神奈川県立公文書館開館30周年

神奈川県立公文書館
主査 清水 ありさ

神奈川県立公文書館(開館時空撮)

神奈川県立公文書館(開館時空撮)

1 神奈川県立公文書館設立までの経緯

  神奈川県立公文書館は、平成5年(1993年)11月に開館し、令和5年(2023年)11月に開館30周年を迎えました。当館の開館には、二つの出来事が大きく関わっています。
  一つ目は、「県史編纂事業」です。神奈川県は、県政100年を記念して、昭和41年(1966年)7月に県史編集準備室を設置し、翌年4月から県史の編集が始まりました。しかし、明治期の県庁舎の火災、関東大震災、太平洋戦争での米軍上陸を前にした文書の焼却などで、戦前期の公文書はほとんど残されていませんでした。このため、基礎資料となる公文書や古文書を全国から収集することになりました。収集された貴重な資料を県史編集事業終了後においても保存し、県民に利用できるように検討され、昭和47年、図書館の増築計画と併せて、文化資料館を設置し、資料の保存に努めてきました。この文化資料館が、公文書館の前身とも言える施設になります。

  二つ目は、「情報公開制度」です。昭和58年(1983年)、神奈川県は全国に先駆けて情報公開制度をスタートさせました。この制度の一層の充実と歴史的公文書の適切な保存、管理、利用の整備体制充実の気運が高まったことが公文書館設立の契機となりました。昭和60年(1985年)4月に設置された「公文書等の資料管理に関する検討委員会」(翌年、「公文書等の資料管理に関する調査研究委員会」に改組)の公文書館設立の検討結果の中でも、「公文書館を情報公開制度の延長線上にある施設と位置付ける」という文言が残されています。そして現在、公文書館は、政策局政策部情報公開広聴課所管の施設という位置付けとなっています。

2 神奈川県立公文書館の特徴

  よく取り上げられる当館の特徴は、「全量引き渡し」と「中間保管庫」です。
「全量引き渡し」は、その名称の通り、県で作成された保存期間の満了した公文書をすべて公文書館へ引き渡すことを意味します。公文書館条例第3条で県の各機関(公安委員会を除く)に、その保存する公文書等が現用でなくなったときは、当該公文書等を公文書館に引き渡すことを義務付けています。それと同時に、公安委員会を除く県の機関のあらゆる公文書の収集・選別について、同条例及び施行規則により公文書館長の権限としています。そのため、引き渡されたすべての公文書を公文書館資料課の職員が選別します。収集は、収集拠点である合同庁舎や事務所へ公文書館職員が直接赴いて行われます。収集が集中する時期は、毎週数百の箱が搬入され、荷解・選別室はすぐに文書保存箱で一杯になります。翌週の搬入スペース確保のため、すぐに選別に取り掛からなければなりません。搬入される文書保存箱の箱数は、年間約1万箱程度です。選別する職員の人数は、常勤職員7名、非常勤職員6名の計13名。この時期の選別作業は、適切な処理はもちろんですが、大量の文書をいかに早く選別するか、というスピードも求められる作業となります。
  次に、「中間保管庫」ですが、対象となる文書は、本庁機関が作成した10年及び30年の保存文書で、保存期間が5年を経過した現用文書となります。現用文書のため、所有権は文書作成課にあります。文書完結後5年が経過した時点で公文書館が引継ぎを受け、保存期間が満了するまで一括して「中間保管庫」で保管します。歴史的公文書となる可能性の高い保存期間の長い現用公文書を温湿度の適切な環境で管理することができるというメリットがあり、同時に組織改廃等により、文書が散逸してしまうことを防ぐこともできます。
  荷解・選別室に搬入される公文書のうち、歴史的公文書として保存されるのは僅か2%程度ですが、中間保管庫に保管されていた公文書は60~70%が歴史的公文書として保存されます。
  中間保管庫については様々な意見や考え方がありますが、出先機関から環境の悪い中で保管されてきた30年保存文書の引渡しを受けた際には、各所属において文書を適切な環境で長期間保存管理することの難しさを感じます。

山ゆりのカーテンウォール

山ゆりのカーテンウォール

3 神奈川県立公文書館の建物

  当館の入口を入って、最初に目を惹くのが、1階の吹抜けホールの階段室壁面のカーテンウォールです。神奈川県の花である「山ゆり」がモチーフの手すき和紙を挟み込んだペアガラスで作られています。
  開館当時、神奈川県では「文化のための1%システム」(建設費の1%相当額で文化的な装飾や工夫を施すシステム)を採り入れており、1階エントランスホールの各所に同様の和紙のペアガラスが見られますが、中でも特に壁面のカーテンウォールは圧巻です。

  使われている和紙はすべて国産の雁皮、三椏、楮を使って作られています。建築当時から国産の和紙の原料は希少で高価なものでした。しかし、経年劣化への対応を考慮し、高品質で貴重な国産の原料が使われることになりました。壁面のカーテンウォールは、幅8,120㎜、高さ7,200㎜、縦に8枚、横に5枚の組み合わせで40枚の大判和紙をつなげて作られています。
  和紙の加工には、職人による様々な技法が施されており、その研究開発には3年以上を費やしたとの記録が残されています。花や葉の文様には、手ちぎりした楮紙などを湿紙に置き漉き合わる「ちぎり花模様漉き」という技法が使われ、輪郭が喰い先状(毛羽立ち状)になり変化のある形が作られています。花の雌しべには、手ちぎりした楮などの長い繊維(5~30㎝)を湿紙に置き、模様を作る「筋入り文様漉き」という技法が用いられており、不揃いの繊維が強調された模様を作り出しています。花の雄しべには、着色した楮などの長繊維の原料を、箸などですくい上げ棒状に湿紙に置く「すくい置き模様漉き」という技法が使われています。横方向に積層された繊維が深みを出しています。
  このほかにも多くの技法が取り入れられていて、当時の写真には、一つ一つ手作業で制作されている様子が残っています。
  30年経過した今でも、心を込めて作られた作品のその美しさは輝きを失っていません。
資料の修復にも和紙は欠かせない材料です。日本の伝統工芸品でもある和紙の良さを感じていただけるのではないかと思います。

山ゆりのカーテンウォール

山ゆりのカーテンウォール

山ゆりのカーテンウォール

山ゆりのカーテンウォール



栞写真

栞写真

4 開館30周年記念イベント

  令和5年(2023年)11月4日(土曜)及び5日(日曜)に、開館30周年記念イベントを開催いたしました。当日は、多くの方にお越しいただき、展示解説、バックヤードツアー、クイズラリーなどを楽しんでいただきました。クイズラリーの景品としてお配りした、当館職員手作りの和紙の「栞」は、大変ご好評をいただきました。以前より公文書館をご利用いただいていた方、古文書に興味を持っていらっしゃった方、初めて公文書館に足を運んでくださった方、と幅広い方々にご参加いただくことができました。いつもは比較的静かな館内が、大変賑やかな、普段とは違った装いに包まれた二日間でした。
  一人でも多くの方が、これからも公文書館を利用していただけたらうれしく思います。


  多くの方々に携わっていただき、設立された神奈川県立公文書館。そして、多くの方々に大切に使っていただいた資料と施設、これらを未来へと引き継ぎ、今後も利用者の方に喜ばれるような施設であり続けられるよう日々取り組んでまいります。