アジア歴史資料センター将来構想「Vision2030」の概要と進捗状況
―「歴史教育への貢献」を中心に―

国立公文書館アジア歴史資料センター研究員 水沢光

1. はじめに―アジ歴の過去・現在・未来―
  アジア歴史資料センター(以下「アジ歴」)は、2021年に開設から20周年を迎えた。アジ歴は設立以来、資料の共有を通じた近隣諸国との相互理解の促進という理念のもと、国が保管するアジア歴史資料に独自の目録情報を付加したデータベースを構築し、オンライン上で公開することを使命としてきた。近年は特に、その独自の役割として、次の2点に重点的に取り組んできた。

(図1)アジア歴史資料センターHP

(1)戦後資料の公開
  終戦70周年を迎えた2015年に安倍内閣のもとに設置された「21世紀構想懇談会」の報告書を受けて、アジ歴諮問委員会は、「おおむね1972年までに作成されたアジア歴史資料」を公開対象にするよう提言した。この提言に基づきアジ歴では、国立公文書館及び外務省の協力を得て、2017年度から戦後資料(戦後の行政文書や戦後外交記録など)の公開を開始した。

(2)リンク提携機関の拡大
  「アジア歴史資料のハブ」を目指すことを求めた2012年のアジ歴諮問委員会の提起を受けて、アジ歴では類縁機関とのリンク形式による連携を進めてきた。2013年に琉球大学附属図書館と協定して以来、2024年3月までに合計11機関とリンク提携を行い、国立公文書館、外務省外交史料館及び防衛省防衛研究所の三機関以外のアジア歴史資料についても幅広く提供するよう努めてきた。

  アジ歴では、上記の取り組みを進めるなか、開設20周年を迎えるにあたり、今後10年を目途にアジ歴が進むべき方向性について、諮問委員会から提言をいただいた。本稿では、諮問委員会の提言「アジア歴史資料センターの今後のビジョンに関する提言―より幅広いユーザーの期待に応えるために―」(以下「Vision2030」)(2024年11月公開)の内容を紹介するとともに、これまでの進捗状況を報告する。今回の報告では、多岐にわたる提言項目のなかでも、今後のアジ歴の活動として重要性が高まっている「歴史教育への貢献」に焦点をあてて論じることとしたい。

2. アジ歴将来構想「Vision2030」の紹介
  「Vision2030」では、(1)歴史研究・歴史教育への貢献、(2)ユーザーの拡大を通じた一般ユーザーへの還元の2項目に分けて、アジ歴における今後の取組方策をまとめている。その概要は以下の通りである。

(1)歴史研究・歴史教育への貢献
(ア)1972年までの戦後資料の公開を着実に進めていくとともに、ニーズの高い戦後資料のさらなる公開のため、対象時期の延伸に向けて、協議を進める。
(イ)リンク提携事業の推進や関係機関との積極的な交流を通じて、諸機関を「つなぐ」役割を担うことで、アジア歴史資料のネットワークの構築に貢献する。
(ウ)資料の全文テキスト化について、情報収集を図り、対応方針を検討する。
(エ)英語による情報提供の強化を推進するとともに、海外におけるアジ歴活用事例の積極的な紹介に努める。
(オ)学生・生徒を対象とする歴史教育について、アジ歴がどのような形で貢献できるか検討を進める。

(2)ユーザーの拡大を通じた一般ユーザーへの還元
上記(1)で述べた歴史研究・歴史教育への貢献に加え、今後は、アジ歴のデジタルアーカイブの有効活用のためにも、国内外の一般ユーザーの多様なニーズに応える必要がある。
(ア)既公開目録データの遡及的更新作業をさらに推進する。
(イ)「ニューズレター」「インターネット特別展」などのコンテンツの「更なる充実化・魅力化」に努めるとともに、一般ユーザーにも利用しやすいサイト構成を検討する。
(ウ)アジ歴YouTubeチャンネルの充実化など「新しい広報」に取り組む。
(エ)講師派遣などの啓発活動を推進する。

