〔認証アーキビストだより〕
広島県立文書館の専門職員としての経験から

広島県立文書館
総括研究員 荒木 清二

広島県立文書館(閲覧室)

広島県立文書館(閲覧室)

はじめに
  広島県立文書館では、昭和63(1988)年の開館以来、常勤の専門職員が研究職(研究員)として配置され、業務の中核を担ってきました。現在研究職は4名(うち1名は再任用職員)で、館長(行政職)の指揮監督の下、主任(行政職の再任用職員)、文書等整理従事員(会計年度任用職員)7名とともに、13名で業務を行っています。このうち、認証アーキビストは4名(研究職3名、文書等整理従事員1名)ですが、今後更に数名の職員が認証要件を満たす見込みです。
  私は、広島県教育委員会の職員(埋蔵文化財専門職、博物館学芸員、行政職)として20年間勤務した後、平成20(2008)年度に知事部局の文書館に転任し、今年で16年目になります。学生時代に日本中世史を専攻していた私にとって、文献資料を取り扱う文書館は憧れの職場で、異動が決まった時は感激しましたが、外から見ていた印象と実際の仕事の内容には大きな違いがありました。文書館では、行政文書(歴史公文書)の管理を中心としたさまざまな業務を経験し、研究員として充実した日々を送ることができましたが、今後の課題も多く残っています。ここでは、文書館の業務経験の中で特に印象に残っていることを紹介し、アーキビストの職務についての私見を述べてみたいと思います。

1 評価選別論と重要文書特定作業
  文書館に着任し、行政文書の管理を担当することになりましたが、評価選別は初めての経験で、安藤福平副館長(当時)に御指導いただきながら、一から勉強しました。当時文書館では、オーストラリアのDIRKSマニュアルを適用した評価選別の新たな取組を進めようとしていました[1]。DIRKSマニュアルは、適正な文書管理システムを構築するための実践的方法論で、電子化時代の文書管理論として提唱されたレコード・コンティニュアム論を基盤としています[2]。
  この新たな取組は、廃棄予定文書1冊ごとに保存するか廃棄するかの判断をするのではなく、文書作成の場である庁内各課の業務活動を分析して重要文書を特定し、該当文書を保存しようとするものでした。各課の調査は、研究員や行政職の再任用職員が分担して行い、私は前年まで在籍していた教育委員会文化課[平成21(2009)年度から文化財課]を担当しました。平成21(2009)年度に受講した国立公文書館の公文書館専門職員養成課程(現在のアーカイブズ研修Ⅲ)でも、修了研究論文でこのテーマに取り組みました。
  紙文書の管理を前提としたライフサイクル論に比べると、レコード・コンティニュアム論は難解で、私自身十分に理解しているとは言えませんが、公文書の電子化が急速に進む近年の状況を考えると、その意義が改めて注目されることになると思います。また、当時館を挙げて取り組んでいた重要文書特定作業は、その後全く進んでおらず、忸怩たる思いですが、この先本県でもレコードスケジュール制度が導入され、各課との協同作業によって評価選別を行うようになれば、当時の方法論が有用になると考えています。
  振り返ってみると、着任当初の2年間で評価選別論を勉強することができたのは大変貴重な経験でした。アーキビストにとって、日々の実践の裏付けとなる理論を学ぶことは極めて重要だと思います。

