令和5年度 国立公文書館実習を終えて

学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻
修士1年 石田 朋生、山口 翔子
九州大学大学院ライブラリーサイエンス専攻
修士1年 劉 俊延
昭和女子大学大学院生活機構研究科生活文化研究専攻
修士1年 有福 小百合

概要
  2023年8月21日(月)から9月1日(金)まで、2週間にわたり国立公文書館実習に参加した。1週目は「アーカイブズ研修Ⅰ」を受講し、2週目は本館とつくば分館で実務研修に参加した。本報告では、実習の日程に沿って報告者の感想を交えながら研修内容を報告する。

1週目「アーカイブズ研修Ⅰ」
  1日目の8月21日はアーカイブズ(公文書館)の役割とその歴史について、講義があった。最初の講義では、国際標準や言葉の定義を踏まえたアーカイブズの役割についてお話があった。その後の2つの講義は、アーカイブズの実践と理論の双方の歴史を概観しつつ、日本型アーカイブズとは何かを問う内容であった。一方は世界との比較、もう一方は国内における公的記録管理方法の変遷を辿ることで日本型アーカイブズについて考える内容となっていた。
  2日目の8月22日は、3つの講義を聴講し、1回目のグループ討論に参加した。1つ目の講義では、「公文書等の管理に関する法律」や「特定歴史公文書等の保存、利用及び廃棄に関するガイドライン」を中心に、「特定歴史公文書等」の保存・利用に関連する法令の説明を通して、公文書館業務の根拠と概要を学んだ。その後、評価選別業務について概要説明と事例報告の2つの講義があった。1つ目の概要説明では、国立公文書館におけるレコードスケジュールの確認や行政機関への助言といった業務および評価選別の基準について、また地方公共団体の評価・選別実施状況についてご説明があった。2つ目の事例報告は鳥取県立公文書館によるもので、県の評価・選別業務の流れや実情、基準の見直し等についてご説明いただいた。本事例報告では、過去の選別基準を見直すという試みが特に印象的であった。最後に、1回目のグループ討論が行われた(筆者は「保存・修復・環境管理」のグループに参加した)。自己紹介と問題意識の共有を行い、グループメンバーと交流を深めることができた。実務経験のない筆者としては、職員の皆様の問題意識を伺う貴重な機会になった。
  3日目の8月23日は、はじめに電子公文書の保存管理とデジタルアーカイブ、2つ目に目録作成に関してご講義いただいた。最初の講義では、電子公文書を保存管理する際の基本的視点や具体的業務内容およびデジタルアーカイブに必要とされる機能や構築・運用のポイント等についてお話いただいた。2つ目の講義では、根拠となる法令・ガイドラインに基づいて具体的な業務内容をご説明いただいた。午後、3つ目の講義では保存・修復・環境管理に関する事例報告が行われた。ここでは広島県立文書館書庫のカビ被害と環境改善の取組についてお話しいただいた。最後の講義は、国立公文書館における業務説明を中心に、具体的な資料劣化・破損事例や修復作業、関連法令等を織り交ぜた内容となっていた。これらの業務に関する講義を通して、具体的な業務の理解を通して関連法令・ガイドラインのポイントを大学院の講義とは異なる視点で捉えることができた。また、3つ目の事例報告では現場の制約に対処すべく柔軟な判断が多くなされていたことが特に印象的であった。講義と事例報告を通して、アーキビストとしての経験と知識に根ざした判断力の重要性を感じた。(石田)

  4日目の8月24日は、午前は利用に関する業務を中心に2つの講義があった。1つ目の利用審査についての講義では、必要な箇所に利用制限をかける業務ではあるが、根本的には利用者への公開を前提として臨むものであるとのお話が印象に残った。また、2つ目の利用の促進に関する講義では、展示や広報業務についてご説明があった。ただ活動を展開するのではなく、利用促進の目的を各機関が自館の性質と照らし合わせて明確にすることで、活動の質を高めることができると学んだ。午後は2日目に続けてグループ討論を行い、総括として各グループが担当テーマに関する業務上の課題とその解決策について報告した。筆者は「特定歴史公文書等の利用・利用審査」をテーマとするグループに参加した。グループ内では、主な課題として個人情報の審査が挙げられた。筆者自身、利用審査の仕組みやその難しさについては、大学院での授業や実習の事前学習を通じて理解を深めていたつもりであった。しかし、審査基準に照らし合わせた上でも判断に迷う場合や、人事異動に際して審査の前例を職員間でいかに引き継ぎ、経験を共有するのかなど、グループメンバーの方々が実際に現場で直面されている課題をお聞きして、自身の視野の狭さを痛感した。他のグループの報告からも得られた現場の貴重なお話を深く心に留め、今後の研究に活かしていきたい。
  5日目の8月25日は、午前は3つの講義があった。まず、他のアーカイブズや学校教育との連携について2つの講義があり、国立公文書館や文部科学省における取組を伺った。前者では、各地の公文書館や国内外の関連機関を繋ぐハブとして国立公文書館が機能していることを知った。アーカイブズの機能を円滑にし、日本国内で普及浸透させていく上でも、場所や職務を超えて各機関や実務者が情報を共有する重要性を感じた。後者では最新の学習指導要領をもとに、授業における資料の活用などアーカイブズが担う役割が増していることを学んだ。3つ目の講義ではアジア歴史資料センターの業務説明をお聞きし、本館や分館の業務とは異なる、アジア圏を中心とする関連資料の共有を目的とした視点で資料を提供する方法について知見を深めることができた。午後は、資料整理を通じた外交史料の構造研究について特別講演が行われた。アーカイブズ資料の多面的な魅力をアーカイブズ管理に携わる人こそが理解することによって、利用提供の幅を広げられるのだと学んだ。(山口)

