専門職(認証アーキビスト)としての取組
~大学アーカイブズの現場から~

東北大学史料館
加藤 諭

はじめに
  東北大学は、日本の大学で組織名称にはじめてArchivesを用いた記念資料室(英語名称Tohoku University Archives)を沿革とする東北大学史料館が置かれており、2023年はちょうど60周年の節目に当たる。同史料館は2011年、国立公文書館等指定施設ともなっており(正確には、東北大学学術資源研究公開センター史料館公文書室が指定を受けている)、東北大学法人文書管理規程に基づき、全学的な文書移管の体制が整えられている。2023年時点で筆者は東北大学における唯一の認証アーキビストであり、史料館および国立公文書館等の指定を受けている同公文書室の運営全般に携わっている。大学アーカイブズにおける専任教員は、教育・研究以外のマネジメント業務全般に割くエフォートがどうしても他の教員よりも大きくなるのが特徴であるが、それだけアーキビストの専門性を発揮できる余地が大きいともいえる。

1、アーキビストの人材輩出
  国立公文書館等の指定施設を有していない国立大学からすれば、東北大学はアーキビストが活躍できる環境が歴史的にもまた制度的にも整えられてきた、ということがいえるかもしれない。だが、現在公文書室に配置されているのは、公文書室長を兼ねる東北大学史料館長(学内他部局教授の兼担)のもと、常勤スタッフとしては筆者(准教授1)のほかには、学術研究員1名と事務補佐員1名であり、このうち学術研究員、事務補佐員は任期が付されているスタッフであり、決して充実した体制であるとはいえない。
  しかし逆手に取って考えてみると、少ない人数で何でもやらなければいけない、ということであり、アーキビストに関わる業務を網羅的に経験する機会に恵まれる、ということでもある。東北大学史料館では、少なくとも学術研究員には、この多様な役割を出来るだけ全般にわたって取り組んでもらうことを念頭に置いて、協働してもらっている。東北大学史料館の特徴の1つはアーカイブズに必要な役割は可能な限り、機能として有していくという姿勢にあると思っている。現在、東北大学史料館は国立大学内では最大規模のアーカイブズの展示施設を有し、2022年度からは大学院文学研究科ほか史料館自体も含め学内5つの部局と協力して、大学院生に向けて「認証アーキビスト養成コース」を開設した。写真データベースをはじめとしたデジタルアーカイブの構築や、前述の国立公文書館等として全学の文書移管作業のほか、歴史資料等保有施設として個人関連団体文書の受け入れ、整理、公開も行っている。そしてアーカイブズや大学史に関する調査研究をおこない、その成果は『東北大学史料館研究報告』で発表している。国立公文書館等指定施設であっても、常設の展示機能は設けていなかったり、アーキビスト養成のための教育プログラムを運営していなかったりする機関もあり、これらの事業をまんべんなく経験出来る大学アーカイブズは全国的にもほとんどない。こうした中で、大学のアーカイブズ、という前提はあるものの、アーカイブズに関する業務に幅広く取り組める環境を目指していることは、アーキビストとしてのスキルアップに有益な要素になっていると考えている。
  もっとも、学術研究員はポスドクが就くことが多く、2011年に公文書室が設置されて以降配置されてきた学術研究員(初期は教育研究支援者名称)は皆博士号を有しており、その後のキャリアパスは必ずしもアーキビストとなっているわけではない。同ポストは2011年に措置されて以降、すでに12年間で7名が交替しており、これは学内異動ではなく他大学等への転出となっている。前任者までの6名はその後アカデミックポストに就職しており、そのうち5名は大学アーカイブズを有していない大学となっている。この点だけをみると、研究者へのキャリアパスとしては機能しているといえるが、アーキビストとしての業務の継続性や定着性ということでは課題が残る運用体制であるといえるかもしれない。しかし公文書室スタッフ経験者はその後、東北大学史料館で得た経験を活かして資料ネット活動や地域アーカイブズの立ち上げ、学内史資料の保全活動、自校史教育の開講などを行っており、そのノウハウは伝播している。東北大学は一面アーキビスト経験を有する研究者の人材輩出機能の一旦を担っているといえよう。

2、アーキビスト養成に関する教育
  このような人材輩出機能は、前述の認証アーキビスト養成コースにも求めることが出来る。認証アーキビスト養成コースは、アーキビストの職務基準書に基づく「認証アーキビスト審査規則」別表1の条件に対応する「大学院修士課程の科目」を提供するコースとして設計されており、その名の通り、アーキビストを養成することが目的となっている。一方で実際の就職にあたって、正規専門職としてのアーキビストの需要と供給は一致しているとは限らない。しかし、東北大学の文系大学院生はその後のキャリアとして公務員志望も少なくなく、行政等の現場においてアーカイブズに関する知識を活かしていくことが期待される。仮に直接アーキビストにならなかったとしても、アーカイブズに関して基本的な理解を有している者が組織内にいることは、日本における公文書管理を考えるうえで重要である。大学における認証アーキビストは、教育や実務を通じて、そうした人材養成に関わること、またそうした人材の輩出に取り組むことは、大きな役割であるといえよう。

女子大生誕生110周年・文系女性大生誕生100周年記念事業記念プログラムの様子(2023年9月30日於:東北大学)

女子大生誕生110周年・文系女性大生誕生100周年記念事業記念プログラムの様子(2023年9月30日於:東北大学)

3、組織におけるエンゲージメントを高める役割
  また大学に身を置く認証アーキビストとして、自身が感じていることは、アーキビストの専門職としての業務の幅を広げていく必要性である。実際、東北大学においてもアーキビストの役割を十分理解している教職員はそれほど多くはない。専門職としてのアーキビストの重要性を理解してもらうためには、やや逆説的ではあるが、組織にとって如何にアーキビストやアーカイブズが組織に対し必要であるかを訴えるだけではなく、いま組織がどのような状況にあり、その中でアーキビストやアーカイブズが組織に対し何が出来るのかを売り込む能力が必要であると思っている。例えばその一つは記念事業や周年事業に関する広報活動への取り組みである。記念事業や周年事業は過去の記録をブランディングし広報する活動でもあり、そうした際にはアーカイブズにある資料の活用や事業の企画にアーキビストが関わるべき要素は大きくなる。また基金や同窓会活動、社会連携事業などについても、同窓生に出身大学を身近に感じてもらうための施策や、市民や社会に開かれた大学を目指していくためのキャンパスツアーなどの試みは、大学の記録や歴史に精通しているアーキビストの能力が活きる活動である。アーキビストの日常の業務としての移管作業や公開業務などへの取り組みは論を俟たないが、その利活用にアーキビストがエフォートを割くことで、その組織にとってのエンゲージメントを高める役割をアーキビストが担うことが出来る。そうした活動は組織にとってのアーカイブズの有用性と密接に繋がってくるものと思っている。