〔認証アーキビストだより〕「アーキビスト」への道

神奈川県立公文書館 関根 豊

1 はじめに
  寒さ厳しい2月半ばの昼下がり、小稿の執筆・寄稿について、国立公文書館からお電話で依頼をいただきました。「これまでの経験や業務について書いてほしい、何を書くかはお任せする」ということでしたので、あまり深く考えずに引き受けてしまいました。ところが、いざ執筆に着手してみると、これがなかなか難しく、様々なテーマで書いては消しを繰り返し、何を書くかで相当悩みました。四苦八苦した結果、私自身のこれまでとこれからについて、これを機に振り返り、まとめてみることにしました。以下では、私がどのような経過をたどってアーカイブズの現場で働くに至ったのか、またこれからアーカイブズの現場で働いていく上で注力していきたいと考えていることなどについて、この場をお借りして簡単に紹介させていただきます。
  
2 アーキビストを目指して
(1)アーカイブズ・アーキビストとの出会い
  私が「アーカイブズ」や「アーキビスト」という言葉と出会ったのは、大学の文学部史学科に在籍していた時でした。それは確か3年次唯一の学科必修科目の講義で、日本史・西洋史・東洋史、それぞれの専門家を外部から講師としてお招きし、現在の斯界の最新動向などについて学ぶ授業でした。
  日本史分野の講師として招かれていたのは、ある地方アーカイブズの現役職員の方でした。講師の先生は、アーカイブズという素晴らしい世界があること、アーカイブズの専門職としてアーキビストという職業があることを大変熱く語られました。その熱が私にも伝播したのでしょう、私は即座にアーカイブズの世界に魅了されました。その講義の直後から、様々な文献やウェブサイトを渉猟し、どうすればアーキビストになれるのか、答えを求める日々が始まりました。
  その後しばらく、当時の私なりに手を尽くしましたが、大学や大学院を卒業・修了した後、どうすればアーカイブズ機関で働くことができるのか、アーキビストへの道は明確に見えてきませんでした。そこで、当面は歴史学やアーカイブズ学といった、アーキビストとして働く上で必要となる学問を学びながら、アーキビストへの道を模索していくことにしました。
(2)大学院生活と就職活動
  大学院に進学した私は、先述の講義で紹介されていた、国文学研究資料館主催のアーカイブズ・カレッジ(史料管理学研修会)を迷うことなく受講しました。また同時に、アーカイブズの現場を少しでも知るため、様々な歴史資料保存機関でアルバイトに従事しました。さらには、偶然にも「『アーキビスト』になりたい人、『アーキビスト』業務においてスキルアップしたい人たちを応援する」グループとして、2008年(平成20)に「アーキビスト・サポート」が誕生しました[1]。これにも迷わず第1回から参加しました。このような様々な場で、アーカイブズ界の諸先輩方や、私と同様にアーカイブズに強い関心を持ち、アーキビストを志している仲間たちと交流する機会をたくさんいただきました。
  就職活動に取り組む頃、世の中にはいわゆる「リーマン・ショック」の嵐が吹き荒れていました。また、依然として学芸員などの歴史資料に関係する採用試験の倍率は相当に高く、就職氷河期の余韻も色濃く残っていたように記憶しています。そしてもちろん、常勤のアーキビストの採用試験はありませんでした。そこで私は、①アーカイブズ機関を有する組織に常勤職員として入って異動を待つ、②(当時多少募集のあった)非常勤職員としてアーカイブズ機関で働く、③アーカイブズの世界と関連する企業・団体等に就職する、という3つを選択肢として考えました。さんざん悩んだ結果、私は①を選びました。経済的な事情もありましたし、また学生なりにアーカイブズと密接に関わってきたのだから、比較的早くアーカイブズ機関に配置してもらえるだろうという淡い、見通しの甘い期待もありました。
(3)神奈川県庁に入庁
  アーカイブズ・カレッジの実習先で訪れ、他にはない公文書館制度を有していた神奈川県立公文書館(以下、「公文書館」という。)で働きたいと考え、神奈川県庁の一般行政職の採用試験を受験したところ、運良く滑り込むことができました。採用試験では、公文書館で働きたいアピールをひたすら繰り返しました。「変わった受験者だな」と多くの面接官が思ったのではないかと思いますが、時あたかも公文書管理法が制定された2009年(平成21)。こうしたことも追い風となったのかもしれませんが、まずは最初の関門を突破することができました。
  若い、未熟で愚かな私は、「あれだけアピールしたのだから、1か所目から公文書館に配属されるだろう」と考え、初めての一人暮らしの住まいも公文書館のすぐ近くに定めて入庁日を待ちました。最初の配属先は4月1日の入庁式の場で伝えられることになっていましたので、意気揚々とこれに臨みましたが、期待はあっけなく崩れ去ります。この日以後、その後9年2か月にわたって、3か所の行政現場からアーカイブズ機関への配属を遠く待ち望むこととなったのです。