2週目「実務研修」
  8月28日(月)からの5日間、実務研修が東京本館とつくば分館において行われた。保存、修復、利用、展示、評価選別、目録作成、利用審査など国立公文書館の業務を実際に体験させていただいた。
  6日目の8月28日の午前は、国立公文書館の館内の施設についての説明、案内、業務についてご説明していただいた。
  午後は保存、展示の実務を行った。保存は①書庫清掃・排架整理、②資料の埃取り・カバーかけ、③金属除去、④スキャニング、⑤デジタル化作業の見学を行った。展示では、事前の課題で実習生がそれぞれ取り上げた資料の展示計画のプレゼンテーションをした後、実際に展示する方法と、その時に気をつけるべきことを教えていただいた。(有福)

修復実習の様子

修復実習の様子

  7日目の8月29日午前は、国立公文書館の最近の取組の内容と統括公文書専門官室の業務説明をいただいた。 次に、電子公文書等・デジタルアーカイブの業務説明を受けた。まず、よく使っているデジタルアーカイブの便利な機能と使いにくい機能に関するディスカッションを行った。次に、国立公文書館デジタルアーカイブの機能、業務についてご説明いただいた。その後、国立公文書館の電子公文書等の移管・保存・利用システム(ERAJ)について簡単な紹介をいただき、基本的な移管、保存、利用方法などについてご説明いただいた。この講義では、実際の作業を通して、ERAJを効果的に使って文書情報を管理・検索する方法をよりよく理解できた。この講義を通じて、ERAJについて初めて知り、実際に操作をしていくための基礎的な理解を深めることができた。午後は、利用と修復に関する実務研修を受けた。利用の業務は、書庫から資料を出納する方法、出納した資料を元の排架位置に戻すための付箋を挟む方法、及びその記入方法、誤返却防止や要審査情報の提供ミスを防ぐ方法を学んだ。それらの方法は、必要な情報をスムーズに取得するために非常に重要で、作業効率の向上に役立つことを実感した。修復の業務は、虫損のある紙のドライクリーニング、生麩糊と和紙を使った裏打ち作業、損傷を受けた資料を綴じ直す方法の1つとして、和装本を使った四ツ目綴じのやり方、裏打ちで仮張りした和紙を剥す作業を体験させていただいた。特に裏打ちの作業で、和紙を慎重に剥がし、資料を傷つけないように気をつけ、軽く押して和紙が資料にしっかりと密着するようにし、気泡やシワの発生に注意し、貼り付けた和紙が乾燥するのを待ち、しっかりと資料に固定されていることを確認する方法を学んだ。
  8日目の8月30日は、つくば分館の見学をさせていただいた。最初に、つくば分館の概要説明を受けた。次に、バックヤードに移動し、公文書の受入れとくん蒸作業のプロセスを説明いただいた。特に、分館において実施しているくん蒸の方法を再現するために、ペットボトルを使った簡易な減圧装置を用いた説明は、非常に分かりやすかった。その後、書庫に移動し、一般書庫、特別管理書庫、特定歴史公文書等の書庫の環境や設備についてそれぞれ詳しくご説明いただいた。最後に、常設展示室で、特定歴史公文書等から選ばれた資料(複製)の展示についてご説明いただいた。(劉)

  9日目の8月31日の午前は、評価選別の業務説明、実務研修を受けた。実習用のモデルを使って、行政文書ファイル等のレコードスケジュールの設定が適当かどうかを判断した。基準にただ照らし合わせるだけではなく、記載事項の内容の確認が必要で、非常に慎重さが必要な作業だった。午後は、目録と利用審査の業務説明および実務研修を受けた。それぞれ実際に特定歴史公文書等を用いて行った。目録の実務では、記載内容が所定の用紙と書式に従って書かれ、目次通りに編綴されている簿冊から、簿冊の件名が不明瞭で、文書が不規則に編綴された簿冊まで、本当に多種多様で、それらに対応するために頭の切り替えが必要な作業だった。利用審査の実務では、実際の特定歴史公文書等を用いて簿冊の情報を公開できるかどうか、内容を読んで判断する研修を受けた。この際、利用制限情報が含まれていない特定歴史公文書等を使用した。記載された専門用語、当時の言葉の使い方や年代表記などの予備知識が必要になるだけでなく、個人情報の扱い方などを定められた審査基準に基づき判断する作業だった。
  10日目の9月1日には、この2週間の実習で身につけた知見や経験の振り返りと総括、今後身につけるべき技能・能力、キャリアについて、専門官の方々と意見交換させていただき、この実習のまとめを行い、締めくくりとした。
  大学院の授業で学んだことが、現場ではどのように作業が行われ、実現しているのか、そのありようや複雑さを知ることができた。館内で行われている業務は多種多様ではあるが、文書をより長く保存し、より多くの人が利活用できるために、各部署がそれぞれ知識だけではなく、意識を高く持っていることを実感した。アーキビストの仕事とは、それぞれの作業の目的をよく理解し、実務をただ機械的にこなすのではなく、倫理観も求められる仕事であることを理解した。
  最後に、国立公文書館の方々には、お忙しい中、実習の受入れをしていただき、ご指導賜ったことを感謝申し上げます。(有福)