独立行政法人国立公文書館監事・弁護士 鈴木洋子
1.はじめに
女性初の弁護士の一人で、後に裁判官にもなった三淵嘉子さんをモデルとしたNHK朝の連続テレビ小説「虎に翼」が話題となっています。史実も踏まえながら、主人公・寅子が女性初の弁護士として、裁判官として、男女を問わず誰もが尊重される社会を目指して奮闘するストーリーに、共感される方も多いのではないでしょうか。
当館は、国の行政機関などから移管された公文書等を保存管理し、一般の利用に供しています。当館が運営する「国立公文書館デジタルアーカイブ」(以下、「デジタルアーカイブ」といいます。)では、インターネットを通じて、所蔵資料の目録情報の検索、デジタル化した画像の閲覧等が可能です。令和6年3月末時点で、当館所蔵資料の約26%(約44万冊)がデジタル化されています。
「虎に翼」に関係する当館所蔵資料について、当館の公文書専門官(認証アーキビスト)[1]の協力を得て、 主人公・寅子が法曹への道を切り開いた過程を辿りながら、ご紹介いたします。
2.弁護士法の改正
「虎に翼」第2週で、昭和7年、弁護士資格を女性に認める法改正が今回も通らなかったという知らせに、寅子たち明律大学女子部の仲間が深く落胆し、中山先輩が泣いているというシーンがありました。
翌年(昭和8年)に改正される前の弁護士法(明治26年法律第7号)2条1号では、「男子たること」が弁護士資格の要件とされていたところ、法改正で、この性別要件が削除されました。この改正前、改正後の弁護士法の御署名原本は、デジタルアーカイブで閲覧することができます[2]。改正前の弁護士法2条1号を見ると、寅子たちの悔しさが伝わってくるようです。
昭和8年改正の弁護士法(昭和8年法律第53号)の閣議書も保存管理されており、デジタルアーカイブで閲覧できます[3]。
この閣議書の中にある弁護士法改正理由(48頁ないし53頁)について、特に51頁に胸が熱くなる記載があり、画像でご紹介いたします。
当館の公文書専門官の協力により、上記画像の弁護士法改正理由(51頁1~7行目)の書き起こし文を以下に示します。なお、書き起こしするにあたって、カタカナを平仮名に改め、旧字体を新字体に直しています。
次に従来弁護士たる者は男子のみに限られたるか本案に於ては女子も又男子と同等に弁護士たることを得るものと為したり蓋し近来女子教育の進歩並に一般社会の趨勢に鑑み特に女子に対し弁護士の門戸を閉し置くの必要なきのみならす女子に関する特殊事件に付ては却て女子の弁護士を必要とする場合あるを認識せらるるか故に此の際女子に対しても弁護士たり得る門戸を開放したる次第なり。
女子教育の進歩や一般社会の趨勢という社会状況の変化に加え、女子に関する特殊事件についてはかえって女子の弁護士を必要とする場合があるという指摘には、現在もなお、女性弁護士に対する市民のニーズがあると思われ、それに自分が応えられているのか、身が引き締まる思いがします。
なお、改正前の弁護士法(明治26年法律第7号)の閣議書も当館に保存管理されており、デジタルアーカイブで公開されています[4]。
3.高等試験合格
「虎に翼」第6週では、昭和13年に、寅子が高等試験に合格します。当館が保存する「高等試験及第者報告綴」の昭和13年の合格者名簿に、三淵嘉子(当時は「武藤嘉子」)、中田正子(当時は「田中正子」)、久米愛の名前が確認できます。なお、「高等試験及第者報告綴[5]」 は公開資料ですがデジタル化されていないため、当館に来館のうえ閲覧[6]等していただく必要があります。
4.日本国憲法の公布・施行
「虎に翼」第1回の冒頭と第9週で、焼き鳥が包まれた新聞紙に掲載されていた「日本国憲法」を読んだ寅子は、憲法14条に感動しています。第12週から登場する「轟法律事務所」の壁にも、憲法14条の条文が大きく書かれていました。
当館では、新・旧憲法、詔書等を所蔵しており、デジタルアーカイブでも主要な資料として、トップページで紹介しています[7]。
また、デジタルアーカイブとは別に、当館ホームページでは、過去の展示会についてデジタル展示を行っており、日本国憲法の制定等に関する資料を展示した「誕生 日本国憲法」及び「再建日本の出発」がご覧いただけます[8][9]。
5.民法改正
「虎に翼」第10週では、昭和22年、寅子は司法省の人事課長に、裁判官として採用するよう掛け合います。裁判官としては採用されませんでしたが、民事局民法調査室で、民法の「第4編 親族」と「第5編 相続」の法改正を担当しました。史実でも昭和22年12月22日、民法の一部を改正する法律(昭和22年法律第74号)が成立します。
デジタルアーカイブで、民法改正時の閣議書を見ることができます[10]。閣議書の最終頁(249頁)に法案改正理由の記載がありますが、「日本国憲法の施行に伴い、民法の一部を改正する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である」という至ってシンプルなものです。
また、前述のデジタル展示「再建日本の出発」において、民法改正に関する資料(昭和21年の我妻栄委員による「民法改正要綱と家族制度との関係」等)も展示されています[10]。
ところで、民法の法案改正理由について、閣議書ではシンプルな記載でしたが、国会では、提案理由が詳しく説明されています。国会での説明内容は、「国会会議録検索システム」[11]で見ることができます。第1回国会での説明の冒頭部分を以下、引用します[12]。
○委員長(伊藤修君) それではこれから委員会を開きます。本日は予備審査のために本委員会に付託されました「民法の一部を改正する法律案」を上程いたします。まず政府の御説明を伺います。
○國務大臣(鈴木義男君) 民法の一部を改正する法律案について、提案理由を御説明申上げます。