神奈川県庁本庁舎

3 アーカイブズ機関で働く
(1)県庁生活10年目、ようやくアーカイブズの現場へ
  9年2か月に及ぶ行政現場での経験は非常に得難いもので、大変なこと・辛いことも多くありましたが、職場の上司や先輩・後輩に恵まれ、様々なことを経験させてもらいました。一方で、行政の実務を経験し、庁内の「お作法」等を実地に学ぶことが、その後の公文書館での業務に極めて有用であることは、当時の私は頭では分かっていたのですが、なかなか素直に受け止めることはできませんでした。いつになったら公文書館に異動できるのか、このまま年齢を重ねていくばかりで結局公文書館で働くことができないのではないかといった不安が、年を追うごとに募り始めました。何度となく県庁を辞めること、アーキビストへの道を諦めることが頭をよぎりました。
  こうした日々を送る中で、一つだけ心掛けていたことがあります。それは、アーカイブズとの縁を自分から絶たない、つながりを持ち続けるということでした。具体的には、学会活動に参加する、仲間と勉強会を行うなどです。縁の切れ目がアーキビストへの道との別れ目となるような気がして、かろうじてすがっていただけのようにも思いますが、多くの先輩や仲間との学生時代からのつながりがあったからこそ続けられたのだと、今振り返ればそう思います。
  そして県庁生活9年目の冬、チャンスがやってきます。公文書館が庁内公募を出したのです[2]。この時も、何の偶然か、同時期に公文書館の業務全体を検証する有識者会議が立ち上がり、「庁内公募等によって意欲と適性のある職員を確保」することを提言していた時でした[3]。躊躇なくこれに応募し、書類選考や面接を経て、県庁生活10年目にしてようやくアーカイブズの現場で働くことが叶うことになりました。

神奈川県立公文書館の外観

(2)「認証アーキビスト」の資格を得る
  2019年(令和元)6月、待ちに待った公文書館に配属されました。公文書館がどのような業務をしているかは理解していたつもりですが、いざ働いてみると、外から見ているものとはまた違っていて、改めて自分の不勉強を痛感しました。そうこうしているうちに、社会は新型コロナウイルス感染症と対峙することになりました。2020年度(令和2)からの2年間はほとんど休館状態で、この間は館を離れて新型コロナウイルス感染症対応業務に従事するなどし、公文書館への配属が叶ったのもつかの間、満足に公文書館で働くことができないもどかしい日々が続きました。そうした中、2020年度には国立公文書館がアーキビスト認証制度を創設しました。私も認証の取得を目指して同館主催の研修を受講するなどし、2022年度(令和4)に何とか認証を得ることができました。
(3)「アーキビスト」として何をしていくか
  アーカイブズの現場で働き始めてから、大いに後悔・反省していることがあります。それは、アーカイブズ機関で働くことそれ自体が目標となってしまい、実際に働いてから何を為すかということを考えてこなかったことです。公文書館に配属となる前にも、また着任してからも、眼前の業務に追われるばかりで、明確なビジョンを持たずに日々を送ってきてしまったことを恥じ入るばかりです。
  しかしながら、数年間にわたり公文書館での業務を経験し、改めて自身の立ち位置等を振り返って考えてみると、これから特に力を尽くしていきたいと思うことが、3点ほど見えてきました。その第一は、庁内外におけるアーカイブズの普及啓発に努めていくことです。見学対応や講座業務を担当していると、参加された皆さんから、「こんな素晴らしい施設があることを知らなかった」「今度は資料を閲覧してみたい」などといったありがたいお言葉をいただくことがしばしばあります。しかし一方で、そうした反応は、公文書館がいまだ社会に浸透していないことの表れとも言えます。これは県民だけでなく、県職員においても同様です。これからも様々な機会を通じて、アーカイブズの世界とアーキビストの仕事の魅力を地道に発信していきたいと考えています。

