現代社会において、政府機関は反応が遅く政策やプログラムの策定・実施が適切に行えなくなるおそれがあること、国民・住民の行政府と公務員に対する信頼が低下していることに言及し、透明性とアカウンタビリティへの要求がさらに高まっていることを指摘しました。その上で、デジタル化を一層加速させるとともに、「技術の陳腐化」に伴う「情報の陳腐化」への対応を重要な課題と捉え、脆弱なデジタル情報の継続性の確保を図るオーストラリア連邦政府の方針、そして、それをツールの開発や表彰の実施等で支援するオーストラリア国立公文書館の役割などについて紹介しました。


3.パネルディスカッション

   後半のパネルディスカッションは、「日本のアーカイブズへの期待」をテーマとし、まず、記念講演に関する井上、御厨両パネリストのコメントと質疑応答から始まり、つづいて「日本のアーカイブズへの期待」について各パネリスト間の意見交換、さらに参加者とパネリストの間での質疑応答という流れで行われました。

3.1 デジタル情報の継続性確保やアーキビストの在り方をめぐって

御厨貴 青山学院大学特任教授

御厨貴 青山学院大学特任教授

   まず、御厨特任教授は、リーチ氏が、第二次世界大戦後から世界のアーキビストたちが徐々に結集していくICAのあゆみを分かりやすく解説したことを踏まえ、日本では、アーカイブズやアーキビストの重要性が、ごく最近、特に東日本大震災という未曽有の災害が契機となり、認識されたと述べました。また、21世紀における急速な技術革新によって、アーカイブズが世界的に注目されるようになった点に言及しました。その上で、アーキビストは、一部のプロセスだけでなく全体のプロセスをみる必要があるとのリーチ氏の発言について、それは一人ひとりのアーキビストに求められているのかと問いました。一方、フリッカー氏の講演については、オーストラリア国立公文書館の先進的な取組に注目するとともに、「技術の陳腐化」は良いが「情報の陳腐化」は悪いとの意見が示唆的であったと述べ、この2つの陳腐化は同時にやってくるのか否か、またどうやってそれを止めなければならないのか、という質問を投げかけました。

井上由里子 一橋大学大学院教授

井上由里子 一橋大学大学院教授

   つづいて井上教授は、フリッカー氏の「デジタルデータの脆弱性」と脆弱性克服のための継続性の確保についての政策について言及し、日本におけるオープンデータ戦略との絡みで、保存機能をどうするかといった問題意識を新たにしたと述べました。オープンにされたデジタル情報を次世代に引き継ぐためには、現在だけではなく過去から未来までの時間軸を見据えた政策を行うべきであり、オーストラリアのように日本も国立公文書館がイニシアチブを発揮した方がよいのではないかと語りました。そして、デジタル情報の永続的な保存のためには、制度設計に加え技術的な研究と国際的な技術協力、そして標準化が課題になってくるとの認識を示した上で、リーチ氏とフリッカー氏に対して、「デジタル情報の継続性」の確保のために、オーストラリアではどのような形で技術協力がなされ、また標準化の試みが行われているか、また、ICAの役割は何か、と問いかけました。

   御厨、井上両パネリストからのコメント及び質問に対し、最初にフリッカー氏から発言がありました。まず、「技術と情報の陳腐化」について、「技術」は年々力強くコンパクトになっていくが、短期間で更新されていくものであるのに対して「情報」は日々大きくなり恒久化していくものである点を強調しました。そして、「情報」とは、将来にまでまたがる存在であり、我々がそれを記憶として必要とする限りにおいて、永遠に生き続けるものであるとしました。また、競争が激しい世界にあって、技術先進国で歴史もある日本は全世界に対して影響力を持っており、「情報の陳腐化」防止のために、力を合わせお互いの強みを生かす必要があると力説しました。さらに、「デジタル情報の継続性」について、常に「保存」に配慮する必要性を強調するとともに、「オープン・ガバメント」に関して、公的機関の情報に対する一般社会のアクセスを確保する観点から、記録を維持するということは、ただ「持つ」のではなく、人々と社会に対して有益であり続けさせることである点を指摘しました。

