令和6年度アーカイブズ研修Ⅱ6班グループ報告
-実地監査を通じた電子公文書等の移管・保存に対する職員の意識醸成について-

国立公文書館 須藤 浩司

はじめに
  本稿は、令和7年2月6日、7日の2日間にわたって、国立公文書館がオンライン形式で開催した「令和6年度アーカイブズ研修Ⅱ」におけるグループ討論で、6班が行った討論内容の概要を示したものである。
  班の構成メンバーは、筆者のほか、高橋慎(茨城県立歴史館)、中元直子(東京都公文書館)、玉置佳如(愛媛県総務部私学文書課)、今村温美(高知県立公文書館)及び平尾直樹(寒川文書館)の計6名であった(所属は本研修実施時点のもの)。
  各構成メンバーの勤務環境は、電子公文書の受入れ実績、公文書管理条例及び公文書館設置の有無の点で様々だったため、各班員の多様な視点から論点が提示された[1]。
  班内の討論を通じて、公文書の移管・保存の課題については、電子公文書特有のものと、媒体を問わず共通するものとがあり、特に後者については、公文書を実際に作成・保管を行っている部署(以下「原課」という。)の意識醸成が諸課題の解決に肝要であるとの認識が共有された。よって、これを実現するための方策を中心に討論が進められた。
  なお、本稿は、筆者を含めた各班員の私見を取りまとめたものであり、所属する組織の公式な見解ではないことをあらかじめ申し添える。

1 課題の設定の経緯
  課題を設定するに当たり、班員から提示された主な論点は以下のとおりである。
○ 高知県において、原課では、移管を意識した文書の管理が徹底されていない場合がある。
     例えば、作成した文書を前年度のフォルダに保管したり、保存すべきフォルダが未作成のため既存で保存期間が
     同一のフォルダにファイルを保管したりすることがあった。
○ 実地監査において、決裁完了後の文書が文書管理システムに登録されていないケースが散見され、
     原課担当者にその場で指摘したことがあった。
○ 原課の担当者は、公文書の移管をあまり意識していないため、保存期間が満了したときの措置
     (以下「レコードスケジュール」という。)の設定を「廃棄」としがちである。
     国のような公文書館や本庁文書担当課が確認する仕組みがないため、保存期間満了を迎えた廃棄協議の段階で、
     レコードスケジュールの設定に疑問が生じた場合、公文書館等から原課に問い合わせをしても、起案当時の担当者は
     異動しており、確認が難しいケースもある[2]。
○ 文書管理システムが導入され、決裁の起案をシステム上で行うことになっているが、添付すべきファイルが
     抜けていることがある。また、紙文書と電子文書が併用される場合に、紙文書が文書管理システムに
     登録されず、紙文書と電子文書との紐づけが行われていない事例が散見される。
○ 内閣府は「標準的フォーマット」を策定しており[3]、そこでは電子公文書の作成・保存で用いるべきフォーマット
     (例:文書作成であれば、Word2007以降等)が示されている。これを決まり事として原課に徹底してもらうことが
     重要である。
○ ルールの徹底の重要性は、電子文書に限らず、紙文書でも重要であり、どのように徹底するかは、媒体に関係なく
     共通の課題である。

2 課題の設定
  上記の議論から設定した課題は、以下のとおりである。
○ 紙、電子のいずれの媒体においても、実際に公文書を作成・保存する原課の担当者が決められたルールを遵守するか
     にかかっていること。
○ これまでも研修、執務資料の作成、通知の発出等で、ルールの周知や啓発を行ってきたが、原課担当者へ十分には
     浸透しておらず、こうした座学や資料配布に加えて、より効果的な方法によって、原課担当者の意識の醸成を図る必
     要があること。

3 実地監査の概要
  ここでは、班内の議論で原課担当者の意識醸成に有用との指摘のあった高知県の実地監査について概要を示す。
 (1) 実施根拠
  高知県では、高知県公文書等の管理に関する条例(以下「条例」という。)を制定している。条例の適用範囲は、知事部局のほか、議会、教育委員会等とされ(条例第2条)、また、歴史公文書等の保存、利用、調査研究等の実施を目的とする高知県立公文書館(以下「公文書館」という。)が設置されている(条例第4条)。
  高知県公文書管理規程(以下「規程」という。)では、公文書館長を監査責任者とし、公文書の管理の状況について監査を行い(規程第7条)、監査責任者は、毎年度1回の監査を行うと規定されている(同第52条第2項)。
 (2) 実地監査の内容
ア 概要

  「公文書管理に関する監査の実施についての基本方針〈知事部局〉」(令和3年4月27日監査責任者(公文書館長)決定)によると、監査は定期的かつ、計画的、網羅的に実施する定期監査及び必要に応じて実施する随時監査がある。
  定期監査は、毎年度「公文書管理に関する監査の実施計画」を作成し、文書管理者による点検結果を活用して行う書面監査と、文書の保管状況等を実地で確認する実地監査を併せて行い、その結果は、毎年度12月末までに総括文書管理者である総務部長に報告される。
  また、テーマを設けた特別監査、不適切事例等が発生した場合に行う個別監査、改善措置の確認等を行うフォローアップ監査を必要に応じて行うとされる。
なお、スケジュールについては以下のとおりである。