講座風景

  第二は、アーキビスト人材の確保・育成と、その処遇の向上です。神奈川県という組織の中で人材確保・育成に努めていくのはもちろん[4]、少しでもアーカイブズ界全体に貢献できるよう、様々な機会を通じてできる限りのことをしていきたいと考えています。また、私も含め、組織内でパイオニアとなった認証アーキビストのふるまいは、アーキビストそのものに対する評価や処遇を規定していきます。アーキビストにはどのような専門性が備わっているのか、アーキビストが組織に在籍していることでどのようなメリットがあるのか。そうしたことが組織の内外で理解されなければ、アーキビスト人材の配置・活用等は進まないでしょう。まずは自身のふるまいがアーキビスト全体の評価に直結することを肝に銘じながら、日々の業務にあたっていく必要があると感じています。
  その第三は、館外のアーキビストや機関・団体との連携です。公文書館という機関は、地方公共団体等の組織の中では基本的に唯一の存在です。自館で直面している様々な課題の解決に向けて他事例を参照する場合、必ずや組織の外、すなわち他機関の事例に学ぶ必要があります。ここにおいて、アーキビスト・アーカイブズ機関相互の連携と情報共有が非常に重要となります。当館では、全史料協(全国歴史資料保存利用機関連絡協議会)や神史協(神奈川県歴史資料取扱機関連絡協議会)といった機関相互のネットワークを、館にとって極めて有益で重要なツールと捉え、その活動に積極的に参画しています。これからもこうした「つながり」を、個人としても、また館としても、貴重な財産と位置付けて大切にしていきたいと考えています。
  
4 むすびにかえて
  さて、改めて自身の歩んで来た「道」を振り返ってみると、こうして私がアーカイブズの現場で働くことができているのは、結局のところ「運やタイミングが良かった」ということに尽きると思います。ただ、もし運やタイミング以外の要素があるとすれば、あるいはそれらがどこからかやってきてくれたのだとすれば、その源は、私自身のアーカイブズ・アーキビストに対する思いと、アーカイブズの世界とそれを通していただいた多くの方々とのつながりにあると考えます。これからもそうした思いとつながりを大切にして、少しでも本当の意味での「アーキビスト」に近づけるよう、これからの「道」に向かって日々精進していきたいと思います。

神奈川県立公文書館敷地内の散策路


  

[注]
[1]アーキビスト・サポート(ASJ)「ASJとアーキビスト・カフェ」『ネットワーク資料保存』第105号、日本図書館協会資料保存委員会、2013年9月、8-9頁。
[2]庁内公募とは、所属が設けた募集ポストに対して、当該所属への配置を希望する職員が異動希望の申込みを行い、選考の結果合格となれば、次回の定期異動時に配属されるという神奈川県の人事制度。
[3]神奈川県立公文書館業務検証委員会「神奈川県立公文書館 業務検証報告書」、2019年、(https://archives.pref.kanagawa.jp/2024/10/11/h30kenshouiinkaihoukokusho.pdf、2025年4月17日最終確認)、37頁。
[4]本県におけるアーキビスト人材の養成・確保に係る取組みについては、拙稿「職務分野「アーキビスト」の創設について―神奈川県におけるアーキビスト人材の養成・確保に係る展望と課題―」『神奈川県立公文書館紀要』第13号、2025年を参照。