文書の保全

国立公文書館
理事 山谷 英之

  パリの有名な観光地であるノートルダム寺院では、2019年4月15日に火災が発生し、よく写真に見られる正面のファサードは無事であったが、尖塔と屋根の3分の2が消失した。大学時代に、初めてヨーロッパに来て、最初に降り立ったのがパリであり、その最初に行った観光地がノートルダム寺院であった。ヨーロッパの教会を見学するのも初めてであり、その見事な外観や内部に圧倒されたものである。それから30年近く経ったが、パリには何度か訪問したことがあり、ノートルダム寺院も何度か訪問した。たまたま、火災が起こる3か月前にも訪問していた。たった3か月前に訪問した、「超」がつく有名観光地が火災で焼失したことに驚くとともに、人の行うことに絶対はないということを思い知らされた。
  そうしたところ、同じ2019年の10月31日に、今度は日本の沖縄・那覇にある首里城で火災が発生し、正殿などが全焼した。沖縄・那覇は、2回に渡って3年ほど勤務したところである。首里城にも何度が訪問したことがあり、改めて、ノートルダム寺院の焼失の時に感じた思いがより強まった。
  二つの施設の復旧は、現在、進められていると聞いており、両施設の早期の復旧を祈念している。
  公文書管理法第1条は、公文書を、「健全な民主主義を支える国民共有の知的資源」と捉えており、公文書を守り、後世に伝えていくことは、公文書に関わるものの責務であるが、その公文書も様々な危険にさらされている。

虫害にあった資料(ICPAL 視察時に著者撮影)

虫害にあった資料(ICPAL 視察時に著者撮影)

  去年、ICA(国際公文書館会議)の会議でローマを訪問した際、イタリア国立アーカイブズ・図書資料虫菌害中央機構(Istituto Centrale per la Patologia degli Archivi e del Libro(ICPAL))を視察する機会があった(2022年9月21日訪問 )。本所は、アーカイブズ等の保存及び修復の専門機関で、科学研究施設としての位置付けに加え、修士課程相当の高等教育を行う学校を設置しているところである。本所には、一般公開はされていないが、学生や研修者向けの展示施設を有しており、その中で、紙の資料や本が損傷される様々な要因を虫、洪水、火災、戦争、人間等に分けて、その被害についての展示がなされていた。特に、虫に食われて、真ん中に大きな穴が開いている本の展示が印象的だった。この他にも、実際にあった洪水や火災、戦争などの被害の写真が展示されていて、公文書の保全の重要性を訴求するものであった。


第二次世界大戦の爆弾による書物の被害(ICPAL 視察時に著者撮影)

第二次世界大戦の爆弾による書物の被害(ICPAL 視察時に著者撮影)

自然災害と資料(ICPAL 視察時に著者撮影)

自然災害と資料(ICPAL 視察時に著者撮影)


  日本の国立公文書館においては、移管されてきた紙の文書は、まず初めに、かび・虫害等を防ぐためにくん蒸措置が行われる。現在のところ、つくば分館にこの措置が行える装置があり、一連の作業に10日程度の日数を要している。文書を保存する書庫は、温度22℃、相対湿度55%に設定されており、庫内の温湿度を適切に管理している。また、特に重要な文書を保管する特別管理書庫という所があり、ここは温度20℃、相対湿度50%に設定されている。書庫には、施錠等による防犯対策のほか、火災に備えて、煙感知器、炭酸ガス及びイナージェンガス噴射による消火設備(水を使わない消火設備)が整備されており、虫トラップの設置等の防虫対策も実施している。
  さて、デジタルの時代では、移管文書の中心は電子公文書となってくるであろう。公文書館においては、電子公文書を永久に保存することが求められる。デジタル技術に疎い私などは、ハードディスクドライブやDVDなどは永久に保存ができるものと思っていたが、そういうわけではないようである(個人的な話で恐縮であるが、最近、15年位前にデータを保存したDVDがなぜか読めなくなっており往生している。)。国立公文書館でも、現在、電子公文書の長期保存フォーマットの検討など長期保存に関する調査検討を行っているが、どのような形で電子公文書を保存していくか、技術の進歩も見据えながら、常に課題となってくるであろう。