   つづいてリーチ氏は、アーキビスト又は記録・アーカイブズ管理専門家は、特に訓練の段階では記録管理の全プロセスについて学ぶ必要があること、例えば「私は記録管理担当だから歴史的アーカイブズの管理は関係ない」などと言うことは危険であると強調した上で、記録管理の複雑性にかんがみて、全プロセスを認識・理解した専門家が各々の専門分野を持つ必要があると説きました。また、「遺産」の保存・継承・利用という観点から、博物館や図書館についても学ぶ必要があるが、アーカイブズが政府機関のアカウンタビリティに責任を有するほか、歴史的アーカイブズを選別しそれを何世代にもわたって保存する役割を担っている点で、それらの機関とは異なることを強調しました。「デジタル情報の継続性」に関するICAの役割については、デジタル資料の技術的な陳腐化に懸念を示しつつ、UNESCO/PERSISTプロジェクト[3]の紹介をしました。最後に、ICAは、図書館、博物館等の国際組織に比べ、小さな組織であると述べ、会員等にどんどん変革を起こすよう促しました。

3.2 日本のアーカイブズへの期待

加藤丈夫 国立公文書館長

加藤丈夫 国立公文書館長

   次に、パネルディスカッションのテーマである「日本のアーカイブズへの期待」について、各パネリストが意見交換を行いました。

   御厨特任教授は、新たな国立公文書館に期待を寄せる中で、自身も実践している「オーラルヒストリー」から生まれる資料を将来的に受け入れて公開すること、各地に所在する首相経験者や政府要人の私文書等を積極的に収集すること、どこに、どの政治家の、どのような資料が存在するのかなどの情報発信を行うことへの期待を表明しました。「サービス」に関しても、公文書館が一般の国民にどのようなサービスを行っていくべきかを考えていく必要性を訴えました。その際、沖縄県公文書館の収集方針やサービスを例に挙げ、利用者と職員がサービスを通じてともに喜び合える関係を築いていく重要性を説きました。また、政治の中心地に建設が見込まれる点について、全国から訪れる見学者の見学ルートに加わることで国立公文書館の存在がより生き生きとしてくるのではないかという発言もありました。

   続けて、井上教授から、「国立公文書館の機能・施設の在り方等に関する調査検討会議」における「国立公文書館の果たすべき機能」に関する検討状況、デジタル化に関わる問題、アーキビスト人材養成の重要性の3点について発言がありました。まず、国立公文書館の機能に関する検討状況としては現在、1)保存修復機能、2)資料収集機能、3)所在情報集約・提供機能、4)デジタルアーカイブ機能、5)調査研究支援機能、6)展示学習機能に関し具体的な検討を行っており、その他人材育成、公文書館の認知度を高めるための広報活動についても議論されていると紹介し、機能ごとのステークホルダーを意識し実際の利用を促す、利用者のすそ野を広げる試みと環境整備を行う必要性を訴えました。デジタル化に関する問題については、デジタル化を行うだけではなく、利活用促進のための施策を考えることが大事であると述べました。アジア歴史資料センターの取組を例に挙げ、多言語対応・利用ガイダンス・社会科授業用の資料リスト・ウェブ上の特別展など、利活用のためのサービスが充実しており、海外でも評価が高いと紹介し、こうした成功事例を手掛かりに、他分野での取組が広がっていくことが望まれると述べました。また、最新の技術動向に目配りしつつ、技術的側面からの研究を国立公文書館が進めることへの期待を表明しました。最後に、人材養成については、国立公文書館の職員数が先進国と比較して少ないことに懸念を示し、上記にあげた機能を実現させるためには増員が不可欠である旨述べました。アーキビスト養成については、国家的にデジタル化へも対応可能でかつ現用/非現用文書管理の上流から下流まで対応できる専門職員の育成システム構築を進める必要があると述べました。

発言するフリッカーICA会長(左)と、リーチICA事務総長(右)

発言するフリッカーICA会長(左)と、リーチICA事務総長(右)

   フリッカー氏は、デジタル時代・インターネット時代においても、「建物」は国立公文書館にとって非常に重要であると語りました。それは、国の中央に位置することで、国立機関としてのステータスを示すと同時に、「過去との対話」ができるという意味で国民にサービスを提供するシンボルとなるのであり、建物自体が国民に対する宣言であり、将来に対する信頼を示すものとして、ウィンストン・チャーチルの「我々が建物を形作る、すると今度は建物が我々を形作るのだ」という言葉を引き、建物の価値とは、記録保存、人材育成、アーカイブズへのアクセスの3点あり、建物を作ることでこれらが果たされる点を強調しました。

