宮城県公文書館 伊藤 空
国立公文書館 小林 直樹
1.はじめに
本稿は、令和6年度アーカイブズ研修Ⅱの2日目に行われたグループ討論における7班「電子公文書等の利用(閲覧)に係る課題」の報告をまとめたものです。7班メンバーの大半は、非現用文書を扱う公文書館/文書館の利用・閲覧担当者(国立公文書館、宮城県公文書館、埼玉県立文書館、徳島県立文書館、沖縄県公文書館)ですが、そこに現用文書を扱うつくば市の担当者が加わりました。そのため、電子公文書等の現用文書の情報公開から、特定歴史公文書等としてアーカイブズ機関へ移管後の資料閲覧に至るまで、各過程のさまざまな論点について議論を交わすことが出来ました。また、メンバーの中には、これから電子公文書等の移管が行われる機関もあり、利用請求や利用審査、利用方法に対する問題点について多くの意見が出ました。
そこで、グループ討論のテーマは、電子公文書等(文書に限らないさまざまな媒体を含む)の閲覧・複写等を希望する利用者への提供方法とし、特に電子公文書等の利用促進や利用者の利便性の追求について検討しました。以下では、電子公文書等の利用に際しての課題を大きく2点に分け、①移管された電子公文書等を、利用しやすい形式へどのように変換するのか、②変換した電子公文書等のファイルをどのような方法で利用者の閲覧に供するのかについて、討論の結果をそれぞれ記述します。
2.課題① 電子公文書等のファイル形式の変換方法について
電子公文書等はさまざまなファイル形式(一太郎、Word、Excel、PDF、CADなど)で移管されます。それらを、より一般的なファイル形式に変換し、閲覧出来る状態にするにはどのようにすればよいか、また、現在は使用出来ない古いもの、特殊性の高いファイル形式の電子公文書等をどのように閲覧すればよいか、などが問題点として挙げられました。これらについて埼玉県立文書館のメンバーは、利用者の閲覧に供するファイル形式を、より一般性の高いものへ限定し、統一することが必要だと主張し、班内では賛同する声が多く上がりました。ただし、ファイル形式が特殊な場合、そもそも電子公文書等の閲覧自体が不可能となる場合や、形式の変換が可能な場合にも多大な時間を要することが予想され、利用者に対して不便が生じる可能性があります。
次に、電子公文書等の利用審査上の課題が多く挙げられました。個人情報等の利用制限をする場合、マスキングや被覆の方法として、紙に出力して行うか、電子上で行うかという2つの意見が挙げられました。そのほか、つくば市のメンバーは実際の情報公開条例に基づく開示請求事例を紹介し、映像資料に含まれる人物の顔や名前などの個人情報の保護方法(例えば、モザイク処理、音声処理など)について、電子公文書等に特有の新たな課題を指摘しました。また、電子上でマスキングした情報を利用制限解除する場合には、どのように再編集するか、という課題も挙げられました。
最後に、紙の公文書等には存在しなかった、電子公文書等に特有の情報の扱いについても議論を行いました。例えば、電子公文書等の作成段階で文書を修正した際に残るログや、文書のメタデータなどは、公文書として保存の対象とするべきか。また、広島県立文書館の事例報告でも指摘されたように、移管された電子公文書等が「空ファイル」、つまり中に文書の電子データ等が何も入っていない場合にはどうするべきか。さらに、電子公文書等では原本と複製物をどう区別していくべきか。改ざんをどう防いでいくかも含めた電子公文書等に特有のさまざまな課題に対して、指針を設定する必要があると考えられます。
3.課題② 電子公文書等の利用者の閲覧方法について
本節では、電子公文書等の利用者の閲覧方法について述べます。まず大きな論点として、電子公文書等をどこで見せるかという点があります。公文書館などの閲覧室でのみ閲覧可能とするか、ウェブ上に公開するか、という2つの方法が考えられました。国立公文書館では、移管された電子公文書等を、ウェブ上にデジタルアーカイブとして公開しており、利用制限がある文書も利用審査後にマスキングされたものをウェブ上で公開しています。また、埼玉県立文書館では、完結した現用文書をウェブ上に公開するシステムがあります。一方で、大量の電子公文書等をウェブ上に公開することについては、個人や組織の重要な情報が漏えいするリスクが常に存在しており、それをどのように回避するかという課題が残ります。