3. 「Vision2030」の進捗状況
  2024年8月時点での各項目の進捗状況は以下の通りである。

(1)歴史研究・歴史教育への貢献
(ア)2023年度も引き続き、戦後資料の公開を進めた。1954年11月に調印された日本ビルマ間の平和条約、1955年の重光外務大臣訪米などに関する資料を公開した。
(イ)2024年2月に新聞通信調査会の『同盟旬報/同盟時事月報』を公開した。2024年3月に新規に山口大学図書館とのリンク提携に調印した。
(ウ)国内におけるくずし字解読AI開発をリードしている国立国会図書館などに聞き取りを実施し、現在のくずし字解読AIの水準や事業展開、オープンソース化などについて現状を調査した。
(エ)2023年7月に南京大学中華民国史研究センター主催「海外のアーカイブコレクションと近現代日中関係の学術ワークショップ」に参加し、アジ歴の取り組みやアジ歴資料を活用した研究発展の可能性について報告した。
(オ)高等学校向けの試験的な出前授業を実施した。

(2)ユーザーの拡大を通じた一般ユーザーへの還元
(ア)2023年度は、外務省外交史料館提供「戦前期外務省記録」(約2,000件)、防衛省防衛研究所提供「大日記甲輯」(約4,600件)の既公開目録データの更新作業を行った。
(イ)2023年度インターネット特別展「「普選」への道」を2024年3月に公開した。
(ウ)アジ歴オンラインセミナーのYouTube動画を公開した(2024年3月に第5回セミナー、4月に第6回セミナー、8月に第7回セミナーを公開)。
(エ)2023年度は、国内10カ所、海外2カ所(上海師範大学(オンラインにて実施)、南京大学)で講習などを実施した。

  以下では、Vision2030(1)(オ)「学生・生徒を対象とする歴史教育への貢献」について、試験的に行った出前授業の内容とそこから見えてきた今後の展望を報告する。

4. 「歴史教育への貢献」への取り組み(1) 鈴鹿中等教育学校

    日時:2023年10月16日14:20~16:10(途中休憩10分)
    場所:鈴鹿中等教育学校(三重県鈴鹿市)
    講師:髙島笙(アジ歴研究員(当時))

  授業は「総合的な探究の時間」を活用して実施した。前半では、「歴史学の研究って何をするの」と題して、講師の仕事や研究内容を紹介し、国立公文書館の広報用紹介ビデオを視聴した。後半では、インターネットでの先行研究や歴史資料の探し方を扱った。主要なデジタルアーカイブを紹介し、講師が画面上で1947年の学校周辺の航空写真を掲出し、アジ歴公開資料に基づいて、付近に軍事施設があったため現在でも工場や直線的な道路が多いという鈴鹿市の歴史を解説した。
  講師によるメインモニターでの実演後、生徒が各自でアジ歴を利用する時間を設けた。学校側で3人1台の割合でノートパソコンを用意してもらっていたため、3人1組で話し合いながらアジ歴を利用する形をとった。調べたいことの調べ方が分からない場合は呼び止めるように伝え、講師も会場を回ったところ、自身の居住している地域を調べたいとの希望が多かった。検索体験のパートでは、生徒は楽しそうに検索及び資料閲覧を行っていた。
  当該学校での聞き取りによれば、文系の探究活動については内容が確立されておらず、理系だと小規模な実験で済ませることができるため、探究活動は理系に偏重しがちとのことであった。そうした意味でも、インターネット上での歴史資料へのアクセス方法を教示する本授業は好評だった。なお、視察等からは、授業時間に余裕がない中で、歴史総合科目へのコミットメントは困難であると認識せざるを得なかった。

(図2)鈴鹿中等教育学校での授業
(※)プライバシー保護のため画像を一部加工しています(以下同様)