2 旧優生保護法関係文書の利用審査
  行政文書担当者にとって、評価選別と並ぶ重要な業務が利用審査です。当館では、利用者から閲覧申請があった時点で文書の内容を精査し、「行政文書等利用除外審査基準」[3]に基づいて、利用提供してよいかどうかを判断しています。申請があった文書に全て目を通し、必要に応じて非公開部分のマスキングを行うため、非常に時間がかかり、気を遣う仕事です。
  平成30(2018)年2月には、報道機関各社から旧優生保護法関係文書の利用申請がありました。この法律に基づいて障害者らに実施された強制不妊手術は、大きな社会問題になりましたが、当館には昭和37(1962)年度に実施された21人の手術の状況が分かる文書1冊が保存されていました。
  この文書には、手術を受けた本人と家族のセンシティブ情報が含まれていたため、原課と協議した上で慎重に審査を進めましたが、簿冊全体を非公開にするのではなく、年齢、性別や、病名、手術の申請理由の一部など、本人の特定につながらない情報を可能な限り公開することにしました。
  この文書は、個人別のファイルではなく、複数人の情報が混在する形で綴られているので、個人名をマスキングすれば、各個人の情報がどれに該当するのかを理解するのが困難になります。そこで、各個人を「人物1」、「人物2」というように記号化し、それぞれの情報がどの人物のものであるのかを示した複製資料を別に作成して、情報の関連性が理解できるように工夫しました。
  この文書については、新聞社やテレビ局など報道機関9社から閲覧申請があり、強制不妊手術が深刻な人権侵害であることの一例として報道されました。審査やマスキング作業には神経をすり減らしましたが、関係文書を所蔵する館として、一定の社会的責任を果たすことができたと思います。
  このようなセンシティブ情報を含む文書の利用審査は、判断に迷うことが多く、いつも苦労しています。国立公文書館のアーカイブズ研修Ⅱのテーマとして、しばしば利用審査が取り上げられますが、このような研修と併せて、具体的な審査の事例について他館と情報を交換する場があればよいと思います。

山野村役場文書

山野村役場文書

3 山野村役場文書の広島県重要文化財指定
  当館では、県の行政文書以外の寄贈・寄託文書を「古文書」と呼んでいます。山野村役場文書も古文書に該当しますが、その内容は、かつて広島県深安郡(現在の福山市)に存在した山野村役場の行政文書で、旧山野村域の江戸時代中期から現代に至る約270年間の記録がまとまって残っています。合併で村が廃止された後も、この文書を受け継いだ山野郷土資料保存会によって大切に保存されてきましたが、保存環境が心配されたため、平成8(1996)年に8,071点の文書が当館に寄託されました。
  これらの文書群は、平成25(2013)年1月に広島県重要文化財に指定されました[4]。本県では行政文書の指定は初めてのことでしたが、当時京都府や山口県などの行政文書が次々と国の重要文化財に指定されていたことも追い風になったと思います。指定に当たって当館では、「今回の山野村役場文書の文化財指定を契機として、広島県内のそれぞれの自治体が地域住民の共有財産である行政文書を歴史資料として適切に保存し、それを積極的に公開していく動きが広がることを期待しています。」というコメントを出しました。
  このコメントに述べたような動きは、まだ十分に広がっているとは言えませんが、今後も当館が事務局を務める広島県市町公文書等保存活用連絡協議会(広文協)の活動を通して、市町の取組を支援していきたいと思っています。

冷凍処理した西日本豪雨被災文書の解凍作業

冷凍処理した西日本豪雨被災文書の解凍作業

4 行政文書庫のカビ発生と西日本豪雨への対応
  平成28(2016)年12月、当館の行政文書庫で約2万冊の文書にカビが発生し、その対処に追われることになりました。最初の半年間は職員が手作業でカビの殺菌消毒を行い、約7千冊の文書を処理しましたが、残りの文書は翌年10月に業者に委託して燻蒸処理しました。その後もカビの残滓が付着した文書整理ケースの交換などを進め、令和3(2021)年3月にようやく処理を終えました。
  この期間中、平成30(2018)年7月には西日本豪雨が発生し、当館は被災文書のレスキューと保全活動の拠点になりました。この活動は、平成23(2011)年に広島大学文書館との間で締結していた「災害等の発生に伴う史・資料保護に関する相互協力協定」[5]に基づいて、同館と協力して進めました。また、全国各地の歴史資料ネットワーク(史料ネット)、資料保存機関、及び被災文書の保全に詳しい専門家から、協力と支援を受けることができました。資料の修復などの作業は、広島歴史資料ネットワーク(広島史料ネット)のボランティアと当館職員が協力して行い、翌年12月までに一通りの作業が終了しました。
  カビ発生と西日本豪雨への対応については、『広島県立文書館紀要』で詳しく報告していますが[6]、当館はこの一連の経験を通じて、被災資料の保全に関するノウハウを培うことができました。被災時には迅速かつ適切な対応が必要ですが、その前提として、災害の発生に備えた日常の取組が非常に重要であると痛感しました。
  その後当館では、日常のIPM(総合的有害生物管理)の方法を見直した結果、行政文書庫等の保存環境が改善し、新たなカビは発生していません。また、災害への備えとして、令和2(2020)年度に広文協で「被災(水損)文書のレスキュー体制」を整備し、各市町の「被災文書対応窓口」を定めました。今後は県内外の関係機関との連携を一層強化し、災害発生時に速やかに活動を開始することができるようにする必要があると思います。