日本國憲法は、その第十三條及び第十四條で、すべて國民は、個人として尊重せられ、法の下に平等であつて、性別その他により経済的又は社会的関係において差別されないことを明らかにし、その第二十四條では、婚姻は両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。及び配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は個人の尊嚴と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならないことを宣言しております。然るに現行民法、特に親族編、相続編には、この新憲法の基本原則に牴触する幾多の規定がありますのでこれを改正する必要があります。政府はまずこの問題を臨時法制調査会及び司法法制審議会に諮問して朝野各方面の権威者の討議をお願いし、その答申を基礎として更に愼重審議を重ねると共に、所要の手続を進め、ここにこの第一回國会に本改正法律案を提出する運びとなつた次第であります。以下改正案の内容について御説明申上げます。
上記に続いて、改正案の内容が詳細に説明されています。
6.家庭裁判所の誕生
「虎に翼」第11週で、昭和23年10月、寅子は家庭裁判所設立準備室に異動することになり、少年審判所と家事審判所を統合し、昭和24年1月に家庭裁判所を設立させるための業務に就きます。少年審判所と家事審判所が統合に反対し、対立するなどの困難を乗り越え、昭和24年1月1日、家庭裁判所が誕生する場面が描かれました。
デジタルアーカイブでは、家庭裁判所誕生に先立つ昭和23年7月15日に公布され、昭和24年1月1日に施行された「少年法を改正する法律(法務、少年審判)」の閣議書を閲覧することができます[13]。42頁に、法案改正理由の記載がありますので、画像でご紹介します。
「新日本の建設に寄与すべき少年の重要性にかんがみ」という表現に、戦後まもない日本の時代背景が感じられます。

【民法の一部を改正する法律案(昭和22年法律第74号)閣議書】(抜粋)
7.判事補・判事への任命
「虎に翼」第13週で、寅子は東京家庭裁判所判事補になっていますが、三淵嘉子さん(当時は和田嘉子さん)が昭和24年6月、東京地方裁判所民事部の判事補に任命された際の資料が当館に保存されています[14]。 その後、寅子は判事となり、新潟地家裁三条支部に赴任しますが、史実では、三淵(和田)嘉子さんは昭和27年12月、名古屋地方裁判所判事の辞令を受けます。この資料も当館に保存されています[15]。
8.おわりに
本原稿執筆現在(7月末)放送までの、「虎に翼」に関係する公文書等を紹介させていただきました。デジタルアーカイブは、インターネットを通じていつでも閲覧できますので、気軽にご利用いただけますと幸甚です。
また、当館の東京本館(千代田区北の丸公園)では、常設展示室の基本展示「日本のあゆみ」のほか、特別展・企画展も開催しております(入場無料です)。令和6年春の特別展「夢みる光源氏」は、初の単独公務として、愛子内親王殿下がご覧になりました。皆様方にも是非当館にお越しいただき、資料原本を直接ご覧いただければ大変有難く存じます。
〔注〕
[1]「認証アーキビスト」とは、アーキビスト(公文書館をはじめとするアーカイブズにおいて働く専門職員)としての専門性を有する者であることを国立公文書館長が認める公的な資格であり、令和2年度から認証が開始されています。
[2]弁護士法(明治26年法律第7号)御署名原本の画像https://www.digital.archives.go.jp/img/157737
弁護士法(昭和8年法律第53号)御署名原本の画像https://www.digital.archives.go.jp/img/136666
[3]弁護士法(昭和8年法律第53号)閣議書の画像https://www.digital.archives.go.jp/img/1684232
[4]弁護士法(明治26年法律第7号)の閣議書の画像
https://www.digital.archives.go.jp/img/1727019
[5]「高等試験及第者報告綴」件名・細目詳細
https://www.digital.archives.go.jp/file/146937
[6]「利用制限の区分」が「公開」又は「部分公開」の場合は来館当日に閲覧可能となりますが、「非公開」又は「要審査」の場合は当館に対する利用請求を行い、閲覧までに日数がかかります。
[7]国立公文書館デジタルアーカイブ トップページ
https://www.digital.archives.go.jp/
[8]国立公文書館デジタル展示「誕生 日本国憲法」https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/tanjo_kenpo/index.html
[9]国立公文書館デジタル展示「再建日本の出発」
https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/saiken/index.html
[10]民法の一部を改正する法律案(昭和22年法律第74号)閣議書の画像
https://www.digital.archives.go.jp/img/1712028
[11]第1回国会(昭和22年5月)からの本会議・委員会の会議録を、テキスト又は画像で閲覧できます。
https://kokkai.ndl.go.jp/#/
[12]第1回国会 参議院 司法委員会 第6号 昭和22年7月30日
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/100114390X00619470730
[13]少年法の一部を改正する法律案(昭和23年法律第168号)閣議書の画像
https://www.digital.archives.go.jp/img/1715199
[14]「裁判所事務官石田和外外四十一名任官の件」件名・細目詳細
https://www.digital.archives.go.jp/item/933392
[15]「判事補和田嘉子外1名判事等任命の件」件名・細目詳細
https://www.digital.archives.go.jp/item/935530