【令和4年度アーカイブズ研修Ⅱ特集】
電子公文書の保存・利用-基本的考え方-

京都大学大学文書館
特定助教 橋本 陽

  国立公文書館をはじめとするアーカイブズ機関が保存の対象とするのは、文書や記録である。電子生成された文書や記録の長期保存を研究するための国際プロジェクトであるインターパレス・プロジェクト(InterPARES Project、以下インターパレス)によれば、文書(Document)とは、定まった内容と一定の表示形式を持ち、媒体に書き込まれた情報を指す。また、記録(Record)とは、業務や活動の中で、その手段または副産物として作成あるいは受領され、以後の行動や参照のために取り置かれた文書だと定義される。つまり、記録とは文書の一種であり、業務や活動の手段または副産物であることから、その証拠として利用できる。記録の定義に含まれる「取り置く」という行為の代表的な事例はファイルに綴じるというもので、このときに文書は、同じ業務活動の中で授受された他の諸々の記録と関連づけられ、新たな記録となる。ファイルの分類体系は、組織内の各部署が受け持つ機能の分析から導き出される業務のツリー構造を基本とすることが求められる。本稿では、日本で定着した文書や公文書という表現との混同を避けるため、インターパレスの定義する文書と記録を使う場合には、それぞれドキュメントおよびレコードと表記する。
  レコードに、証拠としての信用価値(Trustworthiness)があるとみなされるには、正確性(Accuracy)、信頼性(Reliability)、真正性(Authenticity)という3つの特性が備わっている必要がある。
  正確性とは、内容の精密性であり、特に電子文書においては、その内部にあるデータが信頼できるかまたは完全であるかによって評価される。データ単位での評価が必要となるのは、電子空間では、電子文書の移動や時間の経過によってデータの変容が容易に起こりうるためである。移動で生じる変容とは、個人間や他のシステム間とのやりとりで起こりうるデータの脱落などをいう。時間の経過で起こる変容は、文書を保管するシステムのアップグレードや、文書を古いシステムから新しいものに移行する際に生じるものを指す。
  信頼性とは、内容に関して文書を事実の声明として信用できるかを示す価値を指す。記載すべき要素が文書の中に書き込まれているか、そして業務や活動を遂行するのに伴う文書作成の手続きに準拠して作成過程が管理されているかどうかによって評価できる。
  真正性とは、レコードをレコードとして信用できるかを示す価値であり、同一性(Identity)と完全性(Integrity)という2つの特性から成り立つ。同一性とは、そのレコードと他のあらゆるレコードが異なることを示す様々な特質から構成される。つまり、同一性によって、一つのレコードが他のドキュメントやレコードと差し替えが不可能であることが明らかとなる。完全性とは、レコードが作成以降に改ざんされていないことを表す特性であり、作成以後、正式な権限を持つ保管者によってレコードが管理されているかどうかが評価基準となる。
  信頼性と真正性を評価するために手書きを伴う紙の文書に使用されてきた歴史学や古文書学の分析方法は、電子文書には無効である。電子文書の評価にはメタデータが不可欠となる。メタデータとは、電子文書の特質を説明するデータである。信用価値を示すメタデータの一部として、レコードの作成者・起草者・受領者・担当部署、発行・作成・送付の時刻、取り置かれるレコードの分類体系を示す分類コード、電子レコードのフォーマット、作成後の保管を担当する個人または部署、アーカイブズへの移管または廃棄の日程などが挙げられる。
  信用価値の証明に不可欠となるのが、保管の連鎖(Chain of Custody)という考え方である。これは、電子レコードの「作成システム」、「維持管理システム」および「永続保存システム」が連鎖的につながる状態をいう。3つのシステムが適正に動き、互いに連動することで、正確性、信頼性、真正性を備えたレコードを生み出し、その状態を維持し保存することが可能となる。
  「作成システム」は、決裁機能を含む業務システムも兼ねており、ドキュメントの管理と保管を行う。使用者は、それぞれの役職に応じたアクセス権限が与えられ、閲覧できるドキュメントや決裁の範囲が定められる。このシステムで保管されるのは、あくまでドキュメントでありレコードではない点に注意が必要である。
  レコードとなるのは、次の維持管理システムに取り置いたときである。「維持管理システム」には、先述した業務のツリー構造をもととしたファイルの分類体系を用意しておき、決裁を終えたドキュメントと決裁過程のわかる関連資料を該当するファイルに取り置くのである。このとき、真正性の一つである同一性のメタデータを付与することで、レコードとして承認できる。レコードとなってからも、閲覧権限のある職員は内容を確認できるが、変更のための差し戻しについては、レコード・マネージャーといった専門職等の許可が必要になる。このような方法を通じて改ざんをできないように管理し、真正性の一つである完全性を保持する。また、同じ部署の同一業務に関するファイルのまとまりであるシリーズ(Series)の単位でレコードを評価し、保存年限とその終了後の処分方法を決定する。処分には、アーカイブズへの移管を示す永続保存、現用期間の延長あるいは廃棄という選択肢がある。
  移管の時期が訪れた永続保存のシリーズは、個々のレコードに付与されたメタデータとあわせ、アーカイブズ機関が受け持つ「永続保存システム」に移管される。「永続保存システム」は、OAIS参照モデル(Reference Model for an Open Archival Information System)に準拠していることが必要最低条件である。OAIS参照モデルとは電子情報全般の長期保存システムを実現するための枠組みであり、ISO 14721として承認されている。このモデルは、電子情報作成者が提出する情報のパッケージをSubmission Information Package(SIP)と定め、アーカイブズ機関などの情報保存機関がSIPを長期保存の情報パッケージであるArchival Information Package(AIP)に変換し、その後AIPから利用閲覧用のDissemination Information Package(DIP)に変換させて公開していくための一般的な方法論を説明している。このモデルにしたがい、アーカイブズ機関が管理する「永続保存システム」は、SIPとして移管されたレコードとメタデータを、AIPに変換して保存していくこととなる。この変換過程の一つに、PDF/Aなどの長期保存フォーマットへの転換がある。転換時には、その内容と日時をメタデータとして記録しなければならない。また、「永続保存システム」には一般利用者の請求に応えるための検索機能が設けられる。アーカイブズの持つ検索機能は、シリーズや一つの部署が構築するレコード全体であるフォンド(Fonds、より正確な音写はフォンまたはフォンズ)を基本単位として、その内容と背景情報を記述した目録を利用者に提供する。背景情報とはシリーズあるいはフォンドが、どのように作成、維持管理され移管されてきたかを伝えるもので、それによりレコードの集合体単位で真正性があることを提示できる。ここで提供されるのは、AIPではなく拡散用のDIPである。DIPは、AIPに含まれる非公開情報を隠すほか閲覧やダウンロードがしやすい容量とフォーマットに転換した情報パッケージであり、それには利用者が信用価値を評価するためのメタデータも含まれている。
  電子公文書がレコードとして保存・利用されていくには、以上の基本的考え方に即した対応が必要になる。しかし、公文書管理委員会デジタルワーキング・グループによる『デジタル時代の公文書管理』(2021年)を見れば、メタデータと公文書の分類については検索性に重点が置かれる一方、信用価値との関係性にまで視野が及んでいない。さらにはOAIS参照モデルにも言及がない。このような不足した事項についての見直しも含め、電子公文書の保存と利用について今後も議論を深めていく必要がある。