  7月   実施計画を各所属へ通知
  8月   総括文書管理者から監査責任者へ点検結果を送付
  8月~10月   書面監査(随時各所属へ確認、問い合わせ等)
  9月~10月   実地監査(15所属)
  12月末   総括文書管理者(総務部長)へ報告
  1月   総括文書管理者(総務部長)が措置方針を取りまとめ監査責任者(公文書館長)へ通知

イ 実施結果
    令和6年度の実施内容は以下のとおりである。
    ・書面監査(対象:135所属)
    ・実地監査(対象:15所属)
    ・実施期間 9月初旬~10月末
    ・監査実施職員:7名(1所属に2名)
  (3) 実施の効果
○ 実施の1か月前に対象となる所属に通知するものの、監査で実際に確認する行政文書ファイルまでは事前に
     明かしていない。
○ 実地監査の当日、対象となった所属の執務室において、書架やパソコンを確認し、作成した電子文書が文書管理
     システムに登録されていないなどの不備を見つけた場合、その場で担当者に指摘し改善を求めている。
○ また、実地監査は、担当者と直接やり取りするため、制度の趣旨を直接説明したり、現場の実情や問題意識に接したり
     する機会ともなっている。
○ 実地監査で指摘した事項を全職員に共有するほか、監査で把握した課題を具体的に示すなどにより、実践的な内容の
     研修が可能となった。

4 効果的な実施方法
  以上のとおり、実地監査は、原課担当者の意識醸成に有効であり、また、監査で得た知見を研修に反映し、組織全体に共有できる有効なアプローチであることが確認できた。
  さらに、班内では、実地監査が有効に機能するための在り方について議論した。
  「監査」とは、事務・業務の執行の正否を調べるために行われるものであり[4]、一般的に監査を実施する側と受ける側との間は緊張関係にあるため、監査側が原課の不備を厳しく指摘する姿勢だけでは、受監する原課の態度を頑なにしてしまい、公文書管理に関する意識の醸成に資する対話は困難となる[5]。
  したがって、監査に当たっては、原課担当者に対して、文書管理の不備を指摘するためだけに行っているのではなく、業務を改善するための対話としての側面を有していることを、事前に研修や実地監査の開始時に説明することが重要である。また、監査側が現場でルールの教示や具体的な改善方法の提案を行う姿勢を示し続けることは、実地監査を受監する原課の担当者のみならず、組織全体の職員からの信頼獲得につながると考えられる。もちろん、監査の主目的は、コンプライアンスの確保であるから、これを損なうような「緩い」監査を行うべきではないことは言うまでもない。

5 おわりに
  当班では、「電子公文書等の移管・保存に係る課題」に対して、実際に電子公文書を作成・保存を行っている原課担当者に対する各種ルールの浸透及び意識醸成のための効果的なアプローチの在り方について検討を行った。
  検討を通じて、実地監査は、文書管理の適否を確認するのみならず、原課の担当者に対面で直接働きかける機会であり、適正な電子公文書の作成・保存、そして移管に対する意識醸成のための有効なアプローチであることを確認した[6]。
  各自治体で、公文書管理条例、公文書館の設置、実地監査の根拠規定等の有無は様々であり、本論で示したアプローチを班員が所属する自治体等にそのまま当てはめることは困難である。しかしながら、班員間で電子的公文書の保存・移管に対する職員の意識醸成における有効なアプローチの在り方を考察できたことは、本研修の大きな成果であったといえる。

  
  

[注]
[1] 地方公共団体における公文書管理のルール制定や公文書館設置状況等については、内閣府ウェブサイト「地方公共団体における公文書管理の取組調査」(令和6年7月26日公表)を参照。〈 https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/local/mieru/mieru.html 〉 (最終閲覧日令和7年2月27日)
[2]公文書等の管理に関する法律第5条第5項では、「行政機関の長は、行政文書ファイル及び単独で管理している行政文書(以下「行政文書ファイル等」という。)について、保存期間(延長された場合にあっては、延長後の保存期間。以下同じ。)の満了前のできる限り早い時期に、保存期間が満了したときの措置として、歴史公文書等に該当するものにあっては政令で定めるところにより国立公文書館等への移管の措置を、それ以外のものにあっては廃棄の措置をとるべきことを定めなければならない。」(下線部筆者)と規定している。この趣旨は、行政文書ファイル等の作成(取得)者が関与できるよう、評価・選別を早期に行うことが重要なためとされる。公文書管理研究会編『令和4年改正対応 逐条解説 公文書管理法・施行令』(ぎょうせい、2023年)、45頁。
[3] 『行政文書の管理に関するガイドラインの細目等を定める公文書管理課長通知』(令和4年2月10日内閣府大臣官房公文書管理課長通知、令和7年2月14日一部改正)、9頁。
[4]『法律用語辞典』第5版(有斐閣、ジャパンナレッジ版)
[5]『行政文書の管理に関するガイドライン』では、監査の目的に、コンプライアンス確保のほか、「具体的な指導を継続することにより、組織としての文書管理レベルの向上と職員一人ひとりの文書管理スキルの向上」を掲げている。『行政文書の管理に関するガイドライン』(平成23年4月1日内閣総理大臣決定、令和7年2月14日一部改正)、29頁。
[6] 紙文書においても、実地監査は有効なアプローチだが、よりシステマティックに文書管理を行う電子公文書においては、原課担当者へのルールの周知、遵守の徹底などの意識醸成はより有意であると考えられる。