   リーチ氏は、国立公文書館が国の意思決定の場から遠く離れている国も少なくない点を指摘し、国の中心地への移転を想定している日本の新たな国立公文書館構想は素晴らしいと述べました。また、「オーラルヒストリー」は、ICAにおいても重要テーマであるとして、公的記録や政治家の回顧録を補うほか、先住民族の口承記録を保存するものとして歓迎すべきものであるとの見解を示しました。現代のアーカイブズを担う人材については、アーカイブズの管理のみならず、行政監視、マネジメント、リスク管理や情報管理など幅広い分野に関する能力やスキルも必要であり、継続的な能力開発が必要である旨言及がありました。

3.3 質疑応答

   最後に、会場からの質疑応答の時間が設けられました。

   まず、「アーカイブすべきデータの総量と、現在世界でアーカイブされているデータの総量はどのくらいあるのか」という質問がありました。これに対し、フリッカー氏は、技術の発達によって爆発的に記録の作成量が増えた現代において、どのくらいデータがあるのかについて推計・把握することは不可能であるとした上で、アーカイブズはすべての記録を保存するものではなく、アーキビストの仕事は、日々生み出される大量の情報の中から本質的に重要な証拠としての記録を選別することであり、収集スキルを磨く必要があると述べました。

フロアからの質問に答えるパネリストたち

フロアからの質問に答えるパネリストたち

   次に、日本では地方の文書館が少ない現状の中で、地方のアーカイブズをどのように活性化させればよいかについて、フリッカー氏とリーチ氏に対して質問がありました。併せて、新たな国立公文書館に向けて、日本国内の協力体制がどのような形で出来たらよいのか、井上・御厨両パネリストにコメントが求められました。

   これに対し御厨特任教授は、地方の文書館は、資料の収集方針や所蔵している資料が多様であるが、相互に資料の所在情報等を共有するという発想で、ネットワーク化していくことが必要ではないかと述べ、そのネットワークが次第に公文書館未設置の地方自治体にも広がっていくことに期待を寄せました。井上教授も、同様に、全国における所在情報の整理と情報交流機能の検討が国で行われている旨紹介した上で、災害時の連携、支援体制の強化を訴えました。

   フリッカー氏は、オーストラリアの場合、国も地方の公文書館もそれぞれポリシーを持ち独立しているが、国のアーカイブズとしては、ネットワーク構築や様々な支援を提供できる必要があると指摘しました。その上で、一般の人々のために公文書館は存在しているのだという自覚を持ちつつ、お互い協力して能力を開発し、パートナーシップを築いていくことが大切であると述べました。リーチ氏は、国によって、中央と地方の状況はそれぞれ異なると前置きした上で、スコットランドにおける取組を例に引きつつ、地域共通のサービスを構築することも考えられると述べました。また、今後どういったシステムを構築するにしても、記録管理における情報のフローを国と地方で共有する必要性を説きました。

4.おわりに

   3時間を超えるシンポジウムが幕を閉じ、日本のアーカイブズは明るい未来に向けて歩み出した感を強くしました。4年に一度開催されるICA大会が閉会して間もない催しでしたが、参加者はアーカイブズ関係者が多く、皆一様に収穫があったものと思われます。またそれ以外の分野の参加者の方々もこれを機に、よりアーカイブズに関心を持っていただけたらと思います。

   この場をお借りして、シンポジウムに足を運んでくださった皆様に感謝申し上げます。また、井上由里子教授、御厨貴特任教授からは貴重なご意見を賜りました。そして、お忙しい中、日本を訪れ、日本のアーカイブズの未来について大いに語っていただいたデービッド・フリッカーICA会長とデービッド・リーチICA事務総長に心より御礼申し上げます。

後列左より、福井仁史国立公文書館理事、井上由里子教授、御厨貴特任教授 前列左より、D・リーチICA事務総長、加藤丈夫国立公文書館長、D・フリッカーICA会長

後列左より、福井仁史国立公文書館理事、井上由里子教授、御厨貴特任教授。 前列左より、D・リーチICA事務総長、加藤丈夫国立公文書館長、D・フリッカーICA会長

[1]本報告の執筆は、1と2を中島が、3と4を小林が担当しました。
[2]記念講演の内容については、当館ホームページにて全文(日本語・英語版)を掲載しておりますので、ご覧ください。
   https://www.archives.go.jp/about/activity/ICA2016Symposium.html
   (アクセス日:2016年11月15日)
[3]また、ユネスコのホームページ内にもUNESCO/PERSISTプロジェクトに関するページがありますので、ご参照ください。
   http://en.unesco.org/news/persist-unesco-digital-strategy-information-sustainability?language=en
   (アクセス日:2016年10月28日)