新館開館に向けた国立公文書館のビジョン

国立公文書館
館長 鎌田 薫

はじめに
  国立公文書館は、令和11年度末に新館が開館し、3館体制に移行することを目指し、わが国の公文書管理を担う中核的な施設(Center for Archives)としての地位を確立すべく、それにふさわしい体制の整備に向けた改革を進めている。幸い令和6年度には、定員20名の増員と破格の予算増が認められたが、これは文字通りの第一歩であり、あるべき国立公文書館の実現に向けての歩みをさらに強力に進めていくためには、全館をあげてビジョンの具体化に向けた気運を盛り上げるとともに、広く社会的な理解を得ていくことが必要である。

1.国立公文書館の役割
  国立公文書館は、昭和46年(1971年)に設置されて以来、特定歴史公文書等を保存し、一般の利用に供する等の事業を行ってきた(国立公文書館法第4条参照)。これに加えて、公文書等の管理に関する法律(平成21年法律第66号。以下「公文書管理法」という。)は、公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源であり、主権者である国民が主体的に利用し得るものであることにかんがみ、行政文書等を適正に管理し、歴史公文書等の適切な保存および利用等を図ることが、行政の適正かつ効率的な運営と、現在および将来の国民に対する説明責任を全うすることに資するものとして、国立公文書館が特定歴史公文書等を一般の利用に供することの社会的意義を明確にしている。

2.新館に向けたビジョン
  国立公文書館に期待される上述したような役割にかんがみ、新館開館を機に実現されるべき改革の方向性に関しても、第一に現在および将来の国民にとって、第二には行政機関等にとって、第三に地方公文書館をはじめとする国内外の他機関等にとって、より有用で、利用しやすいものとすることが、主要な柱となるべきであると考えている。これらについては、今後とも、関係の方々や識者の御意見を広く賜っていきたい。

    (1) 国民との関係
    (ア) 所蔵資料の範囲の拡大
  近年「他の法律又はこれに基づく命令に特別の定めがある」ため公文書管理法の適用が除外されている文書(公文書管理法第3条)のうち、「刑事参考記録」の移管が少しずつ進み、公文書管理法第2条第4項第1号によって行政文書から除外されている「官報」が官報の発行に関する法律(令和5年法律第85号)の成立により国立公文書館に移管されることが決定した。
  このほか、国立公文書館の有用性を高めるために、たとえば「国立公文書館の機能・施設の在り方に関する基本構想」(平成28年3月31日国立公文書館の機能・施設の在り方等に関する調査検討会議)で求められている、体系的・組織的な調査に基づく内閣総理大臣等の日記などの寄贈寄託の更なる促進など、国立公文書館の所蔵資料を補完することができる民間の資料の収集を行う。また、訴訟記録等の国立公文書館への移管範囲の拡大についての議論にも寄与していく。
  さらに、諸外国では利用頻度が高いがわが国では公文書管理法の適用が除外されている戸籍や不動産登記簿等の文書について、制度および施設の整備等も含めて、受入れの可否を検討することや、議員立法に係る資料等の立法府文書を受け入れることの可否や妥当性について検討することが必要になることも想定される。
    (イ) 所蔵資料の利活用を促す取組
  デジタル技術を用いた検索性・利便性の向上、展示・学習・研修等の充実等を通じて、誰もが容易に所蔵資料を利活用できる環境を整備する。そのために、紙ベースの資料のデジタル化の推進、レファレンス窓口の開設等の機能強化、デジタルアーカイブの拡充、学習プログラム開発等の教育支援や公文書館および公文書管理制度に関する普及啓発活動に積極的に取り組む。
  これらにより、国民が公文書と公文書館制度を自らのものと認識し、さらなる利活用を進めることを促していきたい。
    (2) 行政機関等との関係
  こうした公文書等の利用の充実のためには、行政機関をはじめとした公文書等作成機関における適切な管理・移管を前提とすることは言うまでもないが、公文書管理法の理念は必ずしも十分に定着していないとの指摘もあることから、公文書等の作成・整理・保存・移管・廃棄等の各段階における行政機関等への指導・助言・支援を一層強めていく必要がある。
    なお、法令等の運用や改正提案をするに当たっては、当該法令等がどのような検討を経て策定されたのかを精査することが必要であり、その経緯を記録した公文書等は国立公文書館等に移管された後であっても現用文書と同等の価値を有しているのであって、国立公文書館は行政機関等の業務の適正かつ効率的な運用に資するものであることを忘れてはならない。
    (3) 国内外の他機関との関係
  公文書管理に関する専門機関である国立公文書館(Center for Archives)は、国全体の公文書管理の水準を向上させる役割も担うべきであり、そのために、行政機関その他の国家機関だけでなく、地方公共団体、国内外の公文書館や類縁機関と連携、協力を強め、公文書管理および公文書館の在り方についての情報発信と文書管理への支援をしていくことが望まれている。こうした活動を有効で信頼度の高いものにするために、公文書管理と公文書館の業務に係る理論と実務の両面を見据えた基盤研究を行う調査研究拠点(アーカイブズ・シンクタンク)を構築する。アーカイブズ・シンクタンクでは、国内外の先進事例などを参考にしつつ、アーカイブズにおける中長期的な課題に対する調査研究を行うことを想定しており、その成果を提言や支援という形で国立公文書館の行う様々な取組に反映させていきたいと考えている。

3.今後の展望
  国立公文書館は、前述したように、公文書等を現在および将来の国民の利用に供することで、国等の諸活動の評価・検証を促すことを任務としている。規制改革後の日本社会は、「事前の行政規制から事後的司法的救済へ」という標語で語られる自由競争社会になっているのであるから、従来以上に行政の透明性・事後的検証の可能性が求められており、適切な公文書管理の重要性が増している。また、上述したように、現在の法令や政策がどのようなデータに基づいて課題を認識し、どのような政策目的を立て、その目的を達成するためにどのような手法を用いたかを精査しなければ、当該政策の適正な運用も、改革もできないと考えることがEBPM(Evidence Based Policy Making)の理念に沿ったものということができることから、今後ますます政策立案過程に関する資料(ネガティブ・データを含む)が重視されていくものと思われ、こうした動きに適合した公文書管理の在り方を検討し、実現していく必要がある。
  また、公文書管理制度が適切に運用されるには、専門的知見を備えた人材を育成することが重要である。国立公文書館は、令和2年度より「認証アーキビスト」の認証を開始し、令和5年度末までに323名の認証アーキビストを誕生させ、令和6年度には准認証アーキビストの認定を始め、既に176名を認定し、アーキビスト養成の裾野を拡大させている。さらに、アーキビストたちの高度な専門的能力を真に必要な事項に効率的に活用することができるよう、公文書管理の基盤整備および業務運営に係る重要問題について専門的な知見に基づいた検討をし、提言をすることに注力できる環境を整えることが重要であり、そのためには、先端技術も活用した業務の効率化を実現するとともに、人員の適正配置を実現する必要がある。
  既に触れたように、国立公文書館に移管される文書の範囲も、国立公文書館に期待される機能も拡大しつつあり、国立公文書館の組織形態や法的権限等についても抜本的な見直しをする必要がないか、幅広い観点からの検討も求められるようになりつつある。新館開館に向けて一定の制度改正が必要となるこの時期は、抜本的な改革をなし得る千載一遇の好機であり、これをどう活かすことができるかが、今後数十年の国立公文書館の在り方を決めることになるという緊張感をもって、ビジョンの具体化に取り組んでいきたい。