    5. 「歴史教育への貢献」への取り組み(2) 城北高等学校

    日時:2024年6月11日(火)10:10~11:50(途中休憩10分)
    場所:城北高等学校(東京都板橋区)
    講師:水沢光(アジ歴研究員)

  授業を行ったのは、日本史と世界史の2科目選択のクラスで、生徒は歴史への興味や関心が高い様子だった。授業は「世界史探究」の時間を活用して実施した。前半では、講師の仕事や研究内容を紹介し、国立公文書館の広報用紹介ビデオを視聴した。後半では、アジ歴や国立公文書館のデジタルアーカイブを利用して、実際に資料を検索閲覧する機会を設けた。冒頭で講師がメインモニターで、学校近くの都立城北中央公園に関する国立公文書館所蔵資料を紹介した。資料は、第二次世界大戦中に防空緑地として現在の都立城北中央公園が整備されることが決まった際のもので、学校周辺の地図などを含む視覚に訴える資料に生徒は見入っていた。
  授業準備に時間がかかるが、身近なスポット等の資料を紹介することは生徒の興味を引き出す上で有益だと実感できた。講師による資料紹介の後、生徒が各自で資料を検索する時間を設け、身近な地方自治体や鉄道などの路線や駅名などを検索するように促した。生徒には事前に各自のパソコンやタブレットを使用する旨、アナウンスしていたため、多くの生徒が自分の端末で、積極的に資料を検索閲覧していた。
  授業後のアンケートでは、アジ歴での検索体験、情報の調べ方やキーワードの選定についての内容が興味深かったとの意見が多かった。また、自由記述では、「歴史上の出来事の一次資料に触れた経験は今までなかったので新鮮だった」「歴史的文書は本でしか見られないと思っていたがインターネットで閲覧できることを知って驚いた」「歴史的事件だけでなく身近な事柄についての資料も見られたのが面白かった」といった感想が寄せられた。

(図3)城北高等学校での授業

6.おわりに―今後の展望―
  高等学校の新学習指導要領(2018年告示)では、必履修科目「歴史総合」や選択科目「日本史探究」「世界史探究」が設置され、資料を活用して生徒が問いを表現したり、内容の理解を深めたりする教育を重視するとの方針が打ち出された。新学習指導要領の解説では、「デジタル化された資料」の活用も盛り込まれており、アジ歴などのデジタルアーカイブにとっては、「歴史教育への貢献」が喫緊の課題となっている。
  こうした社会状況を受けて、アジ歴将来構想「Vision2030」では、「歴史教育への貢献」を今後の活動の重点項目として取り上げた。「Vision2030」に基づいて試験的に行った高等学校での出前授業では、生徒が積極的に資料検索に取り組む姿が印象的であった。生徒の興味関心が高い場合には、地域に根差した資料を準備したり、適切な検索課題を用意したりすることで、高校生向けの出前授業が可能であることが確認できた。今後は、より広範な生徒層を対象に、アジ歴データベースを活用した「歴史教育への貢献」のあり方を検討していきたい。

参考資料:
・国立公文書館アジア歴史資料センター「アジア歴史資料センターの今後のビジョンに関する提言―より幅広いユーザーの期待に応えるために―」(「Vision2030」)2024年11月公開。
※リンク先:https://www.jacar.go.jp/about/documentstable/JACAR_Vision2030.pdf
・国立公文書館アジア歴史資料センター『アジア歴史資料センター20年の歩み』2021年。
※リンク先:https://www.jacar.go.jp/about/documentstable/JACAR_20years_of_history.pdf
・藤野敦「新学習指導要領における公文書館等との連携について」『アーカイブズ』第72号、2019年。
※リンク先:https://www.archives.go.jp/publication/archives/no072/8866
・波多野澄雄『国家と歴史 戦後日本の歴史問題』中公新書、2011年。