閲覧室で電子公文書等を閲覧する場合には、貸出用パソコンで電子データを開くか、紙に印刷するかという点が議論になりましたが、電子データのままで閲覧出来ることが望ましいという意見が班内で多数を占めました。その際、電子公文書等の電子データを閲覧出来るパソコンやモニター等の機材の整備が課題として挙げられました。しかし、その導入には予算の問題が浮上しますし、セキュリティ対策の検討も必要となります。館保有のパソコンやUSBメモリーなどの電子記録媒体を利用者へ貸し出す場合、不特定多数の人物が利用出来る状況下では、パソコンのウィルス感染や情報漏えい等のリスクがあります。沖縄県公文書館では、スタンドアローンの閲覧用端末を準備し、セキュリティソフトや環境復元ソフトのインストール等の対策を行っています。一方で、そうした設備の環境維持についても考慮すべき重要な点です。ウィンドウズなどのオペレーティングシステムや、インストールしたアプリケーション等は、適宜、最新のものへアップデートしていくことが望ましいからです。電子公文書等の閲覧環境を整備しても、その維持、管理を怠れば、整備した閲覧環境は失われる可能性もあります。
また、電子公文書等の複写方法についてもさまざまな方法が挙がりました。例えば、埼玉県立文書館では、現在、電子公文書等の複写は、紙に印刷して利用者へ配布する方法を採っていますが、国立公文書館では、電子公文書等の電子データについては用紙への出力もしくは光ディスクへの書込みを選択出来る方法を採っています。その他、USBメモリーに複写して提供する方法や電子公文書等の電子データを利用者へ電子メールで送付する方法も考えられます。
その他の論点として、電子公文書等の閲覧に際して、パソコン操作が不慣れな利用者への対応という課題も挙がり、デジタルディバイドの問題へと議論が発展しました。さまざまな利用者の状況に応じて、公文書館職員が懇切丁寧に支援出来ることが望ましいでしょうが、人員には限りがあります。
さて、討論の中では、現在所蔵している紙媒体の公文書等をデジタルデータ化し、電子公文書等へ媒体変換することについての議論も行いました。デジタルデータへと媒体変換した後、紙の公文書は廃棄可能となるのでしょうか。宮城県では、紙の公文書の電子化事業を試行的に行いましたが、紙の公文書を電子データへ媒体変換するのには、作業過程を厳密に精査し、データの完成後は紙の正本との異同を念入りに確認するなど、多大な労力が掛かることが指摘されています。このような事例報告を踏まえ、電子データを正本とし、紙の公文書原本を廃棄するのは難しいという意見がメンバーで多数挙がりました。一方で収蔵スペースの狭隘化という課題は、多くの公文書館に共通する課題であり、電子公文書等の議論とも関連しました。
4.おわりに
以上、「電子公文書等の利用(閲覧)に係る課題」について、グループ討論の結果を記述しました。結論として、電子公文書等は、電子データのまま閲覧出来るのが望ましく、そのためには、まず出来るところから閲覧環境を整備していくことが必要です。たしかに、理想はウェブ上ですべての電子公文書等に利用者がアクセス出来、公文書館へ来館せずに閲覧・複写が可能となることです。しかし、そうしたシステムの構築には、人員や予算、その他さまざまな制約から、早急に実現することが難しい現状です。まずは、目の前の課題として、電子公文書等を閲覧室で利用に供することが出来る環境を整えること、その維持、管理の必要性について、メンバー全員の意見が一致しました。今後は電子公文書等を閲覧可能とする環境整備とその管理が必須の業務として加わります。そして、質の高い公文書館サービスを持続させていくためには、職員のデジタルリテラシーの向上が欠かせません。
最後に、中島康比古統括公文書専門官からの講評について記述し、本稿を終わります。電子公文書等の閲覧・複写は紙か電子か、という論点については、映像や音声などデジタルであるからこそ表現出来るものもあるため、必ずしも紙に印刷ということだけでは解決されず、電子公文書等に携わるアーキビストが、電子公文書等と正面から向き合うことの必要性を指摘されました。次に、電子公文書等の増加に伴うデジタルディバイドの問題については、紙の文書と比較した場合に、視覚障害者等へのアクセシビリティを高めるという利点があるというならば、電子にこそ可能性があると言えるのかもしれない、という視点を加えられました。最後に、メタデータといった電子公文書等の特有の情報をどう扱うかという議論は、「電子公文書」の定義についての問題提起を含んでいると指摘されました。例えば、エクセルで作成された公文書は、関数で計算されたものを公文書とするのか、関数そのものも公文書なのか、といったことです。電子データにはさまざまな情報が含まれるため、今後は、「電子公文書」の定義を関係する規定・規則類に記述し明確化する必要があることを指摘されました。
2日間の研修の中で、オンラインではありましたが、講義や事例報告だけではなく、グループ討論をとおして、普段職場等で話しているだけでは気付かない、さまざまな視点から課題を検討することが出来、大変有益でした。この場をお借りして、関係者の皆様に感謝申し上げます。