5 「広島県立文書館データベースシステム」の導入
  当館では、コンピュータに詳しい研究員がMicrosoft Accessを利用して「文書館収蔵資料データベース」を設計し、収蔵資料の目録情報を管理してきました。文書館の業務内容を熟知している研究員が各担当者の要望を踏まえて設計したため、大変使い勝手が良く、現在でも資料の管理に使用しています。しかし、このデータベースはあくまでも職員用のもので、利用者がインターネットを介して直接収蔵資料の情報にアクセスすることができるデジタルアーカイブシステムの導入が大きな課題でした。
  システムの導入には高額の経費が必要になるため、折にふれて本庁の総務課に相談していましたが、令和2(2020)年度予算で導入が認められました。約1年かけて準備を進め、令和3(2021)年3月に「広島県立文書館データベースシステム」として公開を始めました。また、令和3(2021)年度には、資料検索の利便性を高めるため、国立公文書館及び広島県立図書館の横断検索システムとの連携を行いました。
  現段階では、情報の登録が十分に進んでいませんが、今後、整理・点検が済んだ情報から順次公開し、コンテンツを充実させていきたいと思っています。また、このシステムを有効に活用して、業務効率の改善を図ることも、今後の重要な課題です。

おわりに
  広島県立文書館では、行政文書(歴史公文書)と古文書(地域資料)の両方を少人数で管理・公開しているため、アーキビストの業務内容は多岐にわたり、さまざまな分野の知識や技能が求められます。行政文書の業務では県行政についての理解や関係法令の知識が必要で、古文書の業務では古文書が解読できなければ話になりません。また、急速に進展するデジタル技術への対応能力も不可欠です。一人のアーキビストがその全てを兼ね備えることは困難で、それぞれの得意分野を持った多様な人材が協力しながら業務を進めていく必要があります。
  私は、人事異動によってアーキビストになりましたが、前職の行政職や博物館学芸員の経験が大いに役立っています。今後、各地方公共団体等で活躍するアーキビストが増えることを願っていますが、多様な人材を確保し、そのキャリアアップを図るためには、選考採用に加えて人事交流が重要だと思います。その場合、私のような庁内の異動だけでなく、国や他の地方公共団体等との人事交流についても検討し、アーカイブズに携わる人材の裾野を広げる必要があると思います。

〔注〕
[1] 安藤福平「業務分析に基づく評価選別-広島県立文書館の取り組み-」(『広島県立文書館紀要』第10号、2009年)
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki_file/monjokan/kiyo/kiyo_10.pdf
[2] 中島康比古「レコードキーピングの理論と実践:レコード・コンティニュアムとDIRKS方法論」(『レコード・マネジメント』No.51、2006年)https://www.jstage.jst.go.jp/article/rmsj/51/0/51_KJ00004317447/_article/-char/ja/
[3] 「広島県立文書館行政文書等取扱要綱」別記2(「広島県立文書館規程集(令和5年5月)」所収)
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki_file/monjokan/keikakukitei/kiteir5.pdf
[4] 棚橋久美子「広島県重要文化財に指定された広島県深安郡山野村役場文書」(『広島県立文書館だより』第37号、2013年)https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki_file/monjokan/dayori/dayori37.pdf
[5] 石田雅春「災害等の発生に伴う史・資料保護に関する相互協力協定書」の締結について <記録>(『広島大学文書館紀要』14号、2012年)
[6] 荒木清二・下向井祐子「広島県立文書館におけるカビ被害と保存環境改善の取り組み」(『広島県立文書館紀要』第14号、2018年)https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki_file/monjokan/kiyo/kiyo_14araki-shimomukai.pdf
 西向宏介・下向井祐子「広島県立文書館における「平成30年7月豪雨」被災文書のレスキューと保全活動」(『広島県立文書館紀要』第15号、2020年)https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki_file/monjokan/kiyo/kiyo_15nishimukai-shimomukai.pdf